第四十回 そして朝霧の芸術棟。


 ――駆け抜ける時の流れとともに、もう葉月も十日を迎える。



 思うなら、もうキャンバスに取り掛かってはいるのだけれど、……そうねえ、まだ足りないものと、足りない事柄が漠然と、脳内を覆おうとするの。黒い雲のように。



 目を開けたら……

 いつもと同じサイズ感のお部屋。悪戯に広くなく安心した。


 黒い雲も、見える景色からは消えていた。それはきっと妄想の中にある。そして今日もまた向かう。やや湿度の高い道程を歩んで、まずは学園内へ。


 そしてその中の芸術棟……


 さらに掘り下げるなら、その中にある二階のアトリエまで。見るイーゼル上にあるキャンバス。そこに僕らが描く世界観。着色はこれからの醍醐味。


 鉛筆でデッサンされている僕と、怜央れお君の……二人並ぶ裸体。手を取り合って広大なる世界へと歩むその模様。しかし悩ましいのは、その広大なる世界なの。未知なる世界。


 ……


 …………だから、


 もう眼鏡は掛けてない。お家から素顔のままでここまで。お下げもしなくて首筋を髪が覆っている。そして蝉の音とともに脱皮する。お洋服から……裸体は解放された。筆を進める準備ができて、そこへ怜央君が来た。それでもって颯爽と怜央君も脱皮した。


「おはよっ」

 とスマイリーに挨拶を交わせるまでに。


 程よく涼しくなった想定外の気候。昨日の台風九号の名残で、輝く雨の露。トンネルを出る時のあの感覚。お天道様がビッグなるヒントとなる。そこで得ることになる。


 未知なる世界へのイメージ。……それは母なる海。そう、母なる海なのだ……

 だからこそ伝える怜央君に、今、脳内に見えた閃きともいえるその世界を……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る