親友が6人いても恋人はいない。
@uma-yuu60
Prologue
午前六時。東京方面の電車が多く停車する駅の目には、まだ人の姿は少なく、車の通りも多くない。ただ街が、ゆっくりと目覚めていく。
その駅前にあるタワーマンションの一室で一人の少女が目を覚ました。
ベットの隣の棚から眼鏡を取って、掛ける。
リビングに行くが、誰もいない。彼女の父親も母親もメディア関係の職業で、朝早くに出掛けては夜遅くに帰ってくる。
そんな両親への尊敬故か、彼女も高校では新聞部に所属している。
朝の報道番組を見ながら、両親の勤め先である新聞社の記事をスマホで閲覧し、ゆっくりと朝食を済ませた。
時間割を確認して身支度を始める。学校の制服では、男女ともにネクタイを着用する点を彼女は気に入っている。
夏を目前に控えた六月。湿度が高く、しっとりした肌にワイシャツが張り付いて上手く袖に腕が通らない。
彼女は父親に貰ったメモ帳を、ペンと一緒に胸ポケットへ入れる。
これから登校する学校は、駅前大通りを真っ直ぐ海の方角へしばらく行ったところにある。
身支度を終え、エレベーターで地上へと降りる。駐車場で自転車を引き出し、それに跨って学校へ向かった。
時刻は七時半。登校時間一時間前にして、投稿する生徒も疎らである。
二年生の指定された場所へ駐輪し、彼女は教室よりも先に職員室で鍵を借りて、部室へと向かった。
荷物を置いて、すぐに部室を飛び出す。校門の前へと舞い戻り、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
「昨日のパンケーキ美味しかったねー」
「食べ放題のクオリティじゃなかったよね。また行こ~」
女子高生が二人、登校してくる。その後ろには男子高生が三人肩を並べて歩いている。
「夕べのドイツ強かったな」
「後半のスーパーセーブは震えた」
「え?何、サッカー?俺昨日はバラエティ見てたわ」
五人が校門を通り過ぎると彼女がその先に立ちはだかった。
「こんにちは!自然高校新聞部だよ!君たちの思う、我が校における光る原石と言えば誰かな?」
素早く取り出したペンを握りしめ、五人の男女の前へと突き出した。
突然の出来事に動揺している彼らに対し、目を輝かせながら迫る。
「おおっと!失礼失礼。自己紹介がまだだね。私は新聞部部長、二年、
その言葉を聞いたその場の全員が、既に発見のことを知っているとでも言いたげな顔をした。
発見自身気がついてはいないが、彼女の性格が故に学年の全員にまでは知られた存在であった。
「只今、我が校におけるニューエースを探し、取材をする企画を実行しておりまして、生徒の皆さんに聞いてまわっているのです!さてさて、我が校にもエースの存在は欠かせず、その原石を探して広報するのが......」
発見は早口かつはきはきとした言葉で捲し立てる。
「えぇと、仁木くんがいいと思うんだけれど......この前の大会でもかっこよかったし」
少女の一人がそっと小さく手を挙げて提案をした。
「仁木くん!ダンス部の!いい人選ぶわね。早速取材に行かなければ!」
そう言い切るか切らないかで、発見は校舎の方へと駆け出していた。
「『いい人選ぶ』って仁木を知ってるなら、自分で直接行けばよかったものを」
「「「「それな」」」」
発見が昇降口の前で振り返り、メモ帳を持っている方の手をブンブンと振っている。
「あなた達、協力ありがとう〜!」
彼女の一生懸命で堅実な姿に、五人はそれ以上のことは何も口にしなかった。
ビシャン!
2年E組のドアが勢いよく開く。そこには仁王立ちの発見がいる。
「仁木君、いるかしら!」
人の少ない教室に発見の声が響いた。
二人の男女が音の発生源の方向を見つめている。
「あら、君たち二人しかいないのね......と思ったら、仁木君とともっちじゃない!」
残念な顔をしたかと思ったら、標的の人物を見つけて表情の明るさが戻った。
「う、うん。ここには僕たちしかいないけど、何か用があるの?」
広大朗が突然の来訪に戸惑いつつも、丁寧な対応を心がけた。
しかし、問いかけに返ってきたのは問いかけだった。
「あらあら、ダンス部エースのお二人で何か大事なお話してたかしら?」
「え......無視された?僕質問したよね!?」
自分の問いに対する回答が得られず、さらなる戸惑いを覚えて隣にいる少女の方に顔を向ける。
彼女は、広大朗とともにダンス部員で二年生の
発見と広大朗の両方をよく知るともかは、今、目の前に広がる状況にクスクスと笑みを溢している。
「発見ぃ、私たちは作業までの時間を潰してるだけだよぉ。発見こそ何か私たちに用があるんじゃないのぉ?」
「そうなのね。暇潰ししてたのね。私は、光る原石を探しに来たのよ!」
「あれ!?なんでともかとはフツーに話し始めるの!?」
先程と似たような広大朗の反応に、ともかが今度は机をバンバンと叩いて笑う。ツボったみたいだ。
「で、光る原石ってぇ?」
しばらく笑ったともかが、落ち着きを取り戻し、話を元の方向へ戻そうと発見へ質問をする。
「スポーツ、勉強、人望でもなんでもいいから今後活躍しそうな人...原石を探しているの!」
わざわざ「人」から「原石」に言い換えているのを見ると、何か譲れないものでもあるのだろうか。
「でも、ダンスなら仁木くんだけじゃなくて、一緒に活躍してるともっちも当てはまるわね......」
「だったら、僕なんかよりずっとそれに向いてる人が数人思い浮かぶんだけどなー」
またも発見が自分の世界に入ろうとしたところを、広大朗の呟きが止める。
この言葉を、常に良い新聞づくりを目指す発見の耳は逃さない。
「だれだれ!?教えて!もちろん、君たちのことも記事にするけど、原石は多い方がいいの!」
広大朗は、やっと自分の言葉が届いた喜びと発見のテンションへの驚きが混ざり、微妙な表情になってしまう。
また、ともかが広大朗の隣で肩を震わせ、笑を堪えている。
「んとね、結論から言うと、僕は陸上部エースの
広大朗の困惑が抜けないままではあるが、自分の考えを口にし、そのまま思っていることを次々と口にし始めた。
「お、B組の枝光くんね!始業時間も近くなって来たから、取材の続きは放課後にしようかしら。仁木くん、ありがとう。またね!ともっち」
「うん。またねぇ」
ともかと軽くあいさつを交わして、発見は教室を後にした。
「......だから、僕は鷹君がふさわしいと思っているんだけど、他にもおすすめな人はいて......って、あれ?ともか、発見さんは?」
得意げに話していた広大朗は、やっと発見が教室からいなくなっていることに気が付いた。
再び困惑が戻った顔を見たともかの笑いは、その後数分間止まらなかった。
「オンユアマーク...セット......」
パァァァン!
発見が陸上部の練習場に行くとほぼ同時、スタートの合図である雷管の音が辺りに響き渡った。
それに合わせ、3人の男子生徒が駆け出し、発見の視界の中でどんどんと小さくなっていった。
「ひぇぇ、恐ろしく速いなぁ」
圧巻された発見のもとへと一人の少女が近づく。
「大塚さん、何か用?」
1メートルも離れていない距離から発せられたとは思えないほど、小さくか細い声で自分の名前が呼ばれ、発見は少しドキリとする。
「あ、あかりんかぁ。驚かさないでよ~。ところで、枝光鷹くんはいるかい?」
「あそこ」
あかねは発見の問いかけに先程と同じ大きさの声で、すっと斜め前を指を差す。
「なんだ、さっき走った人の名中にいたのね」
発見が一生懸命数十メートル先を見つめる横で、あかりがこちらに気づいたであろう男子を手招きしている。
そして、彼はこちらへと小走りで寄ってきた。
「あ、大塚か。久しぶりだな」
「ええ、久しぶりね。2年生になってクラスが分かれて以来かしら。少しだけインタビューを受けてもらってもいいかな?」
「おう、今は休憩時間だから構わねえよ。何でも聞いてくれ」
メモ帳を取り出し、やる気満々で拒否しづらい状況にしてから質問をする発見。だが、一年生のときは彼女と同じクラスだった鷹は、何も気にせずにすらっと受け答えをする。
あかりは隣で何も言わず二人の様子を眺めている。
「私、今朝から我が校の『光る原石』を探しているの。今朝、校門の前で取材したら最初に仁木くんの名前が上がって、彼にもおすすめの人を聞いたらあなたの名前が出てきたわ。それで、今ここに来たわ」
発見は、相変わらずの早口で経緯を説明する。
「そうか、アイツは俺を原石だと思ったんだな。で、俺はどんな質問に答えればいいんだ?」
にやにやと割と嬉しそうな声で発見に問いかける。
「後日他にも聞こうと思うのだけれど、今日は一つだけ答えて欲しいことがあるの......あなたの思う『光る原石』は誰かしら?」
「なるほどな、リレー形式ってことか。そうだな......じゃあ、俺はサッカー部のエース様、
そう鷹が言った時、彼の背中をちょいちょいとあかりがつついた。
鷹があかりの方を見ると、彼女は先程鷹がいた方や指差している。
そちらを見ると、数人の生徒が一人の先輩の前に集まっている。
「やべぇ!集合してんじゃん!大塚、またな!」
そう言い放った鷹は、来た時の何倍もの速さで戻って行ってしまった。
「さて、さっき塚水くんの名前が上がりましたね。私はサッカー部の方へ行くとしますか。あかりん、どうもありがとう!」
発見はぶつぶつと考えをまとめ、次にあかりへお礼を言って手を振った。あかりも手を振り返す。
そして、発見はその場をそそくさと去って行った。
「あ、事務員さんがいる」
一人の男子と歩く女子生徒が植木で作業をする事務員を見つけて歩み寄る。
「こんにちは。何かお手伝いしましょうか?」
彼女は事務員へと語りかける。その後ろで連れの男子は面倒臭そうな顔をしている。
事務員は断ろうとしたが、少女の人の良さに押し負け、サッカー部に借りたシャベルを返して来て欲しいと頼んだ。
「よくやるよなぁ」
サッカー部の倉庫へ向かう途中、じとっとした目を真っ直ぐに向けたまま少年が呟いた。
「だって、あの事務員さん、いつも一人で植木の手入れしてて大変そうだったから。それに、私たち部活入ってなくて暇なんだからいいでしょ?」
フンと鼻を鳴らして、少女が持つシャベルを何も言わずに取る。
「私、そーゆーとこ好きだよ」
「だが俺はモテない」
「......私、そーゆーとこは嫌い」
それを聞いて、少年は明らか不機嫌な顔をするが、少女のシャベルを奪い返そうとする手をひらりと躱す。
少女は少し嬉しそうに少年の隣を歩く。
サッカー部の練習場所は陸上部のそれからよく見えるほどに近い。サッカー部の様子を窺うと、紅白戦をしているらしかった。
「あら?これじゃあ、しばらく取材ができそうにないわね。仕方ない、終わるまで待とうかしら......」
基本的に素早く移動や説明を済ませようとする発見だが、取材をしなければ新聞を書くことはできないので、待つことに時間を使うこともする。
「やはりエースである塚水くんがいるチームの方が優勢ね」
裕明が落ち着いた表情でチーム全体に支持を飛ばし、ゲームを上手く運んでいる。
発見は、メジャーなスポーツのルールはほとんどを把握できているため、サッカー観戦を少し楽しんでいる。
紅白戦も終盤に差し掛かった頃、裕明から相手チームのゴールへ強烈なシュートが放たれた。
しかし、相手チームの体格の大きなディフェンスが出した足にブロックされてしまった。
ディフェンスの足で弾かれたボールは、かなりのスピードを持ったまま、練習場所の恥を歩く男女の方へと飛んでいく。
「あっ危ないっ!」
咄嗟に発見が声を上げる。それと同時に裕明も声を出していた。
「危な......くもないか。
一瞬、裕明クールな表情が崩れたように見えたが、すぐにわざとらしい笑顔へと切り替わる。
彼の場違いとも思える声に、その場にいる、ボールが飛ぶ先にいる2人以外の全員が驚く。
ボールの先にいる男子、
湊真は飛んできたボールを胸でトラップ。ボールが地面に落ちる前にダイレクトで裕明へと蹴り返した。
そのボールは正確で、裕明はそれを胸にトンと当てて足元へ落とし、右足でボールを押さえた。
サッカー部とその周りにいた人たちは、湊真の鮮やかなボール捌きに圧倒された。
「まったく、気をつけて欲しいもんだ」
湊真はそう呟きながら下のシャベルを拾い、隣にいる女子、
「ありがとう。そーま」
あみが礼を言う。
「こんなこともできるのに、俺はモテない」
「あ、そーゆーのが嫌い」
またも呟く湊真に、あみが間髪を入れずに冷たい声を突き刺す。
それを聞いた湊真は、果てしなく遠くを見る目をした。
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