眠り姫爆誕
なにかが聞こえた気がした。そして、意識が浮上する。
「んぐ……ふあー」
欠伸をひとつして一瞬遠退いた聴覚が戻ると、笑い声が耳に届く。
さっきまでマットで寝ていた彼はなぜかサッカーの練習着に着替えていた。
「え? もう昼休み終わったの?」
そう尋ねると彼は爆笑し始めた。
「あんた面白すぎるぜ。もう放課後だぞ」
私はその言葉の意味をすぐに理解できなかった。だからこそ、理解したときの衝撃はとてつもない。
「は!? え!? ……マジ!?」
彼は無言で歩きだし扉まで行くと、全開にしてオレンジ色の西陽を見せてくれた。
「そろそろ陸上部が来るぞ。また変な噂されてここが使えなくなったらどーすんだよ。さっさと帰れ帰れ。あとヨダレ拭けよ。ちょっと垂れてんぞ」
ゲラゲラと彼は笑った。言葉は少し乱暴だけど、何だかんだで一貫して彼は優しかった。
「ありがとう。……君名前は?」
「名前? 俺は
[またな]か……。なぜか、その言葉に涙が出そうになった。ただの別れの挨拶だけど、そこには次の約束も含まれている。友達同士で送り合う普通の挨拶が、荒れ果てた私の心に染み渡る。
「うん! また明日!」
私はとびきりの笑顔で別れを告げた。すると彼は一瞬驚いた様子を見せ、同じように笑ってくれた。
「あんた、もっと笑った方がいいぜ。そうすりゃもっと……いや、なんでもない。じゃあな」
彼は歩きだし背後の私に一度片手を上げて去っていった。
「笑えって言われても笑いかける相手がいないんだっつーの。さて、私も帰るか」
体育倉庫を出ると鮮やかな西陽が眩しくて私は目を細めた。光に慣れた目が捉えた景色は昨日よりも美しく鮮やかで、優しい橙色に染まる空とグラウンドだ。どこまでも広がる空が悲しくなるほど遠く感じ、自分がとても小さな存在に思えた。
「なんだか、いい気分かも」
私は無性に吉野先輩の声が聞きたくなり、スマホを取り出した。だけど、電話の口実が見つからず指先は止まったままだ。
「うわぁ!?」
急な着信に私は驚き、画面に現れた名前に心臓が大きく跳ねた。
いつだって君は、私が求めるタイミングで1番近くにいてくれるんだと実感すると、なんだか嬉しくてたまらなかった。
気持ちを落ち着け、スマホの液晶に映るボタンをスライドさせると耳をすませてスマホを近づけた。
「おはよう眠り姫」
竹辺良一の告げ口により、私の大失態はもうバレていた。
[つづく]
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