聖書を牙で裂く
南雲 燦
第一章
黙示録 -α
罪を犯す者は、悪魔から出た者である。
悪魔は初めから罪を犯しているからである。
ヨハネの第一の手紙 3章8節
神の気まぐれを、人間は時として運命と呼ぶらしい。
邪神の
その日は
夏が到来したこの街では、路端に転がる
聖なる壁と称される割に随分と無機質なそれは、人間と善神が住む地域『ヘヴン』と、邪神の棲まうこの荒廃したスラム街『インフェルノ』を分かつ、
煉獄付近では、インフェルノに永久追放された罪人の死体がたくさん転がっていた。彼らはヘヴンを恋しがってか、壁の周囲を
ゼドは
「生きていたか」
ゼドの足で転がされた男は、仰向けになって
ゼドは土と垢に汚れた男のズボンからコインを、履き潰れた麻布靴の踵から、ぐっしょり濡れた数枚の札を、うっかり破らないよう慎重に抜き取ると、
彼らは喧嘩にも
「頼む……殺してくれ」
ゼドは底冷えする視線を男に投げて寄越した。
痩せ細った片脚は折れ、あらぬ方向に向いていた。
つまらない言葉を
何事もなかったかのように、ゼドの
「俺が手を下さなくとも、お前はすぐに死ぬ」
銀貨が七枚と、紙幣が三枚。
今日の晩飯には肉を添えることができそうだ、とゼドは満足げに頷いた。
「早く、楽に、なりたいんだ……」
今にも消え入りそうな懇願に、ゼドはやっと、男の方に顔を向けた。既に
人間は、至極勝手な生き物だ。あらゆる悪念とあくなき欲望を
十字架を背負った者達を、神聖を
「お願いだ……殺して、くれ……」
ゼド達邪神にとって、風前の
程良く
男の心臓が織り成す鼓動の速度が、次第に緩やかになっていくのと同時に、肢体から生命のエネルギーがゆっくりと抜け落ちるのが分かった。
横たわる肉塊の上で雨水が躍る。軽快な音色が滑稽な旋律を紡ぐ。
ゼドは、男の首に掛けていた手を離した。肩からずり落ちたサスペンダーを掛け直し、黒手袋の端を引っ張って、立ち上がる。
「命の対価にしちゃあ
金を尻ポケットに
どんな状況下であろうと、故意に命を捨てる行為を否とする考えが根付いたヘヴンであったならば、既に手の施しようのなかった彼は、苦痛や恐怖に
少年の顔を映す水溜りに、矢継ぎ早に雫が飛び込み、その感情の乏しい面相を歪めた。
ゼドは毒蛇の神、ヨルムンガンドの化身である。
ヨルムンガンドは巨大な
ゼド達神は、気付くと世界に存在していた。
邪神も善神も等しく、人間の思いが形を成して神殿に忽然と現れる。神の誕生の瞬間である。
そして、最後の審判と呼ばれる儀式により、善神とみなされた神はヘヴンで贅沢で安全な暮らしを保証され、その一方、邪神とみなされた神はインフェルノへと放り出された。情けとばかりに投げて寄越されるのは、手の平程度の固いパンを二つと、薄い味の
人間という生き物は、至極勝手で残酷だ。彼らの願いが具現化し、化身が創り出されたというのに、いざ悪を目の前にすると、それが神の端くれであろうと受け入れる事を拒絶する。
無論、ゼドも即刻外へと放り出された。
彼は見るからに邪神の様相であったので、儀式を執り行った神官も、ゼドの手を取ることを
とんとんとん。
身体を汚していた街の塵と煤をすっかり流し出し、シルクに似た肌触りの服は元の綺麗な色合いを取り戻す。神の衣と身体は常に清い。水に濡れれば穢れは
「誰だ」
重たい薄闇が、潰れかけの家屋の奥に広がっている。それを振り返って、一言。ゼドは問いかけた。
太腿に仕込んでいたナイフを抜き、戸を蹴破る。蝶番の外れた古めかしい扉は、粉塵を撒き散らして四散した。
ごそごそと、何者かが
小さな窯の横、
「お前、どこから来た」
物置から覗く小さな頭に、ゼドは
一歩。また一歩と、ゼドが大股で距離を縮めれば、それはびくりと肩を跳ねさせて、
ゆっくりと、部屋の隅に追いやる。
ゼドは素早く思考を巡らせながら、ナイフの柄を握る手に力を入れた。
不都合があれば、殺して済む話だ。動物だった場合、人間だった場合。それから──。
屋根に空いた穴から差し込んだ光が、その正体を照らしだした。
幼い少女だった。ゼドを見て、怯えた
これが、ゼドと豊穣の善なる神、
***伏線の手引き***
この物語には、伏線と意味を含ませている言葉や設定を入れようと思っています。気軽に読んでいただいて、超超超ノープロブレムですが、こういうのが好きな方は是非、考察しながら読んでみてください☺︎
大したことのない伏線は、(たぶん…)「伏線の手引き」という形でメモ書き程度に書きます。
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