第9話「先に手を出してもらえば、半殺しにしたって許される」
「さァさ、お立合い!」
放課後。校門前に、僕たちはいた。
秋水さんはガマガエル頭巾に美少女Tシャツ、そして右手に抜き身の日本刀。
「御用とお急ぎでなかったら、ゆっくり聞いておいで!」
ガマの油売り口上だ。
道行く生徒たちが物珍しそうに一べつする。興味はあるようだが、足を止める人はいない。せいぜい、遠巻きに眺めてる程度だ。
秋水さんの最終決断は、これだ。
「さてお立合い、ここにおわすは大先生。先生は先生でもただの先生じゃござんせん。なんとこの令和の世にお刀さんを自在に操る居合の先生だというから驚きだ。さっと抜けば、巻き藁、大根、わら半紙まで、一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚――」
自分の刀で紙を切ってる。
文字通りタネも仕掛けもない模造刀なので、二枚までしか切れていない。
そもそもその口上なら僕が切らないと意味がないのでは?
「さあアッパレ大先生、ひとつご自慢の技をご披露願います!」
いい感じに場が冷えたところで、無理やり振られた。
別にいいんだけどね。もとから期待してない。
部室から運んできた畳の上で、僕は座する。
聴衆の面前で技を演じるのだ。
いわゆるゲリラ演武。
特に下校時の校門前など、注目を集めるにはもってこいである。
視線を浴びるのは少し照れ臭いが、試合だと思えばいい。
それに、一度柄に手をかければ、周囲の音は、消える――。
「いよッ、アッパレ! いい抜きっぷり!」
消えなかった。
さすがに間近で叫ばれるとうるさい。
ふと、正面にいる彼女の後ろに赤いものがよぎったのが見えた。
生垣の後ろからこちらを覗く、赤髪の少女。目は深い青。異国の娘さんだ。学校の制服は着ている。
僕と目が合って、慌てて物陰に引っ込んでしまった。
どういうことか考える前に、甲高いホイッスルが鳴り響く。
「お前ら、何やってる!」
風紀委員ご一行様だった。
白い腕章をかけた男子部員三人が僕らをにらみながら詰め寄ってくる。穂村さんはいないようだが、いの一番で駆けつけてくるあたり、十分に熱意ある委員のようだ。
「居合道部だな。公共スペースでの無許可活動は校則違反だ!」
目立つ場所での違反行為に、この風紀委員が見逃すはずがない。
本来、校門前などの人通りが多い場所での申請はなかなか通らない。特に運動部系の動きを伴うものは通行の危険性が考慮され、ほとんど無理だ。日本刀を使用する居合の演武などもってのほか――
と、思われている。
「さあてお立合い、ここにおいでになられた風紀委員のお三方。許可は出てぬと騒ぎ立てる。なるほど許可がなければ去るのが道理。そこで手前が取り出したるは――」
秋水さんがカエルの頭巾の中から折りたたんだ紙を取り出し、開いて見せる。
「風紀委員許可第四六号 許可証だ!」
「――なっ」
面食らった風紀委員は、その許可証をひったくる。
「ほ、本物――委員長の印もあるし……あ?」
「これ、現代視覚文化研究会ってあるぞ!」
「居合道部のじゃないじゃないか!」
すかさず現れたげんしけんの会長。
巨漢メガネの彼である。
限界まで引き延ばされたTシャツには、秋水さんと同じ美幼女キャラが描かれている。
「いわゆるコラボですな」
「こ、コラボ?」
「げんしけんと居合道部のコラボ。残念ながら本来展示予定の企画物は灰燼に帰してしまいましたが、居合道部と共同企画とすることで無事に開催できましたな」
彼に提案したのは、僕のほうだった。
ゲリラ演武をやるという秋水さんの決意表明を聞いて、考えたのだ。普通にやってはすぐに風紀委員に邪魔される。
そこで思い出したのは、げんしけんの人たちと穂村さんのやり取りだった。
彼らの展示物は問題があり、焼却された。
しかし許可自体は生きている。
そこで居合道部との合同開催ということで、依頼したのだ。
「おもしろいですな」
午後の短い休憩時間。
会長のところへ教室に頼みにいったら、二つ返事でOKだった。
最後に彼らの展示物を食べちゃった(そして吐き捨てた)秋水さんのことを怒ってるかもしれないと思ったが、意外と気にしていないようだった。
「どのみち燃やされた時点で作り直しでしたからな。むしろ風紀委員に一矢報いられるのであれば、ぜひとも協力いたしたい」
そう言ってもらえるのであれば、非常に助かる。
「ところで、居合道部の方々にはこれを着ていただきたい次第」
パンパンに詰まったリュックから取り出したのは、美少女Tシャツだった。
見たことがある、気がする。
「ご存じない? シンギュラリティキュティピュアのピュア・ルールメイカーの、通称るるたんですぞ」
「キュティ……ピュア?」
「そこから説明がいりますか?」
なぜかあきれたようなため息混じり。
「キューティでピュアピュアを合言葉にシリーズごとにまったく違う世界観を描く日曜朝のお馴染み魔法少女シリーズでしてただ魔法少女と言っても一般的な女児向けアニメという枠組みを超えておりまして精力的な取り組みでも注目されており今期のシンギュラリティキュティピュアは自我を獲得したAIが魔法少女となり人間の支配をもくろむ悪のAI軍団と戦うという筋書きでして――貸しますか?」
早口で説明してきたが、パンパンのリュックからブルーレイのパッケージを取り出した。持ち歩いてるのか。
「……女児向けアニメだったんだ」
パッケージのイラストの中央にいたのは、まさにるるたんだ。
ただ、描かれてるのは小学生くらいの小さい女の子。
……え?
わざわざ幼女キャラの胸部を盛ったってこと?
僕の表情を察してか、会長さんが注釈を入れる。
「ちなみにるるたんは第21話で未来魔法を失敗してボディがボインボインになるという神回がありましてな、普段はロリ枠のるるたんが魔法の経過により大人ボディになったりロリボディのまま豊満になったり。作画の気合の入りようもさることながらひとりのキャラを幾多の方面から描くという趣深いものがあります」
「あぁ……」
深いのは、趣でなく、別のものではなかろうか。
罪とか闇とか。
それなら燃やされても仕方ないのでは……?
「とにかく、これはいわば我々のユニフォーム。ほら背中にもありますな」
裏返すと、でかでかと「げんしけん」の文字。
さっきの話を聞いてからいっそう抵抗感が増したが、飲み込んでおく。
「えっと、これ、僕が着るの?」
飲み込み切れなかった。
「コラボですからな。ユニフォーム交換は親善の証ですぞ」
うーん。
なんか、いやだなぁ……。
「……僕は演武するから道着でないといけないし」
帯さえ締めれば刀の装着に問題はないのだが、苦し紛れの一言に会長は「ふむ」と考える。
「ならば、秋水氏だけでも」
そして現在。
結果は御覧の通り。
「ねえ、この子かわいいよね」
秋水さんは聴衆の女子生徒にプリントされたるるたんを見せて困らせていた。
「コラボなんて、そんなの、許されると思ってるのか!」
風紀委員が激高する。
しかし会長はしれっと返す。
「許されませんか? そんなこと、許可証のどこにも書いていませんが?」
「き、貴様、言わせておけば!」
風紀委員が拳を振り上げる。
次の瞬間、その風紀委員が吹き飛ばされた。
「やれやれ、嘆かわしい」
穂村さんだった。
颯爽と駆けつけ、殴りかかろうとした風紀委員を蹴り飛ばしたのだ。
「風紀委員たるものが、自ら暴力行為を働こうとするとは」
「も、申し訳ありません」
「私は空手をたしなんでいますが、『空手に先手なし』という言葉があります。どういうことか、お分かりですか?」
なぜか僕に視線を向けて問うてくる。
「後の先――無闇に争うな、ということ?」
「お優しいんですね。まるで干し草を食む羊のよう」
よくわからないが、バカにされてる気はする。
「私の解釈はこう。先に手を出してもらえば、半殺しにしたって許される。だから、先に手を出すなんて愚行です」
僕が羊ならこの人はヤクザだった。
「たしかに許可証は出しました。そこは我々の落ち度、認めましょう。しかしあなたがたも省みるべきでは? 誰に仕掛けているのか、と」
背筋が凍るほど冷たい声。
柏手を二つ。
穂村さんが厳かに発する。
「方円の陣」
どこに隠れていたのか、多くの生徒たちが四方八方から駆けつけてくる。全員、白の腕章を装着している。
「なになに、攻めてくるの?」
どこかわくわくしたように秋水さんが言って、刀を構える。
風紀委員の面々は、僕らの周囲3メートルほど距離を取ったまま、こちらに背を向けて列をなすだけで何もしてこない。
「うん? どゆこと? 別に邪魔はしないの?」
秋水さんが首をかしげるが、僕は否定する。
「いや、これは――」
彼らは何もしてこない。
しかしすでに十分すぎるほど、僕らへの妨害を行っている。
「さあ、どうぞ。存分にご披露してくださいな。あなたがたの、現代視覚文化というものを」
彼らは、ただ囲んで並んでいるだけだ。
「並ぶだけで、僕らの演武は見えなくなる」
「え!」
秋水さんもようやく風紀委員の目的に気付いたらしい。
人垣だから隙間から見ようと思えば見えなくはない。しかしそもそも中で何をやってるか外からではわからないし、あの風紀委員ににらまれながら覗き込もうとする猛者がどれだけいるか。
「まだ十五分ありますが……早めに終わるなら、おっしゃってくださいね。時間が無駄ですから」
「アッパレ、どうするんの?」
「……続ける」
多分、次回以降は申請した時点でつぶされる。
この状況の中でやれることをやるしかない。
僕は立ち上がる。
目隠しがある中、座り技は論外だ。
なるべくダイナミックな技、となれば――
四方に四人の敵を想定する。
右前、左前、右後ろと左後ろ。
仮想敵として、自然と穂村さんの姿になった。少し陰険な気もしたけど、いいや。
まず右前の敵が刀を抜こうとしてくる。これを、納めたままの柄で叩き落とす。
鞘から抜きながら振り返り、左後ろの敵の鳩尾に刀を突く。
さらに反転。柄をぶつけた敵を切り伏せる。
すかさず振り上げ、左前の敵を斃す。
そのまま脇構えに、残る右後ろの敵をにらみつける。
威圧したまま、斬る。
制定居合十本目 四方切り。
四方どころか完全に敵に包囲された状態でこの技をやることになろうとは――おかげで技の精度は自分でもなかなかだったと思うけど、手応えは、ない。
人垣の向こうへは見えないだろう。
なにより、いつもうるさいはずの秋水さんの反応が皆無だ。
「……秋水さん?」
うつむき気味に、額に脂汗をかいている。
ガマの被り物をしているが、まさにガマの油状態だ。あれはたしか「自分は美しいと勘違いしているガマガエルを鏡で囲むことで現実を突きつけ、自分の醜悪さに恐れおののくことで脂汗を流させる」という理屈だ。
人に囲まれたことで秋水さんが自分の無茶苦茶ぶりを突きつけられて恐れおののいている?
いや、まさか。
「アッパレ……」
息も絶え絶えというように、秋水さんは声を絞り出す。
「実は恥ずかしい話、らこさん、苦手なものがあるのです」
「えぇ?」
ちょうど同時に、僕たちを囲んでいる風紀委員の一人が叫んだ。
「お前、その頭髪はなんだ!」
見ると、人垣の外にいた女子生徒の腕をつかんでいる。
さっきの赤髪の子だ。
「いや、この子はアレだろ、留学生の」
別の風紀委員が仲裁に入るが、怒鳴った男子の勢いは緩まない。
「外国人だって、例外はないだろ! 生まれつきなら地毛証明を出すべきだ!」
なんと平等な差別発言だろう。
ドン、という大きな音がすぐ横からする。
驚いて振り返ると、秋水さんが畳をリヤカーに放り投げるように載せていた。
「アッパレ、私、もうダメ――」
「え?」
こちらを見上げる秋水さんの表情を見て、息を呑む。
ほのかに頬を紅潮させて、目は涙に潤ませている。息が荒く、苦しそうにあえいでいる。息をするたびに艶めいた唇に目線が奪われる。
「出る!」
言うが早いか、リヤカーの取っ手をひっつかむ。
とっさに僕もリヤカーの荷台に飛び乗る。
留学生の子とごたついている人垣の隙間めがけて、秋水さんが地を蹴った。
「うわ!」
その勢いに、風紀委員の人たちがのけぞる。
そのまま秋水さんは風のように駆け抜けた。
人一人載せてるリヤカーを引っ張って、ここまでの速度を出せるのか。普通に走るより速いかも。あっという間に校門前を後にする――
振り返って、見てしまった。
穂村さんの恍惚に満ちた笑み。
――空手に先手なし。
その言葉を思い出した瞬間、ものすごい衝撃とともに僕の意識が暗転した。
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