第7話「日本刀は、世界一の剣だってね」


 ゆゆゆ君騒動でうやむやになってしまったが、そもそもは勧誘案を練る段階だった。

 結局基本に立ち返り、部員募集チラシを作ることにした。


「原稿を作ったら、それを職員室で印刷してもらえるんだ」

「よーし、かくぞー」


 A4用紙に迷いもなく絵を描き始める。

 あっという間に、人物が描きあがった。

 ひげ面のいかついおっさんだった。うまいけど、誰だかはわからない。なんか見たことある気もするが。


「誰だっけ?」


 秋水さんは胸を張って答える。


「るろ剣第一話のニセ抜刀斎」

「なぜそれを描いた」


 三話までしか読んでないにしても、もっといただろ。


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、僕にペンを向けてくる。

「アッパレもなんか描いてよ」

「え、僕? 無理だよ、言ったでしょ絵心がないって」

「大丈夫だって。とりあえずやってみるのが大事でしょ!」


 強引な言いっぷりだが、一理あるかもしれない。

 僕はペンを取る。


 うろ覚えの記憶を頼りに、輪郭から描いていく。

 幼稚園の時に描いて以来だ。


「できた」

「おお、いい感じだね」

 思いのほか高評価だった。


猗窩座あかざだね」

「ドラえもんだけど」


 そりゃ絵心がないのは認めるけど、なぜ猗窩座と間違えるか。十二鬼月の上弦と二十二世紀のネコ型ロボットを。

 すると、秋水さんが首をかしげる。


「ドラえも? なにそれ」

「え?」

 まさか。

「ドラえもんを知らないの? 鬼滅は知ってるのに?」

「鬼滅は映画を見たんだよ、たまたま。ええっと、ど・ら――おお、二文字入れただけで候補が出てきた。ははぁ、なるほど、見たことはある。そういう名前だったんだねぇ」

 スマホでググったらしい。

 しかし地球上でドラえもんを知らない人類がいたとは驚きだ。いったいどんな生活をしていたのか。


 驚いてるうちに、ドラえもんもどきに加筆修正してどんどん猗窩座にしていく。かえって原作より凶悪そうになってるし。

 興が乗ってか、煉獄さんも描き加える。


「壱ノ型、不知火ッ!」

「あ」

 気づいた。

「この技、居合だ」


 僕は映画は一人で見る主義ではないため、鬼滅も映画は予告ムービーしか見ていない。原作は本誌で読んだだけだ。そのときは意識しなかったが、鞘から抜き打ち高速で切りつける動作はまさに居合だ。


 秋水さんも目を輝かせる。

「おぉ、それはいいね!」


 一気呵成に描き上げる。

 抜き打ちの一閃に炎をまとわせ、凶悪な鬼に向かう煉獄さんの雄姿。

 線画だが、無限列車編のクライマックスが見事に再現されていた。

「仕上げ!」

 秋水さんが極太マッキーで達筆を走らせる。



 お前も部員にならないか?



「……だからなんで猗窩座なんだよ」


 しかも断固断られるやつじゃん。


「あ。『継子つぐこになるといい』のほうがよかったかな。うーん。ま、いっか。どっちみち誰も継子にならないで終わっちゃったし」


 うぉい、めったなことを言うな!


 ただ、絵には迫力はある。それは間違いない。下手な漫研より見栄えする。


「なんでこんな絵がうまいの? マンガとか描いてたの?」

「そんなことはないけど。らこさん、いわゆる器用貧乏なんです。たいていのことはなんでもできるけど、抜きんでたものがないのです」

「そういうもんかな」

「マンガはマンガ家さんのほうがうまいし、スポーツは選手のほうがうまい。なんでもできるはなにもできないと同意だよ」

「そりゃ一流の人には及ばないとは思うけど――多芸というのはそれだけで才能じゃないかなぁ」

「ふうん」

 と、秋水さんはよくわからない返事をした。

 泣いているような笑っているような、わずかにゆがませた口元。目を閉じて天を仰ぐ。


「そういえば――」

 秋水さんがぼそりと言った。

「日本刀は、世界一の剣だってね」


「えっと、まあ、そういう話は聞くよね」

 西洋剣と日本刀は性格を異にする。よく言われるのは、西洋剣は重さで叩き斬るのに対して、日本刀は独自の湾曲から切断することに特化する性質を持つ。

 また刃文などの美的観点も重視され、外国人のコレクターが多いほどだ。

 秋水さんは、何も答えなかった。

 ただ、遠くを見るような目で開けっ放しの戸のほうを見てる。


 瞬間、陽光が差し込み、彼女の顔を照らす。

 光が黒い瞳の表面で刹那にして百兆粒の光子に砕かれる。散る間際の煌めき。瞳の光沢は、陽の悲鳴だと知った。僕は柔らかな朝の陽が殺され続けるのを延々と見続ける。その殺戮に、見惚れる。


 またたき。


「あとは、印刷して張るだけだね」

「――――ッ」

 体が落ちるような感覚に、びくんとなる。

 授業中に居眠りして、机を鳴らしてしまうのに似ている。

 一瞬だけ、気を失っていた? まさか。

 自分の心音がうるさい。まるで心臓まで止まっていて、慌てて動き出したみたいに。

「ん? どしたの?」

「い、いや――なんでもない」


 彼女の目が見れない。

 美と死は通じるのだと思う。

 白銀の極夜、灼熱の砂漠、宇宙の深淵――一見すれば美しい景色は、その実、生命の存在を許さない極限の世界だ。

 彼女にも、それと同じものを感じた気がした。


「さーて、張って張って張りまくるぞーっ!」

 元気に叫んで、秋水さんが立ち上がる。

 その勢いで、座卓を弾き、紙や鉛筆が飛び散った。

 さっきの、ぞっとするような美しさは、もうない。ただのウンコ味のカレーだ。


「ほらアッパレ、ボケっとしてないでいくよ! 印刷しないと。もう八時だし、誰か先生もいるでしょ。安藤先生はいなそうだけど」

「そ、そうだね」


 無邪気な彼女を見ていて、だんだん僕の心拍数も落ち着いてくる。

「百万枚くらい刷ればいいかな」

「そ、そうだね」

「じゃあまずは紙の確保が急務だね! ちょっと紙屋をめぐってくる!」

 ――やべ。

 ついツッコミしそびれた。

 この子を相手に生返事は危険だ。

「ごめん、百万枚もいらないからね? せいぜい十数枚でいいよ。張る場所もないし」

「学校中の壁に張ればいいじゃん。みんなに配りまくるとか」

「厳しいんだよ、そういうの」


 この学校には、おそろしい風紀委員がいる。

 かなり強引な取締りもしていると聞く。

「秋水さん、くれぐれも風紀委員に目を付けられないようにね」

「もう大丈夫だよ!」


 もう、ってなんだ……。


 僕の一抹の心配をよそに、彼女はひらひらと出来上がったチラシをはためかせた。


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