第7話 Mの部屋

 それから一週間経ってもMは学校に現れなかった。


「M先生なんか来てないらしいんだけどさ、なんか変なのよねえ」

 と澪は秀一に言った。

「確かに。音楽教師も代理の人が来てるのに誰もMの事で騒いでない」

「うん。みんなMの事忘れちゃったみたいで、他の先生に聞いてもスルーされるんだよね」

「まあ、元々たいして存在感ない奴だったからなあ。そんなもんなんじゃない?」

「そうかなあ。先生どうしたんだろ。異世界帰っちゃったのかな?」

 と言って澪は笑った。

「ははは。わかんない。だったらうけるね」

「でも先生は帰らないって言ってたわよね?」

「言ってた。じゃあ多分、コンクールで勝ったんじゃない? 浜松なんとかコンクールとかさ」

 と言って秀一が笑うと澪も笑って「だったらいいんだけどねー」と言った。

「見に行ってみようか。先生の部屋」と秀一は澪に提案した。

「うん、行ってみよう。なんか病気とかかもしれないし」

「じゃ今日の放課後な」


 放課後になって、二人はMの部屋に向かった。

 以前見たときと変わらないMのマンション。マンションはオートロックで施錠されていたが別の住人が入る時を見計らって忍び込む。

 何食わぬ顔をしてマンションに入り込むとエレベーターに乗って10階まで上がる。

「たしか、この部屋だけど、なんか怖くなってきた」と澪。

「鍵しまってたらこのまま帰ろう」

 そう言った秀一の声もちょっと震えていた。


 ドアを引いてみると、そのまま開いた。鍵はかかっていない。

「え? なんでこれ開いてんの?」と澪が小さく声をあげる。

 秀一は玄関に入る。

「すいませーん、すいませーん。先生ー。いますかー?」

 秀一は玄関で大きな声を出してみた。返事はない。


「どうする?」

 秀一は澪の顔をみる。

「えー。わかんない」

「行ってみる?」

「うーん。やめとく? え? いくの?」

「ちょっとだけだって。ちょっと覗くだけ」

 秀一は靴を脱いで、おそるおそる部屋に入った。


「すいませーん。先生、竹内でーす。いますかー?」

 秀一はそう言いながら部屋の中を見回した。澪が後から同様におそるおそる入ってくる。

「おーい、先生~」

 そう言いながら秀一は居間から隣の寝室らしきベッドのある部屋、トイレ、浴室と覗いていった。

「いない。どこにもいない」

「誰もいないのに鍵かけてないってどういう事なんだろうね」

 澪は辺りをぐるぐる見回しながらそう呟いた。

「うーん。わかんない」

 そう言って秀一はピアノの方に向かう。


 居間の中央に置かれたグランドピアノの蓋は開けられていた。

 秀一はそっとその蓋の中を覗き込んだ。


「……なんだこれ」

 澪も一緒に覗き込む。


 ピアノの中は、底が全く見えないほどに深くて広大な暗闇だった。あるはずの弦もフレームもダンパーも響板もない。

 そこにあるのは星がいまにも瞬きそうな宇宙のような巨大な空間だった。


「あーこれ、マジだ。マジで先生異世界行ったっぽい」

 そう言うと秀一は小さく笑った。

「信じられない。何これ。前見た時は普通のピアノだったよね?」

「ねえ、澪、入ってみようか?」

「は? この中に?」

「うん」

「え? やめなよ。危ないって」


 秀一は澪の静止に構わず、右足をピアノの中の暗闇へ入れた。それからまたがるように左足を踏み込んだ。

「澪、怖いなら来なくていいよ。俺だけで行くから」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!」

 そのまま秀一は暗闇に消えた。

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