第6話 ピアノの中身

 蓋を開けたグランドピアノの中身を澪と秀一が覗き込む。

「……なんか普通のピアノに見えるんですけど」

「これがダンパーだろ、これは響板っていう。でこれが弦でハンマーが並んでて、これはアグラフ、チューニングピンがこれ」

 とMが言ってニヤリと笑った。

「なんなんですか。一瞬信じちゃいましたよ」

 と秀一は言って笑った。

「いや信じて良いんだよ」

「信じますよ。これはピアノです」

 と澪が言う。

「まあいいよ。でもとにかくここから行くんだよ。異世界に。そこは魔法があって、魔物がいて、レベルがあって、弱い奴は強い奴にかなわなくて、強い奴が常に偉そうにしてんだ」

「なんかこの世界とあんまり変わらないですね」

 と秀一が言うとMは「その通り」と笑った。

「異世界で先生のレベルはいくつなんですか?」

「俺は、そこそこ高いかな。でも俺くらいのレベルの奴なんてゴロゴロいるから」

「そうなんだ」と澪がつぶやく。

「レベルといえば、ラノベの異世界モノで転生してチートしたら無敵になる、みたいな話あるじゃん?」

 とMは秀一に尋ねた。

「ありますね」

「うん。でもな、あれって、この世界でもあるんだよ。この俺達の世界にも。チートなんて沢山ある。卑怯な奴らが大勢いるんだ」

 とMは言ったが秀一と澪は黙っていた。

「先生はどうして異世界じゃなくてこの世界にいるんですか?」

 澪はMに尋ねた。

「こっちにはショパンがいただろ。リストもいたし、ちょっと経てばドビュッシーも出てくる。そして何よりダイナミクスのでかいグランドピアノがある。あっちの世界にも音楽はあるけど、好みじゃない」

 とMは言ってごく短いパッセージをピアノで奏でた。


「私、異世界行ってみたい」

 と澪はMに言った。

「え? 怖いよ。無理無理」

 と秀一は言う。

「やめとけ。やめとけ。異世界なんてやめとけよ。よし。もう今日はお前ら帰れ。母ちゃんや父ちゃん心配してるぞ」

 そう言ってMは秀一と澪を彼の部屋から出した。

「寄り道しないで帰れよ。あと、異世界の話は秘密な。俺あっちに行くつもりないから」

「わかりましたよ。先生がヤバい妄想家ってのがよくわかりました」と秀一。

「先生、またね」と澪。


 

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