第5話 異世界

 Mは話を続けた。

「竹内も西島も部活も塾もやってなくて、普段なにやってんだ? 俺は別にお前らの進路相談するつもりはないんだけど、純粋に知りたいんだよ。今の高校生の生態を。教師的な立場じゃなく。ほら俺はもうすぐプロピアニストになって教師やめるし」

 とMは言ってまたキッチンに向かった。

「そうですよね。先生ならすぐコンクールで勝てますもんね、今まで勝った事ないけどー」

 と澪が冗談めかして言うとMはキッチンから「そう、もうすぐ辞める」と言った。

 Mはキッチンから新たに缶ビールを持ってくるとまたピアノの椅子に座って缶ビールを開けた。

「俺は、マジでなんにもしてないですよ。塾行く位かな」と秀一は言う。

「趣味とかないの?」

「いやあ。ないっすね。ゲームやるか、マンガ読むか、後はラノベ読んだりとか」

「ラノベ?」

 とMは缶ビールを飲むのを止めてそう言った。

「はい。ラノベです」

「異世界転生とかの?」

「そうですそうです。俺も澪も最近そういうジャンル好きで結構読んでます」


「へー。んだよ」

 とMはまるで昼食に何を食べたかを語るようにそう言った。


 固まる秀一と澪。

「……ん? どういう事ですか?」

「いや、だから、俺も異世界から転生してここに来たんだよ」とMは言って缶ビールに口をつけた。

「え? 冗談、ですよね?」と澪が言う。

「本当だよ」

 とMは事も無げに言う。

「え? どういう事? 転生? ははは。まじ? じゃあどうやって転生したんですか?」と秀一は声をあげた。


「正確には」

 とMは言って飲みきった缶ビールをまたぺしゃりと潰した。

「正確には、転生じゃない。異世界から来て、そしていつでもそこに帰る事ができる。実家に帰るみたいに。お前らは実家住まいだからわからないだろうけどな。この感覚」

「先生って真顔で冗談言うからちょっと怖いっすよ」

 と言って秀一は笑った。澪も笑っていたが、その笑いは乾いた笑いだった。

「いやだから本当なんだよ。俺は異世界から来たんだって。魔法の国だよ。炎系の呪文やら、氷系の呪文やらがあって、魔物がいて」

 とMが言うとさらに秀一は笑った。

「先生、もういいっすよー」

 と秀一が言って「いやマジだから」と繰り返すM。

「じゃあどうやって異世界行くんですか? 異世界モノの王道は事故にあって気づいたら異世界とかですけど、先生のやつは?」

「ああ、事故とかないよ。ここから行くんだ」

 と言ってMは立ち上がり、グランドピアノの蓋を開けた。

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