第8話 中古車マガジン
「おーい、おーい! 秀一、おーい!」
澪はグランドピアノの奥の広大な暗闇に向かって何度も叫んだ。
声は響きもせずに、どこにも届いていない。まるで深いぬかるみに思い切りボールを投げてるように感じられた。
「まじか。おい、まじか。落ち着け。落ち着け」
澪はそう呟いて、ソファにどさりと座った。
ソファの上に『中古車マガジン』という雑誌が置いてある。Mが読んでいたのだろうか。澪は雑誌を手に取るともう一度グランドピアノに近寄った
「……えい」
と雑誌をピアノの暗闇に投げ込む。
……全く音がしない。
雑誌は今頃地球の反対側のブラジルにでも向かっているかのように思えた。
「やばくない? これ」
澪は心臓がドキドキとしはじめているのを感じていた。
「いやー。どうしたものか。警察に連絡する? うーんとりあえず一旦落ち着こう」
澪はふらふらとキッチンに行き、冷蔵庫を開けた。
「ええと、この水もらいますよー」
と独り言を言って、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを手に持ちまたソファーに戻る。
ソファーに座り込むとペコっとペットボトルを開けて、一口飲み込む。
「落ち着け落ち着け。どうしようね。まず、これを誰かに言って信じてもらえるかが疑問。ええと、そうだ。まず夢じゃないよね。これ」
と言って澪は自分の顔をつねってみた。
「ああ、やっぱ痛い。夢じゃない」
澪は小さく笑った。
澪は立ち上がって、もう一度ピアノの奥の暗闇を覗いた。
「しかし、普通入っていくかあ? 秀一ってアホなのかな。いやアホか。あいつは」
と呟いた後、飲み残したペットボトルの水をピアノの奥の暗闇にドボドボと注いでみた。全く音がしない。底があれば水のはじく音がするはずだ。残ったペットボトルの水を全て注いで、澪は耳を澄ます。が、やはり全く音がしない。
「まじ?」
もう一度そう呟いて、その場にしゃがみこんだ。
「あーもう何も考えられない」
そう言って体育座りのような格好で座ると涙がこみ上げてきて泣いた。
その時、澪のスマホがピコンと音をたてた。
差出人には『竹内秀一』とあった。
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