第4話

「私、夢を追うことを諦めたくなくて」

「うん、諦めるべきじゃないと思うよ」

「……先生って、やっぱ優しいよね」

「そうかなあ」

「うん、私、このこと、本当は先生に最初に言おうと思ってたの」

「それは光栄」

先生はなんで作家になろうと思ったの。その問いかけは、正直ダメ元だったけど。

「証明かな」

「証明?」

「そ。有名な心理検査があるんだけどね」

先生は背のラックから裏紙を取り出してサラサラと万年筆で絵を描いた

「君が暴走トロッコに乗ってるとするよ」

「わ、せんせい、絵上手いね」

「そりゃどうも……そのトロッコの行く先には、分かれ道がある。片方には人が5人、もう片方には1人いる。君が少し体重を傾けるだけで、トロッコがどちらの道を行くか……どちらを殺すかが決まる。」

「どっちを選ぶか、って話?そりゃ1人でしょ、数的に」

「そうだね、そこまではほぼ100パーセントがそう答える……ならこれならどう?」

先生はもう1枚紙を取り出すと、今度は少し違った絵を描き始める。

「君は橋の上にいる。君の隣には1人の大男がいて、橋の柵に腰かけている。その橋の下にはレールが敷いてあって、その上に5人の人がいる。ごおっと轟音が鳴り響いて、暴走トロッコが走ってきている。

もし君が何もしなければ、5人は死ぬ。ただし、一つだけ5人を助ける方法がある。」

「もしかして」

「おっ、わかる?」

「わかりやすいんですって、伏線が……。大男を落とすんでしょう」

「正解、そうすればトロッコは止まる。大男の落下の衝撃によってね。さあ、どっちを選ぶ?」

「……落とせない、と思います。それは、直接的に人を殺すことだから」

「そう、大抵の人はそう答えるんだ。でも僕は落とすよ、大男を。だって、1人より5人の命が軽いなんてことないから」

先生は寂しそうに笑った。

「おかしいよね?こんなの異常だ。でも、僕はそう思うんだ。」

そこで言葉を切って、じっとパソコンを見つめた。

「だから、証明だ。こういう考え方をする僕が、生きているって証明。本は読まれ続ける限り腐らないから」

「……読まれなければ、風化してしまうとしても?」

「それがいいんだ。価値のないって定義されたら、勝手に消えていくのが。」

だからさあ、と先生は続けた。

「僕は、本当は、君じゃダメだったんだよね」

「どういう、意味ですか」

「万人受けする青春ストーリーじゃだめだったってこと。全然僕の書きたいものじゃない」

「なに、私を主人公にした小説でも書いてるの」

「…………違うよ。君じゃない」

こんなの、先生は呟いた。


「私、帰ります。なんかスッキリして」

「そうかい?僕だけが言いたいこと言った感じあるけど」

「そんなことないよ」

そうだ、私は振り返って続けた。

「久米正雄の話ですけど、彼はやっぱり夢を叶えたんじゃないですかね」

「へえ、なんで?」

「だって、彼の今も残る作品は、大衆文学だけじゃないでしょ?ちゃんと残ってる、全部」

にっこり笑う。

「それが、夢が叶うってことじゃないかな」

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真夏の白昼夢 縞々なふ太 @nafuta

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