第2話
せんせい、わたし、ゆめがあるんです。
本当は今日、それを言いに来たのである。宣言しに来たんだ。絶対私を否定しないあの人に。
家に帰るのは憂鬱だ。お母さんは今、私と口を聞くのを辞めてしまった。__お母さん、私、大学、金沢に行きたいの。そう言ったのは、つい昨日の夜10時。
「……なんで?」
「やりたいことがあるの。私、学芸員になりたい……。近代文学の、文学館の」
「文学館?なんでまた」
「……お願いします。」
お母さんは眉間に皺を寄せて言った。
「理由も説明できないの?話にならない。なんでなりたいのか、金沢に行かなきゃできないことなのか、よく考えな」
理由が無いわけじゃなかったのに、言えなかったのは、夢見がちだと言われたくなかったから。理由と言われて私が語れるのは、理想論くらいで、それをバッサリ切り捨てられるのが怖かった。
ぼとぼと涙を流した。双子の妹、真菜香が、心配そうな視線をよこして、気遣いからかそっぽを向いた。
その日の夜は、すぐに2階の自室に戻って本を読んでいた。その時読んでいたのが、侏儒の言葉だった。
「為すに足ること……」
夢見がちじゃ、いけないんだろうか。
家に帰ると、ただいまも言わずに靴を脱いで、シャワーを浴びて自室に戻る。リビングにはお母さんがいるはずなのに、不気味なほど静かで、真菜香が「お母さん、寝てるから」と呟いた。
「そっか」
「うん。_穂乃果に勧められた、光を追うて、読んだよ」
「どうだった?」
「すごいね、これ。自伝?」
「うん」
「徳田秋聲……だっけ。こんなに努力した人が、今はほとんど読まれないなんて、時って残酷だねえ。」
「……そうなんだよ」
時って残酷だ。努力も結果も、参加させ風化させ、ボロボロに崩していく。
それが嫌だった。何の価値も無いって、定義されてしまうのが心苦しかった。
ノートを開く。様々な文豪の生涯を簡単にまとめたノート。私の宝物。
夢があるんです、先生。
きっと否定されない。甘えでも良かった。縋りたかった。
「……今日も、どっか行ってたの」
「うーん、先生のとこ」
「また?いい加減私も会わせてよ」
「先生がやだっていうし」
「……怪しくない?」
「怪しくないよ、あの人は」
真菜香は胡乱気にこちらを見た。「私にも言えないの?」
「なにが」
「理由。学芸員の」
「笑うから、絶対」
「笑われるようなことなの」
「言っちゃえばね」
なら待つよ、真菜香はそう返した。「穂乃果が言えるまで待つ。」
「一生言わないかもよ」
「でも待ってる」
真っ直ぐな視線が痛くて、笑い飛ばしてくれないの、なんて独りごちた。
「安心した。真菜香もまだ、大人じゃないね」
「悪口?」
冗談めかした口調で真菜香が笑う。
「ちがうよ」
お互い、それ以上何も言わなかった。
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