6話 私と

 ……重い空気が漂う。完全にやらかした。

 普段は隠してる本音を、つい彼女に漏らしてしまった。

 僕の発言を聞いた彼女は、一瞬驚いた顔をすると、すぐ真顔になり、ジッと僕を見つめていた。

 やばい、怒らせてしまった。

 そりゃ初めて会った人に『笑顔が下手くそ』なんて言われたら誰だって怒るに決まっている。

「えっと……今のは……その……」

 慌てて言葉が出てこない。直したつもりだったが、一度何かミスすると一気にダメになってしまうのが昔からの悪癖だ。

 なんと言うべきか、思考能力の下がった頭で必死に考えていると、その前に彼女が口を開いた。


「なんで、そう思ったの?」

 彼女からまっすぐな瞳が向けられる。

 どうやら怒ってはいないらしい。ただただ、僕の言葉に疑問に感じているだけのように見えた。

 そんな彼女の様子を見て、ようやく落ち着きを取りもどし、一度大きく息を吐く。

 そして、思いついた言い訳を言おうとした。

「深い意味はないよ。ただ……」

「本当のことを言ってね」

 彼女の一言に身体が震えた。

 まるで僕が嘘をついていることに気づいてるみたいな言い方だった。

 僕は彼女の顔を見た。無表情で、大きく綺麗な目を僕にまっすぐ向けている。

 その時感じた。僕はこの人には嘘をついてはいけない。

 だから言うことにした。本当の考えを、嘘偽りのない気持ちを。


「似てたんだ、昔の僕に」

 そう、似ていたんだ。中学時代の僕の笑い方に。

 まだ僕が今の自分みたいに感情を隠しきれていなかった時の笑い方に。

 こんなことを言っても、彼女には理解できていないと思う。

 でも、これが僕の嘘偽りのない、本当の思いだ。

 僕の言葉を聞いて、彼女は『そっか』と一言つぶやいた。その後は、しばらくの沈黙が続いた。

 周りには人もいない、車もあれ以降通らない、まるで2人だけしかいない空間に閉じ込めらているような、静かな時間がしばらく続いた。

 なにか声をかけるべきなのかもしれない。ただどれだけ考えてもどんな言葉をかければいいのか思いつかない。僕はただ、下を向いている彼女の姿を見つめるだけだった。


 もうどれだけ経ったかも分からない沈黙が終わったのは、1匹のねこが僕らの間を横切った時だ。

 僕も彼女も目線を猫に向けて、ずっと下を向いてうごいていなかった顔を動かす。

 僕はもうこのタイミングしかないと思って、口を開いた。

「猫って可愛いよね」

 僕は何を言ってるのだろうか?

 この状況を変えたいからといって、こんなしょうもないことしか言えない自分が恥ずかしかった。

 彼女はぽかんとした顔を僕に向けてきた。

 やめてくれ!こんなことしか言えない僕を見ないでくれ!

 そんな事を思ってしまい、顔が赤くなっていることが自分でも分かった。


 そんな僕を見て、彼女の今までの仏頂面が変化していった。

「ふふっ、あなたって変な人ね」

 彼女はニコッと微笑んだ。

 その姿を見て、胸がドキッとした。それが恥ずかしさゆえなのか、それかもっと違う別の感情のせいなのかは今の僕には分からない。

「私の名前は涼月唯花すずつきゆいか。あなたの名前は?」

「……君波幸人。幸人でいいよ」

「私も唯花でいいよ。じゃあ幸人くん、私と一緒に帰らない?」

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僕らの恋愛白書 風凪 @kaza28

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