3話 だから僕は自分を隠す

「はぁ、疲れた」

 ついそんな一言が口から漏れた。

 今日は朝から大忙しだ。今までもこんなふうにクラスメイトに頼られることはあったが、ほんの小一時間でここまで色々頼まれるのは稀だ。

「疲れた顔してるな……」

 トイレの鏡に写る自分の顔を見てつぶやく。

 なるべく人前では明るく振る舞ってる分、1人になるとつい素の表情が出てしまう。


 本当はもっと1人の時間が欲しい。

 僕はもともと1人でいることが好きだ。

 だから、学校では最低限の友達を作って、適当な部活に入って、周りには特に認識もされない、ただの同じクラスにいるだけの存在としか思われない。それが理想とするクラスメイトとの関わり方だった。

 だってそうだろ?誰かと一緒にいるってことは、その分トラブルに巻き込まれやすいと言うことだ。

 特に関わる相手が無神経なやつだったりしたら、常にトラブルに巻き込まれるようになる。

 そうなれば、そいつのせいで自分の人生がめちゃくちゃにされる可能性だってでてきてしまう。

 そうなることを防ぐには、やはり人との関わりをなるべく減らし、関わる人間もなるべく大人しい人を選ぶ。それが苦労せずに学校生活を送るセオリーだと思っている。

 だが、やはり学校生活とはうまくいかないもの

 で、そんな理想を叶えることはできなかった。


「相変わらずの人気だね」

 声がする方をむくと、そこには1人のクラスメイトがいた。

「なんだ早崎か。ほんと、勘弁してほしいよ。」

 早崎蒼太はやさきそうた。それが彼の名前だ。

 早崎は僕のクラスメイトで、同じ学校でただ1人の友達でもある。

 早崎はいつも無表情で、何を考えてるか分からないところがある。

 初めて会った時から、喜怒哀楽のとの表情も見たことがない。友達ではあるけど、クラスメイトの中で1番謎が多い人でもある。


「そんなに大変なら断ればいいのに。そうすれば多少はみんな離れてくれるんじゃない?」

「それはそうかもだけど」

 確かに早崎の言うように、僕が断れば頼って来る人は減るかもしれない。だけど……

「後々のことを考えたらさ、僕が解決することが1番効率がいいと思ってさ」

「後々のこと?」

「そう、トラブルがおきる前にそれを解決しておくことは大切だろ?」


 学校生活というものは、人生で最もトラブルが多い場面と言っても過言ではない。

 それもそうだ、学校は場所を選べても、クラスメイトを選ぶことはてきない。もちろん、学校によって生徒の質が違うが、頭の良いからってトラブルがおきないわけではない。

 なんせ、性格は人それぞれ違うのだから。

 性格が違う人達が同じ空間に30人近く集まって、何も無くずっと過ごせるはずがない。

 必ず何らかのトラブルで、すれ違いや喧嘩が起こってしまう。

 それを人生経験と捉えることもできなくはないが、その過程で、いじめ等がおき、こっちにまで迷惑をかけられるのだけは嫌だった。


 そこで僕の役目だ。

 性格が合わない人同士が対面する間に、どっちにも理解を示せる第3者がいれば、トラブルが起きる可能性を減らすことがてきる。

 その第3者を僕が担っている。

 とはいえ、僕だってみんなを理解して、その役割をこなすことなんて出来ない。

 だからこそ素は見せず、理解者を演じることで、その役割をこなしている。

 もちろん、演じるのは楽ではない。つい本音が漏れそうになることもあるし、何度か演じているのを見破られたこともあった。

 それでも、僕にしか出来ない、いや、僕がするしかない今の役割を全うすることに決めた。


「ま、なんでもいいけど。それを幸人がやる意味あるの?」

「それはそうなんだけど」

 もちろん、別に僕じゃなくても誰かが担ってくれれば良かった。しかし……

「いつの間にか頼られてたんだよなー」

 別に何かしたわけではない。最初の自己紹介だって無難にやったし、最初は静かな生活を送れるようにしていた。

 にも関わらず、いつの間にかこんなことになってしまっていた。

 この2ヶ月のことを思い出しても、思い当たる節はなかった気がする。

「どうしてこうなったんだ……」

 なんだかすごく落ち込んできた。


「ま、もう取り返しつかないし、頑張るしかないんじゃない?」

 早崎は完全に他人事だからと適当な返しだった。

 でもその通りだ。、こうなってしまったからには、自分の役割を全うするしかない。

「精進するよ」

「どうしても困ったら助けてあげようか?」

「早崎にしか解決できなそうなことがあったらな」

 恐らくそんな時はない気がする。

 まあ、これだけ本音で喋れるだけでも、十分楽には慣れてる気がする。


 キーンコーンカーンコーン

 始業前のチャイムが聞こえた。

「戻るか」

「うん」

 教室に戻れば、また、自分を演じることになる。

 本音を隠すことは、ストレスにはなるし、正直面倒ではある。

 でも、僕はそれよりもトラブルのない、平和なクラスを目指すと決めた。

 そう決めたからには、最後までこの役目を全うしようと心に決めた。

 










 そして、これからの人生が変わる、運命の一日が始まった。

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