2話 オタクは傍から見ると怖い
まだ座って間もない椅子から立ち上がり、前橋のもとへ向かう。
前橋は、友達らしき人と4人で談笑している最中だった。
「おい、前橋」
僕の声を聞いた前橋は、ビクッと体を震わせる。そして、何かに怯えてるかのような表情で僕のいる方は目を向けた。
しかし、話しかけた相手が僕だと分かると、今度は安堵した表情を見せた。
「なんだ、幸人氏であったか。驚かせおって」
「勝手に驚いたのはそっちだろ」
前橋はかなりの人見知りというか、コミュ障というか、とにかく人付き合いが苦手で、仲の良い相手以外だと、ほとんど会話ができないやつだ。
なんならこの2ヶ月で、彼はクラスメイトのほとんどとまともに会話したことがないとも前に言っていたくらいだ。
「それで我が友よ。話とはなんだ?」
さっきまで怯えていたやつとはまるで別人のように、堂々としている。
僕はある日を境に、前橋に気に入られることになった。
以前、学校では読んでいたライトノベルがどうやら前橋のお気に入りだったらしく、その日に話しかけられて以来、彼はことあるごとに僕に絡んでくるようになった。
「これ、お前宛てらしいぞ」
僕は前橋にさっき預かったプリントを渡す。
「おお、かたじけない」
ちなみに、この変な喋り方は何かしらのアニメの影響らしい。
「お礼ならあそこの2人に言ってくれ。僕はただ預かっただけだから」
僕がさっきプリントを持ってきた女子の方を指差す。すると、彼女達は僕と前橋の会話をみていたらしく、目が合った。
しかし、前橋も2人の方に目を向けると、お互いに目が合ったらしく、すぐに目を逸らしてしまった。
「まあ、気が向いたらな」
前橋の目が泳いでいるのが分かった。多分行くつもりないな。
でも、そこに関してはどうでも良かった。僕のミッション話ここで終わったわけだし、これ以上はどうするつもりもない。
「じゃ、僕は戻るから」
ようやくゆっくりできる。そう思って歩き出そうとしたが、前橋に腕をガシッと掴まれた。
「ちょっと待て、幸人氏」
ああ、いつものやつが始まってしまった。
「昨日のアニメ、見ましたかな?」
そう言うと、前橋は目をキラキラさせながら、こっちを見てくる。
「……見たけど」
「で、感想は?」
「結構面白かったと思う」
すると、前橋はさっきまで怯えていたのが嘘かのように、饒舌に話し出した。
「いやー、あのアニメの面白さが伝わるのはさすがは幸人氏!特にヒロインの可愛さは我が知ってるアニメでも五本の指に入るレベルの可愛さで我は特に金髪ギャルでツンデレのミコちんが好きで……」
やっぱりこうなってしまった……
見て分かる通り、前橋はかなりのアニメオタクだ。
前橋がこうなってしまうと、誰も彼を止めることができなくなる。
しかも、こっちが聞いてもいないのに急に好きなキャラまで語り出す始末だ。
というか、そんななのに金髪ギャルが好きなことにツッコミたいのだけれど。
まあ、そんな声が届くこともなく、今の僕ができるのは、とりあえずこの話が終わるまできいていることだけだった。
ふと、プリントの件の彼女達を見ると、今の前橋を見て、また怯えた表情をしていた。
確かに、今の前橋の様子を見ていると、怖く思ってしまうのはしょうがない気がする。
僕は彼女達に苦笑いを浮かべながらも、気にしないでと合図を送った。
前橋が語り始めて、10分くらいが経った。
「それであのミコちんが主人公と下校したシーンで……」
その間、僕も周りの友達らも、前橋の語りを何も言わず聞いてるだけだった。
「ごめん、ちょっとトイレ」
流石に我慢の限界だった。
僕は逃げるかのように、教室を飛び出してトイレへ向かった。
小さく、『まだ半分も話せてないのに』と聞こえた気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせることにした。
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