第182話 弟子入り

 ラナンの絶叫が木霊する。

 しかし、そのくだりは冒険者ギルドユーティリス支部では名物で、これまでにも何度も行われてきた恒例のものだ。

 今更そんな叫びがあったところで「あ、まただ」くらいの反応しかない。


「そういえばまだ言ってなかったですか。私は白魔導師ですよ」


「……じゃあ、今までの人達は全部あんたの治療を受けに来てたってこと?」


「そうですが?」


「これ、優勝記念の握手会じゃなかったの? あてつけのように見せつけて私を煽ろうという算段では……?」


「……そんな性格悪いことしませんよ。というか握手会だと思ってたんですか?」


 改めて白魔導師であるということを口にするとラナンは持たされていた看板を投げ出して、ルーミアの肩を掴んだ激しく揺すった。

 ルーミアは依頼としての仕事をまっとうしていたのだが、どうやらラナンは勘違いをしていたようでかなり慌てた様子で荒ぶっている。


 ルーミアは魔法を発動させる条件を満たすために接触を必要としている。ルーミアが触れてしまえばどこでも構わないのだが、シンプルに手と手を繋ぐ握手という形で条件を満たしていた。

 そのこともあり、ラナンはルーミアがギルドにてアイドル的な存在であり、勝者と敗者の格差を見せつけるためのあてつけとして行っていると邪推していた。


「参列者がやけに痛々しいと思ってたけど、治療に並んでたのか……」


「気付くの遅いですよ」


「じゃあ……なに? あんた、白魔導師なのにアンジェリカさんに勝ったってこと?」


「そういうことになりますね」


 混乱がさらなる混乱を呼ぶ。

 これが握手会ではないと気付いたラナンがルーミアを白魔導師だと認識した時湧きあがる疑問。

 白魔導師に負けた。白魔導師がアンジェリカに勝った。


 ルーミアに完膚なきまでに叩き潰されたラナンは脳内で不具合を起こしているかのように情報が完結しない。

 だが、事実としてラナンはルーミアに負けた。

 ルーミアが白魔導師であるのだから、白魔導師に負けたということになる。


 どれだけ信じられなかろうと、それは変えられない事実。

 ルーミアから何かを学ぼうと覚悟してきたラナンは、その事実を受け入れなければならない。


「……はぁ、それは分かったわ。で……これはいつまで続くの? 私はあんたが戦っているところを見たいんだけど」


「今日は意外と握手しに来てくれる人が多いので、ずっとこのままですかね。言いましたよね? 何かを教える時間は取れないかもしれないと」


「……それもそのままの意味だったのか……」


 これに関してもラナンは早とちりして勘違いをしていた。

 ルーミアが教える時間を取れないというのは、見て盗めという意味だと思い、これまでずっとルーミアを眺めていた。


 まさか単純に負傷者が多く、治療に手いっぱいでラナンに使う時間を確保できないという意味でルーミアはいっていたのだが、あまりにも熱意のある瞳でそれでも構わないと言うラナンにやや困惑していたほどだ。


「何か学べましたか?」


「学べるかぁ!?」


 ラナンから見たルーミアは、たくさんの冒険者と握手をしているだけ。

 仮にもっと早くその行為が治療であると気付いても、その魔法は回復魔法。ラナンが学びたいことはそれではない。


「ラナンさんは私が戦っているところを見たいんですか?」


「そうよ。ルーミアの戦闘スタイルに興味がある。取り入れられるところは取り入れたいわ。そのためなら依頼でもなんでも密着してやるって思ってたけど、これはさすがに違うわよ……」


「ですよねぇ」


「というかなんであんたいちいち握手なんかしてるのよ? そんなことしなくても治せるんじゃないの?」


「それに関してはまたあとでお話しますが……とりあえずラナンさんの要望は分かりました。簡単に言ってしまえば弟子になりたいということで合ってますか?」


「……まぁ、一応ギリギリそういうことになるかもしれないわね」


「別にお帰りいただいてもいいんですよ?」


「弟子にしてください!」


 ルーミアとラナンの認識のすり合わせができたところで、目的の再確認が行われる。

 ラナンはルーミアに教えを受けたい。ルーミアの戦う姿を間近で観察したい。

 簡潔に言ってしまえば、弟子入りをしたいということだ。


 ルーミアがそれを確認すると、ラナンは渋々と言った様子で目を逸らしながら答える。

 ルーミアとしては別にラナンに時間を割く義務はないため、バッサリと切り捨ててもいいという意志をちらつかせると、プライドを捨てたラナンはしっかりと頭を下げた。


(これも宣伝効果の一環でしょうか。まさか私がそういう立場になるとは……思いもしませんでしたね)


 ルーミアを目当てにユーティリス支部が活気に満ちるという予想はできていた。

 だが、教えを請われる立場になるとは思っていなかったルーミアは、頭を下げてお願いするラナンに感慨深いものを覚えている。


「ラナンさんは今冒険者ランクはいくつですか?」


「Dよ。アンジェリカさんに憧れてパーティとかも組まずに一人でやって、魔法を磨くことばかり優先していたから、冒険者活動はそんなにしてなかったの」


「じゃあ……とりあえずAランク目指して頑張りましょうか」


「分かったわ…………はぁ!?」


「あ、アンジェさんはSランクなので、Sランクを目標にします?」


「無理無理無理! Aでお願いします!」


「そうですか? じゃあ、頑張りましょうね」


 高い目標を掲げられて呆気に取られていたラナンに、さらに高い目標を吹っ掛けようとするルーミア。

 軽い感じできつめの目標を設定されたラナンは、弟子入りする人選を間違えたかもしれないと早くも思うのだった。


 ◇


 ラナン、リリス、ルーミア。

 意図せずですがらりるの順になってますね

 せっかくなのでらりる組で何か面白いことできないか考えてます

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