第179話 堕天使と悪魔

「つ、疲れました……。帰ってもいいですか?」


「ダメに決まってるじゃないですか」


 やっとのことでギルドの入口に辿り着いたルーミアは肩で息をしながら疲れ果てていた。

 道中、幾度となくリリスの魔の手が忍び寄り、人前で嬌声をあげそうになることもしばしば。


 気を張ってリリスの悪戯をなんとか防ごうと試みたルーミアだったが、リリスという心安らぐ者が隣にいるということもあり、気付くといつの間にか油断していて、その隙を突かれてしまっていた。


 その度に気を引き締めて今度こそはと思うも、会話などでペースを持っていかれて、また安心の隙を突かれる。学習しない、正確にはできないルーミアはその繰り返しで徐々に体力を削られていった。


「リリスさんが首とか腰とか触ってくるのがいけないんです。中途半端に焦らされると辛いんですよ……?」


「中途半端は嫌ですか。じゃあ……こっそりイかせてあげましょうか?」


「……バレたらもうここに顔を出せないのですが?」


 リリスの魔の手によってルーミアは発情寸前。焦らされて寸止めにされている状態では、何をするにしても身が入らないだろう。


 そんな時、悪魔の囁きがルーミアを襲う。

 溜め込んだものをこっそり発散してリセットする。二人きりの空間であれば恥を捨ててその誘惑に乗ってしまうのもありだったかもしれない。


 だが、ここは冒険者ギルド。

 多くの冒険者、多くのギルド職員の目がある。そんな中でのアブノーマルなプレイはリスクが高い。もし露見しようものなら、ルーミアは恥ずかしさで金輪際ギルドに顔を出せなくなってしまうだろう。


 そのため、悪魔の誘いに乗るわけにはいかない。断固拒否していると、リリスは残念そうに唇を尖らせた。


「じゃあ今日は帰るまで我慢するんですね?」


「……そうなりますね」


「辛くなったらいつでも言ってくださいね?」


「言いません」


「待ってますよ?」


「待たないでください。悪魔の囁きにはもう耳を貸しません……っ!」


 リリスはルーミアの周りをくるくる回りながら囁く。ルーミアは心を鬼にして、甘い言葉には惑わされないと耳を塞ぎ、首を横に振り回した。


「酷い言われようですね。私を悪魔だなんて……。悪魔はあなたでしょう? ね、白い悪魔さん?」


「私だって最初はリリスさんのことを天使だと思ってましたよ。優しくて、とても頼りになって……だから惹かれたんです」


「ほら、そんな天使に悪魔呼ばわりはいけませんよ」


「何が天使ですか。蓋を開けてみれば悪魔もびっくりの意地悪リリスさんじゃないですか!」


 リリスは変わった。ルーミアが変えてしまった。

 ルーミアへの想いを自覚し、ルーミアを失う恐怖を知り、ルーミアといられることの幸せを知ったリリスは、もう以前の彼女ではいられない。


 王都へ行く前の、ルーミアのちょっとした悪戯やからかいに照れたり恥ずかしがったりしていたリリスが懐かしく思えるほどの豹変っぷり。

 今はもうリリスが完全に手網を握っていると言っても過言ではないだろう。


「あんなに優しかったリリスさんが今ではもう色欲魔人です。えっちの権化です」


「でも、私とそういうこと……したかったんですよね? 王都ではあんなに熱烈にアピールしてくれたじゃないですか? それなのにルーミアさんは全然手を出してくれないので、私から襲うしかないんですよ」


「それは……そうですけど」


「なら、いいじゃないですか? ルーミアさんもあんなに悦んでくれてたじゃないですか」


「……そういうところですよ。本当に意地悪。悪魔です」


 確かにリリスは彼女の欲望に忠実で、ルーミアへのスキンシップは激しめとなっている。一線を越えてから完全にタガが外れて、ルーミアの身体を頻繁に求めるリリスを色欲魔人と称するのは言い得て妙だ。


「悪魔はルーミアさんだけで十分です。なので私は天使でいいですよ」


「この色ボケ堕天使が……!」


「ふふ、面白いことを言いますね。そんな色ボケ堕天使に悪魔さんは好き放題されちゃって……とってもかわいいですね。抵抗したり、逆襲したりしてもいいんですよ?」


 そんなリリスに屈して好き放題されているルーミアではあるが、まだ本当の意味で全力の抵抗は行っていない。

 ルーミアには常時発動の身体強化魔法がある。その魔法さえ発動していればリリスに力で負けることはない。


 ルーミアにはそのポテンシャルがある。その気になれば被食者から捕食者へ成り代わることだって容易いだろう。

 だが、それをしないのはルーミアの心がリリスに屈服しているからだろう。

 身も心もすっかり調教されてしまったルーミアは、以前のように強気に攻めることができなくなっていた。


 一度受け入れてしまったらそう簡単には抜け出せない。

 悪く言ってしまえば、ルーミアにはイジメられる才能があったということだ。


「今に見ててください。今度は私がリリスさんを組み伏せるんですから……!」


「ふふ、それは楽しみですね。ぜひお待ちしてますよ」


「うぬぬぬ……その余裕そうな顔、崩してあげます」


「帰ったら腰をとんとんしてあげますね」


 堕天使と悪魔は互いに煽り合う。

 攻防に夢中な二人が、そこが冒険者ギルドの入り口近くであると気付くのには……もうしばらくかかりそうだった。

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