第178話 いってらっしゃいのキス

「あっ、あー。ちゃんと治したはずなのになんか調子が悪い気がします。声、変じゃないですか?」


「いつも通りかわいい声ですよ」


「……ならいいのですが、あっ、ちょ……どさくさに紛れて首を触ろうとしないでください」


「けち。減るもんじゃないのに」


 ルーミアは声を出して喉の調子を確かめる。喉の奥に残るガラガラとした違和感。

 それもそのはずだろう。ルーミアは昨晩、リリスとの愛を育む行為で、声が枯れるまで喘ぎ鳴いた。


 考えることもできず、押し寄せる快楽にただ身を委ねることしかできない。

 そんな中、どれだけの時間嬌声を垂れ流し続けたのか、ルーミア自身もよく分かっていない。


 絶え間ない連続絶頂に襲われ、その身も心も快楽に咽び泣いていた。

 その結果、全身――主に絶頂の痙攣でとめどなく跳ねていた腰の痛みと、喉の枯れ、倦怠感などが襲い掛かっていた。


「ひゃん」


「こっちはもう痛くないですか?」


「腰はもう大丈夫です。あの……大丈夫ですから、そんないやらしい手つきで触らないでください」


「痛くないなら……もう一回痛くしておきます?」


「……朝から盛らないでください。ちょ、お尻揉まないで……っ」


 腰を撫でられて声が裏返る。特に腰は痛めていた部分ではあったが、それは喉と同様にもう治してしまっている。リリスはそんなルーミアの腰をさわさわとさすり、やがてその手は身体に沿って下へ向かっていく。


 その手を退けてルーミアはむぅと頬を膨らませる。

 襲い掛かる激しめのスキンシップを躱すのにも一苦労だとため息を吐く。


「でも……本当にかわいかったですね」


「……そりゃどうも」


 リリスはルーミアの乱れる姿を思い出して、にやにやと彼女の顔を見やる。

 ルーミアはぷいっと顔を逸らしながらも、かわいいと言われるのは悪い気がしないのか口元は緩みかけている。


「しかし……白魔導師としての力を存分と発揮しましたね。身体や喉の痛みは回復ヒールで、汚してしまったシーツなどは浄化ピュリフィケーションで対応できましたし……えっちに向いてますね。さすが白魔導師です」


「なんでしょう。事実なのにあまり嬉しくありません。まことに遺憾です」


 実際、ルーミアは事後処理で大活躍した。

 まずは、激しく乱れてしまったことで痛めてしまった身体と、嬌声の上げすぎで枯らしてしまった喉は、回復魔法でしっかりと治癒している。


 そして、当然ベッドの上はぐちゃぐちゃになってしまった。

 汗、涙、涎、そして愛液。ありとあらゆる体液を吸って汚れてしまったシーツも、ルーミアの浄化魔法のおかげできれいさっぱり元通りとなっている。


 ルーミアが白魔導師として持ち得る力を存分に活用して後処理を行ったことで、不名誉な称号を与えられる始末。間違ったことは何も言っていないが、ルーミアは不満を表現してまたしても頬を膨らませていた。


「いいじゃないですか。私は嬉しいですよ。後に出る支障のことなどは気にせず、思う存分激しくしてもいいってことですからね」


「あの……優しくするという選択肢はないんですか?」


「あると思いますか?」


「……あってほしかったです」


「ふふ、そういうことです♡」


 リリスとしては、ルーミアの能力はありがたいかぎりだ。

 身体を痛めてしまっても回復できるのなら、後に出る支障を気にする必要がない。


 ルーミアも身体が資本の冒険者。今でこそゆったりめに活動しているが、また暴力の衝動に駆られて、激しい戦闘を求めるに違いない。

 そんな時、腰が痛くて戦えませんでした、なんて情けないことにならずに済む。


 そもそも、ルーミアの疑問通り、優しくするという選択肢があればその心配も必要ないのだが、どうやらリリスにそんな選択肢はないらしい。

 にっこりと微笑んで、拒否の意を示して、ルーミアを黙らせる。


「でも、肉体的なダメージはなんとかできますけど、血と同じで身体から向けていく水分は戻らないので……お手柔らかにお願いしたいです」


「考えておきますよ」


「まったく考えてくれなさそうな顔ですね。言っておきますが激しめのキスとかも息できなくて苦しいんですからね」


「……でも、気持ちよかったでしょう?」


「それは……その、まあ……はい、そうですね」


「ならいいじゃないですか。激しいキスの後のルーミアさんの顔、とてもとろっとろで悦んでましたからね。それにもっとってせがんでくるじゃないですか」


「……忘れてください」


「嫌です」


 結局、ルーミアはリリスに与えられる快楽に屈してしまう。

 自覚もある。だからこそ、これから身体を重ねる度に恥ずかしい思い出を量産していくのだと思うと、ルーミアは顔が燃えてしまうほど熱くなった。


「顔が赤いですよ? どんな妄想をしたんですか?」


「し、してませんっ!」


「してほしいことがあったらちゃんと言ってくださいね」


「……だったら優しくしてくださいよ」


「ルーミアさんがかわいすぎるので、それは不可能です」


 ルーミアの膨らむ頬に指を埋めてリリスは微笑む。

 そんなリリスに屈してしまう。優しくされなくても悦んでしまうように、心身共に分からされてしまっていることが嬉しくも恨めしいとルーミアは思うのだった。


「あ、キスで思い出しました。今から家を出ますが、まだいってらっしゃいのキスをしてもらってません」


「一緒に出るのですが?」


「いいじゃないですか。それとも……ルーミアさんは私とキス、したくないんですか?」


「……したい、で……んむっ?」


 言い切る前に唇は塞がれた。

 その瞬間、ルーミアは察した。このキスは、長くて激しいキスだと察し、抵抗するかわずかばかり悩み――諦めて受け入れた。


 唇を少し開いて待っていると予想通りリリスの舌が口内に侵入して暴れまわる。

 逃げられないように頭を押さえられて、頭が真っ白になるまで蹂躙は続いた。


「……ぷは、ごちそうさまです。それじゃあ、行きましょうか」


(……下着、濡れちゃったかもしれません)


 いってらっしゃい、いってきますのキスを終えて、肺に空気を送る。

 胸の鼓動が高まり、きゅんと下腹部が疼いてしまったルーミアは、恥ずかしそうに黙りこくって、もじもじしながらリリスと手を繋いだ。

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