116話  マジ恋

<朝日向 結>



「もう、あなた!!もうすぐ出発するんだから、早く顔洗って準備して!」

「あ、はい!」



ソファーで二度寝しようとしている旦那さんを起こして、私は再びドレッシングルームに戻る。

さて、何を着て行こうかな………さすがに明るい方がいいわよね?いや、構わないのかな?うん………

そうやって悩んでいた時、突然目に入ってきたフォーマルドレスを見て私はにんまり笑ってから、それを手に取った。

全体的に落ち着いていて、色もあまり濃くないスカイブルー。うん、これで行きますか。

今日はめでたい日だし……早く行って祝福してあげなくちゃ。



「これでいいよね……」



着替えを終えた後、全身鏡でもう一度自分の姿を確かめてみる。ネックレスはなるべくシンプルな物にして……靴はどうしよう。パンプスでいいのかな?

そうやってまた悩み始めたところで、後ろにある扉が開かれる。

振り返ると、ちょっとぎこちない笑みを浮かべている私の旦那さんが立っていた。



「早く準備して?式場、ここからけっこう遠いんだから」

「うん、分かったよ。それと……結」

「なに?」

「……その服、似合ってるよ」

「ふうん……それだけ?」

「……可愛いです」

「あははははっ!!」



もう、一緒に住んでからもう5年くらい経つのにまだ恥ずかしがるなんて。本当に変わらないな。



「うん、じゃさっさと着替えて?」

「え?」

「なにぼうっとしてるの?もうすぐ出発だよ?」

「いや………え?出ないの?」

「なんで?」

「……俺、着替えるんだけど?」

「………あのね。私、あなたのお嫁さんだよ?」

「……………」



返す言葉が見つからなかったのか、響也きょうや君は一度ため息をついてから自分のクローゼットからワイシャツを取り出した。

その観念した顔がまた可愛くて、また背中を抱きしめたくなる。

でもそうしたら絶対に我慢が効かなくなってしまうから、今は大人しくしていよう。



「結、僕のネクタイは……」

「はいっ、ここ」



久しぶりに取り出したネクタイを手に持った後、私はわざと体を当てながら両手を旦那さんの首に回した。旦那さんは一瞬体をビクッとしてたけど、次第に目を細めて私を睨んでくる。

私はもうすっかり口元を緩ませてから、本当にゆっくりとネクタイを結び始めた。

これほど近くなると普段よりずっと彼の匂いを感じられる。だからこうしてネクタイを結んであげるのが、私は割と好きだった。

まぁ、作曲家なんだから、あまりネクタイを付ける機会はないんだけどね。



「はい、終わり」

「…ありがとう」

「うん、どういたしまして」

「いや、なんでまた抱き着こうとするの?ほら、もう行くよ?」

「あああ~~意地悪。私のハグがそんなに嫌い?」

「さっきまで急かしてたのはどこの誰だっけ……全く」

「ちょっ……うっ?!」



苦笑を浮かべてから、響也君はとっさに目を閉じて私の唇を奪ってきた。

いきなりのスキンシップにびっくりした私は、そのまま体を強張らせる。その驚いている顔を見て尚更面白くなったのか、響也君はもう一度軽く唇を重ねてきた。



「……………ず~る~い!」

「ええ、でも好きなんでしょ?不安だからっていつもキスしてくるじゃん」

「それは……綺麗で若い歌手さんたちとたくさん会ってるし、むしろ不安になるのが当たり前っていうか」

「僕たちもまだ若い方だと思うけど……分かったよ。家に帰ってからはたくさんくっついていよう?」

「……なんか子ども扱いしてない?」

「こういう時の結って、正に子供っぽくなるんだからね~」

「ちょっと!!」

「あはっ、そろそろ行こう?ここからけっこう遠いんでしょ?式場」

「もう………覚えてなさい」



そんな風に、独り言を呟きながらも。

すっかり緩んでしまった顔をどうにか抑えて、私は旦那さんの手を摑んだ。向かう先は、他の県にある結婚式場。

そう、あの子たちが正式に夫婦として結ばれる、そんなめでたい場所だ。







ゆずりは 叶愛かな



「準備はできたかい?」

「はい……ありがとうございます、叔父おじさん」

「…………そう」



この門の先に、私が願ってきた光景が待っている。

彼が、待っている。

もう一度呼吸を整えてから、私は叔父さんと組んでいる手を見下ろしながら考えた。

本当に、たくさんの出来事があったと思う。

高校を卒業して、同じ大学に進学して、一緒に暮らし始めてから同じ病院に就職して。

たまには喧嘩して結に相談したこともあったけど、それでも私の心はあれからずっと、変わらないままでいる。

そして彼もまた、相変わらずの笑顔を私に向けてくれていた。落ち込んだり悩んだりすることはあっても、不安になることは一度もなかった。

だって、私はもう知っているのだ。

私にはれんしかいないことも、そして連にもまた私しかいないということを、重ねてきた年月と肌が教えてくれたから。



「あ………」



扉の向こうから司会者さんの声と音楽が流れてくる。私はもう一度深呼吸をしてから、叔父さんと共に歩み出した。

扉が開かれた途端に、割れるような拍手の音が会場の中でとどろき始める。

ベールに包まれた顔を少し上げてから、ゆっくり一歩を踏み出した。



「………みんな」



来てくれた人達の顔が映り始める。同じ病院で働いている看護師さんたち、私を医者としてビシバシ鍛えてくれた日葵ひまりさん、小児科医になるきっかけを与えてくださった結月ゆづきさんたちと、いつも親身に接してくれる夏陽なつひさん。

そして、私よりも幸せそうな顔でいっぱい拍手をしている、親友の結。

そんな彼女の隣に立っている五十嵐いがらし君。高校と大学の友達と、愛する人をこの世に送ってくださったれんのご両親まで。

みんな、私たちを祝福してくれている。

口元に暖かいほほ笑みを浮かべて、私たちを祝ってくれている。

そしてその先に見える、私の夫………



「……………」

「……………」



………あなたが全部くれたの。

地獄の奥底で、毎日のように死ぬことを考えて泥沼に浸っていた私を、あなたが救ってくれたの。

この人たちとの絆も、今私が感じているこの幸せも。

馴れ初めはちょっとおかしかったけど、でもそんな強烈な体験があったからあなたとこうして結ばれたのかな……それは、分からないけど。



「………ぷふっ」

「………全く。ほら、手」



この手の温もりを、体の温度を……当たり前のことだと思わずに、ずっと大切にしていくから。

今まで本当に、本当に………

ありがとう。



「これからも末永く、よろしくお願いします」

「うん、俺も」



そしてこれからも、私の傍にいてね?

私の、旦那様。



<了>

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