114話  ありがとう

ゆずりは 叶愛かな



電車で長い時間揺られて、ついに目的地の駅にたどり着いた後。

私は、ぎゅっと握っていたスマホを取り出してメッセージを送った。



『わたし着いたよ。今どこ?』

『駅前のベンチ。中に入ろうか?』

『ううん、私が行くね」



その簡単な返しがとてつもなく嬉しくて、私は大きく息を吐いてから、出入り口に駆け出した。

そして遠くから映る懐かしい姿を見た途端、私はつい大声を上げてしまった。



「あ、れん!」



駅前のベンチに座ってスマホを見下ろしていた連は、すぐさま立ち上がって両手を広げてくれる。

その空いた懐の中に、私は飛び込んだ。



「はあぁ……会いたかったぁ……」

「もう……毎日電話はしてたんだろ?」

「それでも直接会うのとは大違いだもん……連は寂しくなかったと言うつもり?」

「それはないかな……さすがに」



平日の午前中だからか、周りにはそこまで人の姿がなかった。

だからか、連はまるで私を堪能するように喉元に顔を埋めてから、大きく息を吸ってくる。これをされる度にくすぐったくて恥ずかしい気持ちになるけど、今日だけは仕方ないと思った。

だって、3日も会ってなかったんだから。



「ああ………生き返る。ちゃんと叶愛だ……」

「……なにその言葉。ちょっと変態っぽいよ?」



少々呆れた私がそう言い零すと、連はむしろ開き直った表情で体を離してから言ってきた。



「しょうがないだろ、寂しかったのも本当だから。まぁ、そのせいで姉さんにさんざんいじられたけど」

「ぷふっ、そうなんだ。後でお話聞かせてね」

「うん。そういえば、お墓までどれくらいかかるんだっけ?」

「バスでだいたい一時間くらい」

「そっか。じゃ移動しながら話そうか」



そう言いながら、連は自然に私に向けて片手を差し伸べてくれた。それをぎゅっと握りしめて、私たちは一緒に歩き出す。

離れている間にも、私たちは基本的に連絡を取り合っていた。連が暇な時はビデオ通話もしてたし、一昨日の夜は連のお姉さんに通話していることを気付かれて恥ずかしい思いをしたこともある。

だからそこまで寂しいとは思わなかったものの、やっぱり体を通じて伝わるこの温もりは格別だった。普段ならすぐ喫茶店とか、ホテルに向かうはずだけど………

……今日は、行かなきゃいけないとこがあるから。



「……ユリさんのお墓参りに行くの、初めてだっけ?」

「うん……ここに来るのも2年ぶりだね」



そう、ここはユリが眠っている街。私の故郷の街。

そして今日は……家族の、ユリの命日。

複雑な気持ちを深呼吸でしずめてから、私たちは先ず近所の花屋さんに向かった。ユリが好きだった花は分からなかったから、店員さんのおすすめの花束を買って、そのままバス停に行った。

目当てのバスに乗って、連とは特に何も話さずただ手だけを繋いで。

ついに目的地のバス停に降りて、またタクシーに乗って十分ぐらい費やして。

お線香を買って、また少しだけ歩いて、そして………



「……………」

「………ここだね、連」

「………ああ」



杠ユリと彫られているお墓の前で、私たちは足を止めた。

日差しを浴びて光っているようにさえ見えるその墓石に、手を差し伸べてそっと触ってみる。

日差しのおかげなのか墓石は思ってた以上に冷たくはなかった。あの時は、ものすごく冷たかったのに。

あの時、ユリの死体を確認した後、初めてこの石に触れた時は……ものすごく、全身を震わせていたのに。



「…………」

「…掃除されてるんだ」

「うん、叔父おじさんの使用人たちが常に管理しているんだって。すごいでしょ?」

「まぁ、笑えない話だが……」



連はそう答えながら、両手で持っていた花束を私に差し出してくる。

それを受け取ってから、私は墓石にある花立はなたてに丁寧に花を差し込んだ。

あらかじめ持ってきたマッチで線香に火をつけて、香炉こうろに置く。その後、私は手を合わせながらゆっくりと目をつぶった。



「…………………」

「…………………」



………ユリ。

ごめんね、何を言えばいいのか正直分からない。

私は、あなたのことが嫌いだった。

私よりずっと性格もよくて、頭も良くて、親の愛情もすべて独り占めにするあなたのことが………私は、大嫌いだったの。

………あなたさえいなければ、と何度も思ってた。

あの忌まわしき継母ままははと父の間で生まれた子だから。もしあなたがいなかったら、私の母も自殺せず……父もあやまちに気付いて、すべてが丸く収まったはずなのにと、何度もそう思ってたの。

………わたし、本当にいけない姉だよね?

当たり散らかして、あなたと距離を置いたりして、ずっと避けて……

ごめんね、私………こんな女なの。狭量きょうりょうで、脆くて、あなたの真っすぐな好意も全部拒否してしまう………



「………っ………うっ」

「……………」



ごめんなさい。

もっと、もっと私が優しかったら……あなたを純粋に受け止めることができたら、そしたら………少しは、少しは幸せになれたはずなのに。

あなたの好意をすべて丸投げして、無視して、なのにいつも寄り添ってくれて………私も実はそれが、それが嬉しかったのに。

酷い言葉をかけて、首を絞めて、あんな苦しい思いをさせて、ごめんね………

私だけ………生きてて………ごめんなさい………



「……うっ……っ………」

「………………」



………ありがとう。

あなたがいなかったら、その地獄みたいな家にあなたがいてくれなかったら、私はきっと……もっと先に、飛び降りてたかもしれない。

ありがとう。私に寄り添ってくれて。

一緒にゲームしてくれて。大好きだよって、優しい言葉をかけてくれて…………

来年も来るね。

再来年も、その来年も来るね。だから………ありがとう、ユリ。



「………っ………はあ………」

「……………」



そして、必死に泣くのを堪えている私の肩を、連は優しく両手で包んでから……その言葉を、紡いでいった。



「……この人は、俺が責任を持って幸せにしますから」



既に亡くなった私の妹の対しての、誓いを。



「どうか、安らかにお眠りください」



そして連は一度深く息を吐いてから、口角を上げて………私がもっともよく知っているその優しい笑顔で、言った。



「………ありがとう、ございます」

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