113話 大事なこと
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診療時間が終わるまで、俺と結月姉さんは病院の中でゆっくり待つことにした。ついでと言ってはなんだけど、俺は姉さんと共に病院の中をあちこち歩き回っている。
姉さん曰く、この辺りではけっこう有名な小児科病院らしくて、実際にも幼い患者さんたちがけっこう足を運んでいた。
そのせいで
「どう?あの人に会った感想は」
「………こういう言い方は失礼かもしれないけど、なんか………でかかった」
「そうでしょ?」
何とも言えない笑顔をしている姉さんの顔が、妙に脳裏に残った。
そして夕方、ようやく病院の診療時間が終わった後、一誠さんと姉さんは俺を自分たちの家に案内してくれた。二人が同棲している、2LDKの広い家。
家に着くなり、一成さんはさっそく俺を背中を叩きながら言ってくる。
「いや~~嬉しいぞ。例の弟さんに会えて。俺のことは、気安く
「はい……改めて、灰塚連です」
「うむうむ。ていうか立ちっぱなしなのもなんだし、とりあえずそこの椅子に座れよ。お前さんのために色々と買ってきたからな」
「えっ……ありがとうございます」
「ちょっと!!たむろ!!」
まだちょっとぎこちない感じて挨拶を済ませると同時に、キッチンからは姉さんの悲鳴に近い声が
俺たちは顔を見合わせてから、さっそくそちらに向かった。
「なんだ~?」
「あんた買いすぎ!!これ3人で食べきれる量じゃないでしょ!!」
「うははははっ、年頃の男が二人もいるのになにを言ってんだ!!な?連」
「あ………えっと」
なんとか頷こうとしたけれど、冷蔵庫の中にたくさん積まれている惣菜を見るとさすがに戸惑ってしまう。
お刺身から初めて寿司、揚げ物、名前の分からない肉料理……たぶんスーパーで買ったはずの総菜パックが今でも冷蔵庫から零れ落ちそうになっているから、俺は頬をひきつらせるしかなかった。
いや、一晩でこんなに食べられるかよ………!!
「もう………!」
「あははは!!今夜は
「あ……ありがとうございます」
姉さん、確か田室さんのこと変人だと言ってたよね……少しは分かるかも。
とにかく、せっかく買ってきた惣菜を台無しにするわけにもいかなかったので、俺たちは冷蔵庫からパックを取り出してレンジで温めてから、それらを食卓の上に並べて行った。
田室さんはお酒も飲むつもりなのか、ビール缶を三つも取り出して自分の席に置いている。
「それじゃ、いただきます~~!!」
「……いただきます!」
「はぁ…………もう」
三者三葉の反応を見せながら、食事が始まる。
いくら料理がたくさんあったとしても美味しいものは美味しいのだから、俺は問題なくそれらを平らげて行った。姉さんも未だに田室さんを睨みながら何かをぶつぶつ言ってるけど、ちゃんと食べている。
田室さんは、正にその図体に相応しいほどの勢いで肉をたくさん頬張っていた。
「いや、美味しいな~今日は弟さんもいるからかな。よっぽど美味しく感じるわ」
「……もう、仕方ないんだから」
「ははは、どうだ。美味しいか?料理ができなくてすまんな~俺たち二人とも忙しいから」
「いえ、構いません。美味しいです」
……この人が、姉さんが選んだ男。
いつもクールな姉さんが田室さんみたいな人と恋に落ちるなんて……いや、田室さんは確かに性格も良さそうだし、とてもいい人に見えるけど。
不思議だなと感心しながら流し目をしていると、急に田室さんの真剣な口調が飛んできた。
「そうだ。今日連がここに来た理由、確か進路のことだったよな?」
「あ………はい。色々迷ってて」
「まぁ、食事する時に出しちゃいけない話題かも知らねぇけどよ。気安く話してみろ」
姉さんに視線を向けると、すぐに仕方ないと言わんばかりの顔で頷いてくる。それを見て、俺は少しだけ口角を上げてから、また目の前にいる田室さんに目を向けた。
まぁ、父さんとは違って楽な感じだし……いいっか。
「自分って、夢がない……みたいな状態なんですよね」
「ふむ、夢がないっか」
「はい。特にやりたいこともないですし、成し遂げたいこととか、そんなものにも全く興味がなくて……ただ今付き合っている子と幸せになれたらいいな、くらいしか考えてなくて。進路とか大学の学部についても色々悩んでますけど、まだまだ先が見えないんです」
「ふむ………灰塚家って、確か医者家系だったよな?医者になるのは嫌なのか?」
「嫌……ってわけじゃないんですけど。周りからもちょくちょく向いているとは言われてるけど、なんだかピンと来なくて」
「ふうん、そっか」
でも、医者の仕事を俺が心から望んでいるのかと聞かれたら、違う感じがする。
さっき言った通り、俺が必要とする未来は……叶愛と一緒にいる未来。本当にそれだけだから。
俯いていると、田室さんは一度ビールを飲み込んだ後に、こう言ってきた。
「なら、別にそれでいいんじゃねぇか?」
その突飛な発言に、俺も姉さんも驚いた顔で田室さんに視線を向ける。
でも言った張本人である田室さんはぼやぼやした顔で、俺たちを順繰りに見るだけだった。
「えっ、なんだよ。俺何か変なこと言ったか?」
「いえ……そんなわけじゃないんですが」
「……あのね、連は本気で心配してるんだよ?ちゃんと真面目に答えてあげないと」
「いや、さすがの俺でもこういう場面で冗談は言わないぞ。それは結月も知ってるだろ」
「そりゃ……そうだけど」
「俺は、本気でそう思ってるんだ」
田室さんは歯を見せて、その印象にぴったりと合う笑顔をしてから言ってくる。
「今年で受験生だろ?」
「はい……そうです」
「なら一年も残ってるじゃねぇか。それにな、俺はあまり急かす必要もないと思うんだ。自分の行く先を分からない、何をしたいのかも分からない、そんな人は大人の中でもたくさんいるからな。後になって自分のやりたいことを見つけて挑む者たちも、俺の周りにはたくさんいる。だから、もう少し気を長く持ててもいいと思うぞ」
「………そうなんですかね」
「当たり前だ。大学の学部と進路はもちろん大事だが、そんなもので人生のすべてが決まるわけじゃない。そもそもおかしいんじゃねぇか?まだ20年も生きてない奴らに勝手にこれからの進路を決めろだなんて。まあ、仕方ないことだが……とにかく俺はな」
そこで田室さんは一息ついた後、伝えてきた。
「隣に誰がいるのかが、一番大事だと思うんだ。今俺の隣に結月がいて、俺が幸せになってるようにな」
「…………人、ですか」
「そうだぞ。俺も結月に会うまでは、そこまで幸せじゃなかったからな」
「………そこまで!もう恥ずかしくて聞いてらんない!!」
「おいおい、なんでだよ!お前の誉め言葉を言ったんだろうが!!」
「うるさい!!それ以上お酒も禁止!!!」
「………あはっ」
二人がじゃれ合っているのを見てると、なんだか自然と笑いが出てくる。まぁ、具体的な解決策は何一つ出てない気がするけど……
でもそっか、人か………こうして見せつけられると、さすがに納得してしまうんだよな。だってあんなにクールで一見冷たいようにも見えた姉さんが、あんな子供じみた顔で怒っているんだから。
その怒鳴りっぷりは姉さんには珍しい、照れ隠しということも俺はちゃんと知っている。
………人か。
「そうだ、ビール一口飲んでみないか?ちょっとは興味があるだっ………くへぇっ!」
「あんた未成年になに飲ませる気なのよ!!!」
「いや、誰にだって興味はあるだろ!!それにこれから俺の弟になるヤツだぞ!!」
「うるさい!!!!!!!」
まぁ、そんな感じで。
ちょっとだけ緊張していたこの時間も、こんな風に賑やかに流れて行った。
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