112話  変わった病院

灰塚はいづか れん



「なんか新鮮だな~連とこうしてドライブなんて」

「またそんな大げさな……」

「いや、普通に本音だからね?連もこうなるとは思わなかったんでしょ?」

「…………確かに」



確かにそうかもしれない、と思った。

結月ゆづき姉さんが運転している車の助手席に座って、これから義兄になる人のところへ向かっているだなんて。

姉さんの横顔を伺ってみる。もう立派な大人の空気をかもし出しているその顔に、いささか違和感を覚えてしまった。俺の記憶の中の姉さんはもっと初々しかったのに。

みんな変わって行く。変わりたくなくても、時間は無理やり人を立ち上がらせて何かをしろとしつこく促してくる。

進路のことで思い悩むなんて。俺も変わったなと思って苦笑をしてしまった。



「あっ、今なんで笑ったの?」

「ちゃんと前を見ろ……大したことじゃないから」

「ええ~教えてよ。もしかしてドキドキしてる?連にはけっこう久しぶりの旅行だもんね」

「…そうだね。気持ちいいかも」

「ふふっ、そんなところは素直だね」



満足そうに笑ってから、姉さんは一度間をおいてから質問してきた。



「どんな人なの?彼女さん」

「……だからなんでさっきからしつこく聞いてくるんだよ。言わなきゃダメなのか?」

「ダメに決まってるじゃん。弟を骨抜きにした女の子だから、気になるのが当たり前じゃない?」

「もう日葵ひまり姉ちゃんにさんざん聞いたんだろ?」

「あれはあくまでも他人の視線だから。私が聞きたいのは、連があの子のことをどう見てるのかの話よ。二人とも、けっこう真剣に付き合ってるんでしょ?」

「……それはそうだな」



叶愛との関係を真剣に考えているのは確かだった。

それにいつかは叶愛とちゃんと結婚するつもりでいるんだから………いつかは家族にも、ちゃんと紹介しなければならないだろう。

……まぁ、仕方ないっか。

俺は片手で頬杖を突いてから窓の外の眺め始めた。遠くまで澄み渡っている海の水面を見ながら、口を開く。



「……幸せにしたい人かな」

「幸せにしたい人?」

「……うん。あいつ、傷つきやすくて、実際に傷だらけでけっこう辛い思いをして来たから。でも笑っている時とか、幸せそうな顔をしている時とかは本当に素敵だから……守ってあげたいし、幸せにしたいとも思ってる。俺にできる限り」

「へぇ……今の言葉、彼女さんにもちゃんと伝えた?」

「うん?いや……直接的に伝えたことはないけど。でも向うも全部知ってると思う」

「それじゃダメ。しっかり言葉にしてあげなよ。女って生き物はね、大好きな人にそんな一言を貰っただけでも幸せにおぼれてしまうんだから」

「………肝に銘じておく」

「うん、ならよし」



……愛情表現か。

でも俺の考えていることって叶愛も大体知ってるから、そこまで喜ぶとは思わないけどな。

そんなことを思っている最中にも、車は前へと進んで行った。海岸線に沿っている道路を走りながら、段々と都会のビルの代わりに背の高い木と森が見えてくる。市内に入っても、あまり賑やかな空気は感じ取れなかった。

そこからまた20分ほど走った後、姉さんはたむろ小児科と書かれている建物の前のパーキングエリアに車を留めた。



「着いたわよ」

「うん、運転お疲れ様」



車を降りてから真っ先に見えてくるのは、まんべんなく染められたピンク色の壁だった。想像もしてなかった光景に、俺はつい口をあんぐりと開けてしまう。

えっ、ここって確か男の人が運営している病院だよね………?



「えっと、この病院が……」

「……何も言うな。もう……子供たちが喜ぶからと、何度言っても聞き入れないんだから」



姉さんはもう呆れきった顔でため息を突きながら、顎でドアの方を示す。



「ほら、行くわよ?」

「あ、うん………」



さっそく中に入ると、中年の受付さんが活気のある声で挨拶をしてきた。そして姉さんの姿を見てすぐ顔を綻ばせて、再び声をかけてくる。



「いらっしゃい。もう帰って来たのかい?」

「家にいてもやることないですからね。そうだ、あの人は診療中ですか?」

「いや、今なら空いてるわよ」

「ありがとうございます、それじゃ」



俺は慌てながらも軽くお辞儀をしてから、姉さんに付いていった。

そして第一診察室という表札がついてある部屋のドアを開くと、いかにも病院らしくないふわふわな空間が現れた。

壁についてある子供用アニメのキャラクターのステッカーからぬいぐるみ、可愛い動物たちのイラストが描かれているポスターに色鮮やかなベッドとデスクまで。

診療室というよりは、子供用の部屋みたいな空間だった。そしてその真ん中で、あの人がいた。



「ただいま~田室たむろ

「おお!!」



座っていながらも俺よりずっと図体が大きいように見える、アラサーの男。筋肉バリバリという表現がぴったり合う、マッチョみたいな人だった。

あの人は姉さんを見た途端に立ち上がって、母のところへ走っていく子供のように飛びついてきた。



「結月―――!!会いたかったぜ!!」

「ちょっ……重苦しいわよ!!これ離せ!!」

「そんなにツンツンしなくてもいいじゃないか。もう3日も会ってなかったわけだし……って、ああ。君が例の弟か」

「え………?あ、はい」



明らかにたじろいでいる俺を見て、未来の義兄さんは満面の笑みを湛えながら、しかし姉さんをぎゅっと抱き留めたまま言ってきた。



一成いっせい田室だ。よろしくな!」

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