95話  虜

五十嵐いがらし 響也きょうや



「………ううん」



眩しくてつい眉をひそめてしまった。それが太陽の光だということを、僕は目を開けてようやく知ることができた。

……なんだろう、これ。ものすごくいい匂いするけど……それに体中になんかすっごく柔らかい感触がするし、何故か頬に髪の毛が触れてちょっとくすぐったくて………うん?

……………………………うん?



「すぅ……すぅ………」

「………あ、あ……」

「すぅ………ううん……五十嵐君………」



こ、こ、これって…………?!

いや、まさか!いやでも、え?!なんで?何でこんな状況?いや、昨日は確かに………あああ!!!!

そっか、そうだった!朝日向あさひなさんとキスした後に脱力だつりょくして。それで朝日向さんと抱き合ったまま……!

でもこ………これは!!



「あ、あ、あさひ………」

「ううん……ダメ……離れちゃやだぁ……」



うあああああああ!?

急に抱きつかないで!いや、嬉しいけど!嬉しくて涙流してもう幸せで死んじゃいそうだけど!!でもこんなの親御さんに見られたら大変だし、僕も一応男だし…うっ!!

こ………これ、僕の………あそこ。

た……………たっ………?!!



「ううぅ…………」



朝日向さんは未だに僕を抱き枕にして寝息を立てている。まだ夢の中のようだ。

………よし。今のうちに。チャンスは今しかない。でなければ、朝日向さんにこんな見苦しいところを見せつけてしまう…!

なるべく直に触れないように注意して、僕は少しずつ体をずらしていった。朝日向さんが目覚めないように、なるべくゆっくりと体を動かそうとする。でも…!



「くっ……ううっ」



ハ―ドルが高すぎる、こんなの……!目の前に朝日向さんの寝顔がいるからただでさえ集中できないのに、体を動かそうとしても朝日向さんの両足で完全に縛られているし、意識は飛んじゃいそうだし……!

…いや。何を慌てている、五十嵐響也。いっそうこのまま朝日向さんが起きるまで、ずっとこうしていたらいいんじゃないか?いや、いいわけあるか!!

なにこれ……これって天国?地獄?地獄にしては甘すぎるけど。でも朝日向さんにこんな、男としての生理現象は……くっ!!



「………ううん」

「あ……」



もだえているうちに朝日向さんの目がゆっくりと開かれていく。まだ半開きの状態だけれど、意識はある程度覚醒かくせいしたようだった。

そのまま、慌てている僕と朝日向さんの目が合う。

朝日向さんはぼうっとしていたけど、また僕を力いっぱいに抱きしめてきた。



「おはよう~」

「いぎゃっ?!」

「もう、暴れないの。めっ」

「きゃふぅ?!」



もう隙間がないくらいに密着されて、また変な声を上げてしまった。

誰か助けて………ううっ。こんなの無理!!刺激が強すぎるよ……誰か助けてぇぇ!!



「…………ううん?」

「はぁ……ふぅ……ううぅ」



涙目になっている僕を見てようやく意識が完全に戻ったのか、朝日向さんは少しだけ渋面じゅうめんを作って、目の前にいる僕をじいっと見据えた。

それから下の方に目を向けて、徐々に顔を赤くして……



「あ………こ………」

「……お、おはようございます……」

「あっ……こ、これはその」

「は、離してもらえるかな……はははっ」

「…………その、五十嵐君。質問があるんだけど」

「うん?」

「その……私のお腹のあたりに当たっているこれっ…………て」



…………………………………………。



「…………………」

「あ、ごめん!ごめん!」



……………………死のう。死ぬしかない。もう殺して。

お願い、今すぐここから飛び降りたい。死にたい………誰か僕を殺してください………



「そ、そうだね、昨日はその、あんなことがあったから!!うん、し、仕方ないよね!!私も盛り上がってなんかずっと抱きついていたし、そうだよね。五十嵐君も男の子だもんね。あはは……し、知ってるよ?うん、ちゃんと知ってるよ。その、五十嵐君が男の子だってこと………そ、それに生理現象だし!朝になったらその、そうなるのが自然ていうか……」

「…………朝日向さん、お願いだからもうやめて」

「はいっ……」



体は解放されたけど、それ以上の羞恥心が込み上がってきてもう顔を見ることもできなかった。枕にそのまま顔をうずめて、ぶるぶる体を震わせるのがせいぜい。

………くそ。こんな状況なのに、枕に残っている朝日向さんの香りが良すぎて興奮が止まらないなんて……!もうくたばれ、僕。死んでしまえ!!!



「五十嵐君。ごめんて。その……私が悪かったから、ね?」

「……朝日向さんはなにも悪くないよ。僕が、僕がいけないんだ……ううううう」

「……本当に、変な彼氏さん」



ベッドで寝そべっている僕の上でそう言った後、朝日向さんはそのままもう一度背中から僕を抱きしめてうなじに息を吹きかけてくる。僕は思わず体をびくって跳ねてしまったけど、あんまり気にしないようだった。

何がそんなに可笑しいのか、未だに枕に顔をうずめている僕に対して、朝日向さんは嬉しそうな口調で言ってくれた。



「ありがとう、五十嵐君」

「………なにが?」

「昨日はその……つらかったんじゃない?その、色々と」

「………正直に言うと、かなり」

「ぷふっ、だと思った。なんか男の子はそういう場面になると我慢できなくなるんだと聞いてたから。でもその……五十嵐君は、なにもしてこなかったでしょ?だからなんというか、ちゃんと大切にされてるって感じがするっていうか」

「当たり前だよ……そんなの」



後から抱きしめられて良かったと思った。じゃないと、今ものすごく火照っているこの顔を、朝日向さんに見せつけることになってしまうから。



「性欲に流されて、朝日向さんを傷つけたくないから。ずっと大切にするって昨日誓ったし」

「………………」

「根性がないように見えるかもしれないけど、でも……好きな人に嫌な思いをさせたくもないんだ。だから、これは当たり前のことなんだよ。その………ああいう行為は、朝日向さんがもっとも幸せを感じる時にしたいし」



これは、ありのままの本音だった。

不器用な僕がリードしようとしたら関係が上手くいかないかもしれない。そういう不安もあったけど、何よりも朝日向さんの意志を尊重したかった。

性欲に流されて無理に前へ踏み出そうとすると、どこかでかみ合わなくなるかもしれないから。どうせこれも、受け身な男のくだらない言い訳かもしれないけど……

でも、朝日向さんに嫌わるよりはずっとマシだ。



「………こっちに顔向けて」

「え?」

「いいから早く」

「えっ、ちょっ……!」



言葉とは真逆に、僕が向き直るも前に朝日向さんは僕の肩を掴んで、無理やり体を回転させた。

そして次の瞬間、視界がとっさに覆われた。目に見えるのは朝日向さんの髪の毛と瞼、ぐっと閉ざされている瞳、長いまつ毛だけ。

それと、唇で伝わってくる優しい感触。



「う……っ」

「はむ……はぅ……」



朝日向さんは目を閉じたまま、僕の体に乗っかってずっとキスをしていた。昨日の触れ合うだけの優しいヤツではない、ちょっとだけむさぼるようなキスだった。唇をつついて、噛んで、軽く舌も絡ませるキス。

息が詰まってきたのか、唇を離してからも朝日向さんはまた僕に抱きついてくる。そして、そんな状態のまま耳元で囁いた。



「大好き…」

「ううっ…?!」

「大好きだよ……五十嵐君が私の彼氏さんで、本当によかった」



…………この彼女さんは。もう我慢の限界なのに、この彼女さんは……!



「あの……は、離してもらえますか……?」

「ふふん、だ~め。今は離れたくない」

「さっきは精一杯格好つけたけど、さすがにこのままじゃ僕も困るっていうか……!」

「ううん?もしかして五十嵐君はもう昨日の誓いを無下むげにするつもり?そんなはずないよね~~?あんなに格好いいセリフ言ってたのにね?」

「この………」

「ふふふふっ」



正直、今すぐにでも気を失いそうだった。

朝日向さんが薄着姿であるせいで肌も直接触れ合ってるし、耳では息を吹きかけられるし、目の前には綺麗な笑顔がいるのに、あの部分はどんどん勢いを増していくし……!

この………なんていう試練を!



「……正直、五十嵐君なら別に、今でも構わない気もするけどな……」

「えっ?」

「あ、今の聞こえた?聞こえてないよね?ものすっごく小さな声で言ったんだもん。ふふっ」

「この………!」

「ううん?もしかして私襲われちゃうの?でもダメだよね~?私が五十嵐君と初体験をする時は、私がもっとも幸せな時じゃなきゃダメだしね~」



……全部は聞こえなかったけど、でも最後に構わないという言葉が聞こえた気が……

………この、後で絶対に仕返ししてやるから!!



「この……意地悪な彼女さんめ」

「ぷふふっ」



にらみながら放った恨み言のどこがそんなに気に入ったのか、朝日向さんは心底嬉しそうな笑みをこぼした後。

僕の頬を両手で包んでから、伝えてきた。



「知らなかった?五十嵐君の彼女は、こんなに小悪魔で、意地悪で、性格もあまりよくないんだよ?」

「うっ………」

「だから、覚悟してよね?彼氏君」



そして、まるでさっきの言葉を証明するかのように、朝日向さんはまた耳元でこう囁く。



「私が一生、あなたをとりこにするんだから」

「……………………ううっ」



……もう虜になっているんですけど、とも言い出せず。

僕たちはしばらくの間、ベッドの上で抱き合っているのだった。

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