90話  ラブレター

五十嵐いがらし 響也きょうや



夏休みが終わってから一週間くらい経って、そろそろ早起きをするのも慣れてきた頃。

いつものように校門をくぐって下駄箱を開いた時、僕はある異変に気付いた。



「……あれ?」



下駄箱の中の上履きの上に、ある手紙が乗せられていたのだ。

戸惑いながらその手紙を取り出して確認してみる。ピンク色の封筒ふうとうに、少しあどけなさを感じさせる書体で五十嵐響也さんへという筆跡が残っていた。

一気にして、顔に熱が上がってくる。



「えっ………これって……」



ラ……ラブレター……だよね?

慌てふためきながら僕は回りを確認する。大丈夫。まだ誰も見てない……

精一杯息を整えながら、私は上履きをいてその手紙を両手で隠し持ったまま、教室に向かった。

教室に入った途端、僕の後ろ席にあるれんが先に挨拶をしてきた。



「おはよう、響也」

「お……おはよう、連!」

「………どうした?」

「え?」

「いや、なんか焦ってるようだから」

「ベ、べ、別にそんなことないよ!」

「………そっか。ならいいけど」

「う、うん。心配してくれてありがとう!」



あからさまに焦っているように見えたとしても、今だけは勘弁して欲しかった。だってこんなの初めてだから。

自分の席の椅子に腰かけてから、僕は震える手つきでそっとその封筒に触れてみる。シールを剝がして、中身を確かめた。

それから、僕は手紙の内容を辿って行った。




五十嵐響也さんへ

私は、1年C組の鷺森冬華さぎもりとうかといいます。突然のお手紙でごめんなさい。

あなたのことが、ずっとずっと好きでした。

よろしければ今日の放課後、校舎裏に来ていただけませんか?待ってます。




「……………………………」



こ………これは……

間違いない。ラブレターだ。確実にラブレターだ。ぼ、僕宛に届いたラブレター……

えっ、これどうしたらいいの?こんな手紙受けたことないんだけど……でもとりあえず、放課後に行った方がいいのよね?

筆跡だけで見ると、この冬華ちゃんっていう子もすごく手を震わせながら書いてたのが分かるし……緊張しているのが見えるから。



「おはよう、五十嵐君!」

「お……!」



そうやって思いふけている途中、いきなり朝日向あさひなさんの声が横で飛んでくる。

驚いた僕は反射的に身をちぢませて手紙を隠そうとした。おかげで机におでこを派手にぶつけてしまったけど……



「ちょっ……!えっ、どうしたの急に?大丈夫?」

「ううっ……あはは。大丈夫だよ。おはよう、朝日向さん」

「うん、おはよう……」



なんとかして手紙は引き出しの中に入れたけど……大丈夫かな。バレてないよね?

でもそんな希望も虚しく、朝日向さんは少し怪しむような眼差しで僕にいてきた。



「……なんか隠し事してない?」

「え?」

「ほら、なんか反応がすごかったし……何かあったの?」

「えっ、ないよ。全然ない。いつも通りだから」

「……そう?ならよしとして、今日はバイトないんでしょ?だから――」

「あ……!そ、そのことなんだけどね!朝日向さん」

「うん?」



……そうだ。今日はシフトが入ってない日だった。最近の朝日向さんはしょっちゅう僕の家に来て、お母さんが家に帰ってくるまで遊んだりしてるから。だから今日も、いつもと変わらず家に来るつもりのだろう。

でも、さすがに今日はできなかった。適当なウソをつくしかいない。

だって、いきなりラブレターを貰っただなんて……普通に考えて、朝日向さんが喜ぶとは思わないから。



「昨日の夜に、いきなり店長から他のバイトさんの代わりを頼まれて……悪いけど、今日はちょっとムリかも」

「………そう?」

「うん、本当にごめんね」

「いや、謝ることじゃないけど……どうしていきなり?」

「あ……その、今日シフトだったはずのバイトさんが、なんか急に連絡が取れないっぽいから。それで……」

「…………うん、分かった」



納得したのか、朝日向さんは少し寂しそうな顔をしながらも頷いてくれた。

その顔を見て、何故だかむくむくと罪悪感が湧き上がってくる。



「じゃ、家に行くのは明日にしよっか」

「うん……明日は平気だよ」



少し前屈みになったまま、僕はぎこちなく微笑むのだった。








告白の返事は、もちろん決まっている。断ること以外の選択肢は僕になかった。

好きな人がいるから。

どれだけ可愛くても、僕は既に朝日向さんという好きな人がいるのだ。朝日向さんが僕を好きになってくれるまで頑張るって言っていた発言を、台無しにしたくはない。

それにここはきっぱりと断った方が、相手に対しても失礼にならないはずだから。

意を決して、放課後のチャイムが鳴った時、僕は回りに見られてないかこまかく確認しながら、ひっそりと校舎裏に向かった。



「ふぅぅ………」



……ドキドキするな。

僕は冬華ちゃんっていう子の顔も性格も知らない。学年も違うし部活にも入ってないから、1年生たちとの接点はほぼないと言っても過言ではないのだ。向うは僕について色々知っているみたいだけど。

でも、生まれて初めて告白されるのだからか、何故か僕まで緊張してくる。何度深呼吸をしても心臓は楽に落ち着いてくれなかった。

……朝日向さんに告白した時も、こんな感じだっだよな。

あの時の朝日向さんも、僕の告白に少しは……ときめいてくれたのかな。

そういうことを思いながら、校舎裏に通っている扉を開く。そしたら……



「………あ」

「君がその……鷺森冬華さん?」

「あ……はい………」



顔を真っ赤にしたままもじもじしている女の子が見えてきた。

綺麗にたばねたポニーテールに整った顔立ち。活発というよりは、おしとやかという表現がぴったり合うような女の子だった。

そして、僕は何故だかこの子をどこかで会ったような気がしてきた。

しばらく立ち竦んで凝視していると、パッと頭の中で何かがひらめく。



「あ、そうだ。うちの店の……!」

「は……はい。そうです」



そうだ、ウチのレコード屋の常連さん!

前からちょくちょく店に来て洋楽のアルバムを買っていたことを覚えている。仕事上、学生より大人を相手にする方が多いため、この子のことがなんとなく記憶に残っていたのだ。



「覚えていて……くれましたね」

「あ……うん。まぁ」

「……ありがとう、ございます」



それからまた降りかかる沈黙。

僕がもっと器用な人だったらここで一言や二言かけて場の空気をほぐしてあげられるかもしれないが、あいにく僕にそんなセンスはない。

だって、僕も今すごく緊張しているのだから。この子、冬華ちゃんはなおさらなのだろう。

それでも彼女は、私の顔を見上げてから必死に何らかの言葉を紡ごうとした。こんなに切実さが伝わってくる彼女の告白を断らなければいけないなんて、辛い気持ちと同時に罪悪感も湧いてくる。身を切られるような痛みが走る。

でも、仕方ない。僕は………好きな人が、いるから。

そこまで考えた瞬間。



「……好きです」

「…………」

「前からずっと、先輩のことが好きでした」



冬華ちゃんは少し声を震わせながらも、堂々とした面持ちでその言葉を口にしてくれた。

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