89話  かっこいいもん

朝日向あさひな ゆい



夏休みが終わって、私はちょっと物憂げな表情で学校に向かっていた。

夏休みが楽しかった分副作用も大きくて、いざクラスに入っても気分がなかなか晴れない。もともとクラスでは明るく振舞っているものの、私だって別に学校が好きなわけじゃないのだ。

でも、夏休み中になかなか会えなかった友達を見ることだけは、数少ない喜びの一つだった。



「おはよう、美咲みさきちゃん!」

「おはよう~結」



美咲ちゃんは相変わらずさばさばとした様子で手を振ってくる。彼女は制服を少し着崩すしてボーイッシュな雰囲気をただよわせているけど、気配りができて相談にもよく乗ってくれる、私の親友だった。

机のフックにカバンをかけて、私は美咲ちゃんのところへ足を向ける。気のせいか、彼女の肌は少し日焼けしているように見えた。



「はぁ……結は焼けてないのか。本当羨ましいわ」

「えっ、どういうこと?」

「その真っ白い肌のことだよ。ていうか、これ酷すぎない?一緒に海行って、同じ日焼け止めを塗って一緒に遊んだのに私だけ焼けるなんて」

「ああ……気のせいじゃなかったんだ。でもそれは彼氏さんと遊び回ったからなんでしょ?」

「ふ~んだ。ちゃんと肌のケアには気にしてたっつの」



可愛く舌を出してから私を睨んでくる美咲ちゃん。夏休み前とあまりにも変わっていなかったから、ちょっとした安心感まで覚えてしまう。

でも当の美咲ちゃんは私のにこにこしている顔が気に入らないのか、ますます目を細めてきた。



「どうせ結は、五十嵐いがらしと家でイチャイチャしてたんでしょ?」

「ちょっ………!な、なんでそこで五十嵐君?だから何度も言ってるじゃん。違うって!」

「はいはい、分かりました。その言い訳ももう飽きてきたわ。関係は順調?」

「……美咲ちゃん!」

「あははっ、ごめんって。ていうか、二人はまだ来てないんだよな?」

「…うん。たぶん今も寝ぼけてるんじゃないかな、あの二人」



ここで二人というのは、私たちとよく遊んだりする恵茉えまちゃんと千夏ちなつちゃんのことだった。二人とも可愛いくて男の子たちに人気もあるけど、基本的にはちょっと不真面目でよく遅刻したりするのだ。もちろんそんな部分も含めて、私は好きだけど。

……とにかく、今大事なのはそっちじゃない。今ならクラスメイト達もほとんど来てないし……いいよね。



「………あのね、美咲ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うん?どうしたん?」

「その……美咲ちゃんって彼氏さんもいるんだから、一応その……スキンシップのこととか、詳しいんじゃない?」

「え?まぁ……ていうかなんでいきなり?」

「いや、その………ちょっと言いづらい事情があって」

「へぇ……」



美咲ちゃんは今度は面白いと言わんばかりの表情で私を見据えてくる。でも素直に口を割ることはできなかった。

叶愛かなちゃんと灰塚はいづか君が、公共の場で隠れてあんなことをして………終いには家に着いてからしようとか言うだなんて。

こんなの恥ずかしくて言えるはずがないじゃない。こんなの……ううっ。今思い出したらまた顔から火が出そう……



「だから……その……」

「…いや、本当にどうしたん?」



あんなに激しいキスなんてドラマや映画でも見たことなかったのに。それに普段クールですごくフラットな叶愛ちゃんがあんな………あんなスケベだったなんて。

あの二人、間違いなく経験済みだよね……



「ちょっと、結?」

「あ……あ、はい!」

「……大丈夫?」

「あ……うん。大丈夫だよ。全然平気!」

「は……ならいいけど。それで、何を聞きたいわけ?」

「えっとね………」



私が聞きたいのは、スキンシップの進度についてだった。

叶愛ちゃんと灰塚君が付き合いだしたのは今日を含めてもまだ2~3週しか経っていない。だと言うのに、あの子たちはもう初体験を済ませた上にけっこう慣れているようにさえ見えていたのだ。

私はてっきり、付き合ってだいぶ時間が経ってから体の関係を持つものだと思い込んでたから……正直に言うとかなりショックだった。

だから知りたかった。二人が特殊なだけなのか、それとも……それが普通なのか。

もし普通だとしたら、私もいずれは五十嵐君とあんなことをしなきゃだし………心の準備とか、ちゃんとしないといけないわけで………い、いや!!今私なんて思ったの?!え?!



「……結?」

「あ、いや。その……えっと」



お、落ち着こう。深呼吸して……

とにかく意を決して、また話を切り出そうとした正にその瞬間。



「おっはよう~!結、美咲!」

「あ、おはよう、恵茉。久しぶり」

「お……おはよう、恵茉ちゃん」



ちょうど、恵茉ちゃんに挨拶をされて文字通り話の腰が折れてしまった。

ああ………やっぱり学校で訊くのはダメなのかな………



『結』



脱力して机に突っ伏しているその時、美咲ちゃんが耳元で囁いてきた。



『後で電話で話そうな』



そんなことを言って、美咲ちゃんは少し小首を傾げてニコッと笑って見せる。私は彼女の優しさにただ圧倒されながら、口をあんぐりと開けているだけだった。








そして、夜。



『ああ、いいよいいよ~で、なんだっけ。スキンシップ?』

「うん、それ……」



一人ベッドに座ったまま、私は美咲ちゃんに相談をしていた。



『何が知りたいわけ?キス?それともその…………アレ?』

「……ぜ、全部含めてお願いします。その……美咲ちゃんは、付き合ってからどれくらいかかったのか知りたくて」

『ははっ、結がこんなこと聞くなんて。まぁ、いいよ』



それから美咲ちゃんは、すらすらと話を進めて行った。



『まぁ、とりあえず人によると思うけどね。私の場合は……キスは付き合ってから一ヶ月くらいかかって、その……エッチは、それからまた一ヶ月みたいな感じかな』

「じゃ、普通に考えて二ヶ月……?」

『そういうことになるね。まぁ、私と先輩の場合はお互いスキンシップのことをそこまで意識してなかったから。エッチしたのも、なんか場のノリでやった感じだし』

「えっ、ノリ……?それって、どういう?」

『そこまで言うのはさすがの私でも恥ずかしいけど……でも本当にどうしたの?結にしては珍しいじゃん。こんな話題苦手だったんじゃない?』

「それは……そうだけど」



理由もまともに説明せずに口ごもっていると、美咲ちゃんは電話越しでくすりと笑い声を漏らしてきた。



『やっぱ、五十嵐絡みなんじゃない?』

「だ、だから違うって!五十嵐君とは全く……全く別問題だから!」

『ええ~いいじゃん、ちょっとくらい聞かせてくれても。ちなみに私はすごく興味があるからね、五十嵐と結のこと』

「……なんで?」

『あんなにかたくなに男たちを振ってきた結が、親し気に接する唯一の男なわけじゃん?灰塚のヤツもいるけど、あいつはゆずりはとうまくやってるっぽいし』



正にその二人がこの疑問のトリガーなんだけどね……でも二人のプライバシーもあるから、言わないでおこう……



『それにそもそも全く興味がなかったら、こんなことわざわざ聞く理由もないじゃん』

「……それはそうだけど」

『あれ~?否定はしないんだ』

「言っておくけど、本当に五十嵐君と付き合い始めたとか、そんなことじゃないからね。ちょっとその……友達の話を聞いて、びっくりしただけだから」

『本当かな~まぁ、そういうことにしといてあげる。ていうか、もう一つだけ聞きたいことあるけどね』

「うん?」

『あのさ、なんで五十嵐なの?』



今までとは違う真剣な口調に、自然と自分の目が見開かれるのが分かった。頭が一瞬フリーズして、即座に答えが喉から出て来ない。

沈黙を保つ余裕もなく、美咲ちゃんは絶え間なく訊いてくる。



『あ、これは別に五十嵐のことをけなしたいわけじゃないんだからね?でも正直、見ていて不思議だなと思うんだよ。ほら、結に告白した男子たちの中で、五十嵐よりもっとかっこよくてモテモテな人もたくさんいたじゃん?でもそんな男たちをほったらかしにして、五十嵐と仲良くする理由が分からなくて』

「…と、友達だからだよ、当たり前じゃない」

『本当にそれだけ~?五十嵐といる時の結を見てると、それだけではない気がするけどな~それにぶっちゃけ、五十嵐はあまり目立たないじゃん。存在感薄いし』

「…………かっこいいもん」

『え?』



ちょっとムスッとしてしまって、私はあえて声に力を乗せながら言い放った。



「五十嵐君だってちゃんと格好いいよ。他の男たちに負けないくらいに」

『………………………』

「確かに他の人に比べて目立たないかもしれないけど、五十嵐君は私が見てきた男の中で一番優しくて頼れる人なの。だから五十嵐君をそんな風に言うのはもう……」

『ぷふっ』

「…………………うぐっ」



つい本音を口走ったことを気付くと同時に、美咲ちゃんはいきなり大声で笑い始めた。



『ぷははははは!!!そっか!!ああ、そうなんだ……そっか。一番優しくて頼れる男なのか~~』

「ちょっ…!ち、違う!さっきのは、その……!」

『えっ、本当に違うの?』

「………………………………………うう」

『あははははははっ!!』

「美咲ちゃん!!!!」



あ………もうムリ!!死にたい……今すぐ穴にでも潜りたい……

私なんで、なんであんなにイラっとして……!!こんなはずじゃなかったのに……



『いや、なんかごめん。機嫌悪くしたみたいで。でも詮索せんさくするつもりはなかったからな~?これは結が勝手に言い出したことだからな?』

「………美咲ちゃん!!」

『はい、はい。ごちそうさま。いや、今日はいいことを聞けたな~~後でなんか手伝えることあったら、相談に乗るからね』

「ううっ………うううう……」



なんと答えればいいのか分からず、私はただ悶々としているだけで。

そして美咲ちゃんはすごく微笑ましさが滲んでいる声で、また話しかけてくれるのだった。

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