88話  盗み見

五十嵐いがらし 響也きょうや



一通り朝日向さんに泳ぎ方を教えた後、僕たちはウォータースライダーに乗ったりまったりプールで泳いだりして時間を過ごしていた。

友達と遊んだ経験が少ない僕にとっては、涙が出るほどの嬉しい瞬間の連続だった。



「ぷふっ、五十嵐君の髪濡れ濡れ」

「そりゃプールに入ってるし…朝日向あさひなさんも人のことは言えないよ?」

「そうかな~そういえば五十嵐君の髪、だいぶ伸びてきたね」

「まぁ、最近美容室行ってないからね」

「じゃ、今度一緒に行こうよ!ほら、前に行ってたところ」

「……ほ、本当にいいの?」

「うん?」



朝日向さんはプールで立ったまま小首を傾げてくる。そっか、僕と一緒に行動することにもうなんの違和感を感じないんだ……こんなにすらすらと話を進めるなんて、本当に敵わないんだよな。

でも朝日向さんと一緒にいる時間が増えるのは、素直に嬉しい。



「ありがとう。じゃ、夏休みが終わる前に一緒に行こう」

「うん!」



ぱっと破顔して、朝日向さんはまた僕に水をかけてきた。熱が込み上がってくる顔を隠すために、僕はわざと水をかけられながら一度だけプールの水に顔をつける。

冷たくて、心地いい。

それからまた顔を上げると、朝日向さんはまだ口元に笑みを浮かべたまま僕に言ってきた。



「じゃ、そろそろ叶愛かなちゃんたちと合流しよっか。さすがに滑るのもそろそろ終わったんじゃない?」

「そうだね…けっこう時間経ったし」



答えながら、僕はついさっきまでゆずりはさんとしてた会話を思い返す。

二人はもう一度ウォータースライダーを滑りたいと言ってどっかに行ってしまった。でもずいぶん遅いんじゃないかな、この二人。もう20分以上も経ってるよね……?

付き合い出したばっかなんだし、二人だけの時間を欲しがるのも仕方ないと思う。でもこれほど遅くなるのは……もしかして。



「ほら、五十嵐君。探しに行こう?」

「うん、そうだね」



あんなこととか、こんなこととか………してたりして?

……い、いやいやいや!そんなはずがない!れんと杠さんがこんな公共の場でそんな………有り得ないよね。うん、有り得ない。あの二人がこんな場所でスキンシップなんて。

うん、これはさすがに僕の誇大妄想こだいもうそうだよね。



「えっ、もう14時過ぎた。おかしいな……私たちが乗った時は列、そんなに長くなかったのに」

「……そ、そうだよね」



うろうろ言い返して、僕は朝日向さんとプールサイドに出てさっき乗ったスライダーの方に足を向けた。遠くから眺めても、二人の姿は見当たらない。

それに待機列は確かにあるものの、朝日向さんの言う通りそんなに列が長いようには見えなかった。



「いないよね?叶愛ちゃんの髪の毛ならかなり目立つのに」

「そうだね……全然見えない」

「どうしたのかな……あっ」

「うん?どうしたの?」

「…………あ、ううん。なんでもないよ?うん、なんでもない」



……いや、絶対に何かありそうな顔してるじゃん。顔、なんか徐々に赤くなっていくし。

でも、もし朝日向さんが僕と同じ考えに至ったとしたら……二人はきっと、この屋内にはいないはず。



「あの、朝日向さん。一つ提案があるけど」

「うん?なに?」

「外の方を探してみるのは…どうかな」

「………外?」

「うん、外」



どんな想像をしているのか、朝日向さんは目をあちこちに転がせながらそわそわし始めた。

……たぶん、僕の言葉の意図を的確に察したのだろう。

ここの屋内プールはかなり広いけど、特にこれといった壁や障害物があるわけじゃないから遠くまで割とはっきり見渡すことができる。つまり、人が隠れられる場所はほとんどいないということだった。

なのに、二人の姿は全然見えない。

その上、ここは外に出入りすることができる扉があるから、もしかしたらと思ったのだ。それに外は、屋内よりは隠れられる場所があるはずで……



「……うん。行ってみよう」



僕は肯いて、朝日向さんと一緒にプールから上がって外へ通っている扉を開く。

そこから前へ少し歩いてみたら……いきなり、遠くから聞き慣れた声が耳を打ってくるのが分かった。



「ちょっ……叶愛…!ダメだって」

「連はウソつき……」



……………………えっ、これって。

これって…………ええええっ?!



『…………………い、五十嵐君。これって……』

『…………ちょ、ちょっとだけ近づいてみよう』

『う、うん……』



小声を漏らしながら、僕たちは声が出る方にそろそろと足をしのばせた。そしてある壁際に立ち止まって、こっそりと様子を見ると………すぐに、状況を把握することができた。

前にある大きな建物のせいか、辺りには全部影が差している。そうやってできた、まるで路地裏みたいな狭い道で………

二人の男女が、抱き合いながら激しくキスを交わしていた。



「ううっ!?」

「うっ……ぷはぁ……はぁ……」

「はぁ………はぁ」

「………連のウソつき」



………な、なにこの息遣い?なんなのこれ?!僕たち、今何を聞かされてるの?!?!



「絶対に目移りしないって言ってたくせに」

「そんなの当たり前だろ……叶愛しか見てないよ」

「…綺麗な人たくさんいたよね。その上、みんなけっこう露出度の高い水着を着てたんでしょ?連はその人たちに一度でも視線を向けてないって言い切れるの?」

「……………………それは」

「はい、アウト。はむっ……」

「ちょっ……ううっ?!」



……間近で聞こえる生々しい声。

これは、確実に連と杠さんだ。間違いない。でも………

こ………ここまで進んでたの?えっ、2人ってまだ付き合ったばっかなんでしょ?!ええええええ?!



「ぷはぁ………はぁ………叶愛」

「………連はバカ」

「本当に仕方ないな……確かに他の女子につい目が行ってしまったことは認めるけど。でも付き合いたいと思う人は、叶愛だけだよ。何度も言ってるでしょ?俺は浮気なんかしないって」

「……うん」

「全く、午後からなんか視線が変だなって思ってたら、こんなことだったか。はぁ……」

「……ごめんなさい」

「ううん、いいよ。なんかすごく叶愛っぽいし」

「それどういう意味?」

「独占欲が強いということは、前々から知ってたからね」

「……そうです。私はずっと連をひとり占めにしたいんです」

「もう十分独り占めされてるのにな……本当しょうがない」



………バカップル過ぎるじゃんか!!!

こんなのウソ!あの二人が?普段あんなにフラットなあの二人がここまで?!

なんで?!いや、それより何を聞かされてるの、僕たちは!?!



「…じゃ、早くその愛を証明して。今すぐ」

「言っておくけど、ここではキスだけだよ?」

「うん、我慢するから。ほら、早く舌出して。ぎゅってして……」

「もう……うむっ」

『は………はわ……はわわ……』

『う………わっ……ち、ちょっ、朝日向さん?!』

『あう………うっ』



思わなかった。

まさか、二人がここまで濃密のうみつなキスを交わせるような関係だったなんて。いや、もちろん付き合っているわけだしなんの問題はないけど?むしろ当たり前だと思うけど?!でもこれはおかしいじゃん!

もう慣れ切ったように自然に舌を絡ませて、唇を舐めとって、お互いぎゅっと抱きしめて、離れたと思いきやまたくっついて………!

こ、こんなの………付き合い建てのカップルのキスじゃない!!!!



『あ………わ………ううっ……』

『あ……朝日向さん?!落ち着いて?落ち着いて?朝日向さん!』

『は………はううっ……』



……ダメだ。もう顔が真っ赤になって何も耳に入っていない。二人がキスしているところしか見えなくなってる……!



「ぷはぁ……はぁ………」

「……連」

「ちょっ、叶愛…!ここじゃダメ。家に着いてから」

「…連の意地悪」

「ダメだって。ここじゃ誰かに見られるかもしれないし。叶愛のこんなところは………その………誰にも見せたくないし」

「…ふふっ」

「…なんで笑うのかな、この彼女さんは」

「ぷふっ、ううん。分かった。じゃ我慢する。あ……そうだ!結たちと合流しなきゃ」

「えっ……あ、そうだった………ああ、もう。叶愛がいきなり襲ってくるから!」

「それを言うならそもそも、連が他の女の子に目移りするからでしょ!」



ま、不味い。早く移動しなきゃ……もしバレたらこの先まともに顔を合わせる自信がない!!



『ほら。朝日向さん、行こう………って、朝日向さん?!』

『は………はぁ………はわぁ………』

『朝日向さん?!?!』



ダメだ。目が完全に回ってる!くっ、こうなったら無理やりに引っ張るしか……!

……な、中。とりあえずプールに入ろう。早く!!



「……うん?連。なんか今足音聞こえなかった?」

「うん?いや、何も聞こえなかったけど。どうしたの?」

「……ううん、なんでもない。そうよね。わざわざ外に出てくる人はいないだろうし」



遠くから聞こえてくる声を無視して、僕は朝日向さんの腕をほぼ引っ張りこむみたいにして扉を通じて、屋内に入ってきた。

それと同時に、僕たちはプールの中にダイビングした。



「ぷ………ぷはぁぁ!!はあああ……」

「…………は、はあぁ……ふうぅ」

「あ……朝日向さん。その、大丈夫………?」

「うん………?」



ついに我に返ったのか、朝日向さんはパッと目を見開いて両手を振って見せた。



「あ…………がっ」

「……朝日向さん?」

「だ、だ、大丈夫だよ?!全然!全然大丈夫だから!うん、わ………わたし、何も見てないから!うん、キスなんて私全然知らないもん!!舌が絡み合うのも、唇噛むのも、なんかべとべとな感じなのも……えっと………」

「………朝日向さん」

「うっ………ぐぅぅ……」



ダメだ。二人に見つかる前にここから離れよう……

そう思いながら、僕はまた朝日向さんの腕首を優しく握るのだった。

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