84話 いくら言っても
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予想通り、ものすごく怒られた。
母さんと
でも、後悔はしてない。
俺はやっぱり、叶愛のことが一番大事だから。だからいくら
「行ってきます」
「行ってらっしゃい~」
今回のことで父には完全に信頼を失われたけど、それでも母さんや日葵姉ちゃんは相変わらず俺を信じてくれていた。
事の
「おはよう、連!」
「ああ、おはよう」
そして、
そう。授業が終わって帰り道につく頃に、こんなとんでもない爆弾を投げてくるくらいには。
「あのさ、連。今週の週末に海行かない?」
「は?なんでいきなり?」
「いや、そもそもなんでそんな反応するの?別に普通でしょ?夏休みには海とかプールとか行ったりするじゃない。あ、私はなるべく連と二人で行きたいかも?」
「………あのな、芹菜」
「あははははっ!面白い反応。でもそんなに渋い顔しなくてもいいじゃん~」
「……いや、俺殺されるかもしれないぞ?」
「……えっ、そうなの?」
誰にやられるのかもまだ言っていないのに、芹菜は素早く言葉の意味を汲んで目を丸くする。俺は何も答えずに、ただ苦笑だけをした。
廊下にできた人波を抜けて建物の外に出る。相変わらずすごい日差しだった。
「とにかく、さっきの言葉は聞かなかったことにするから。じゃ、また明日な」
「え~~酷い。幼馴染なんだからちょっとくらいは構ってくれてもいいじゃん~~」
「そんなこと言われても………うっ」
続きを言おうとした瞬間、後ろからとんでもない視線を感じて体を震わせる。
これ、まさか…………
「………あの、連」
「………なに?」
「これは………その」
「……………」
ぶるぶる震えながら後ろに振り向くと、そこには鬼の形相をした叶愛が立っていた。
唇を引き結んで、死んだ目をして、もう冬なのかと勘違いしちゃうほど冷酷な顔つきでこちらを見ている、俺の彼女。
順繰りに俺たちの顔を見た後に、叶愛はにまっとほほ笑みながら芹菜に近づく。
………いや、こいつ目が笑ってないぞ。
「こんにちは、
「………は、ははは。こんにちは……
へぇ……すごいな。あの芹菜がこんなに怯えるなんて。
「……えっと、もしかして全部聞いてた?」
「うん?何を?」
「ほら、その……廊下で。海に行かないかって……」
「もちろん全部聞いてたよ?当たり前じゃない」
…………………………え?
……いやいやいや!俺、確かに断ったよな?迷いもせずにすぐに断って――
「いくら連に近づこうとしても、連は私のものよ」
「……へ、へぇぇ~少しはやるようになったじゃん。この前に話した時は子供のように縮まっていたくせに」
「はっ………でもね、連の彼女は私でしょ?違う?」
「…………うぐっ」
………うわ、ヤバっ。
「……まぁ、どうせ最後に勝つのは私なんだから。今日はここまでしておくわ」
「ふん、誰が渡すもんか」
「本当厄介ね……!はぁ、それじゃぁね、連。杠さんも!」
「ふん……さようなら」
幸い、芹菜が
でも安堵の息を吐く俺とは真逆に、叶愛は口を尖らせてから俺を睨んでいる。
……仕方ないな、これは。
「いや、行かないからね?」
「…本当?」
「そんなの当たり前じゃん」
……こんな姿さえも可愛く見えるんだよね、全く。
俺はまた苦笑を零して、叶愛の手を優しく握る。
「………連のバカ」
叶愛は可愛らしい声を漏らして、俺の手を握り返してくれる。
そのまま俺たちは、叶愛が住んでいるマンションに足を向けた。
「ていうか、叶愛も全部聞いてたじゃん。俺ずっと断ってたのに、なんでそんなに怒ってたの?」
「……七瀬さんと一緒にいるのが気になるから」
「俺、浮気なんかしないよ?叶愛も知ってるでしょ?」
「知ってる。でも相手が相手だし。頭では分かっていても、心で納得できないことだってあるの」
「………やっぱり、嫉妬しちゃうのかな」
「するよ。めちゃくちゃする。当たり前じゃん。あの人、未だに連に近づこうとするし」
「それはそうだな………」
夏祭りの日に、俺は確かに芹菜の気持ちを断っていた。そしてそのまま叶愛に駆けつけて、恋人になった。
普通ならここで関係もお終いになるはずだが、やはりというべきか芹菜は違っていた。あいつは以前よりも俺に対する好意を隠さず、距離を縮めようとしている。
そして当たり前のように叶愛といがみ合うようになったわけだが………心配してたよりは二人の折り合いが悪くなかったので、とりあえずそっとしておくことにしたのだった。
これは芹菜のせいなのか、それとも俺が優柔不断なせいなのか……それは分からないけど、とにかく叶愛がものすごく心配しているということだけは分かる。
だからいつも、叶愛は埋め合わせを求めてくるのだ。
「あ、ちょっ……!今日は家に帰らなきゃだから」
「やだ。帰さない」
「……そうなったら、俺週末に来なくなっちゃうけど。それでもいいの?」
家の玄関に着いた矢先、咄嗟に抱きついてくる叶愛に慌てながらも、俺は彼女の頭を撫でながら言う。
「……それじゃ、キスして。あと30分くらいキスしてくれたら、許すから」
「それ、絶対にキスじゃ終わらないヤツ…もう、10分だけだからね?」
10分、とか言ってたけどどうせ気が向くままにしてしまうだろう。叶愛とキスをしてると、唇の感覚以外には何もかも消えてしまうから。
でも俺は首を傾げて、彼女の唇を優しく奪う。
叶愛もまた嬉しそうに俺の首に両腕を回して、背伸びをして口付けてくれる。
激しくならないよう密かに注意しながら、俺たちはしばらく玄関でお互いの愛情を確かめた。
「………ぷはっ!はぁ……はぁ………もうダメ」
「………やだ」
「ちょっ、叶愛……!ダメだって、これ以上は」
「やだ……連の意地悪」
さすがに理性を保つのも限界だったので唇を離したものの、叶愛は頬を膨らませながらまた俺に抱きついてきた。正直に言って、このまま抱っこしてベッドまで行きたいけど……
……でも、我慢だ。
我慢しよう……週末になったらいっぱいやれるから………我慢………
「……そういえば連はね、私の水着見たいって……思ったりする?」
「うん?」
いきなりの質問に目を丸くしたけど、俺はすぐにほほ笑みながら叶愛を抱き返した。
「そうだね……見たいかも。叶愛の水着姿なんて見たことないから」
「……裸はいつも見てるくせにね」
「………叶愛。あんまりいやらしいことばっかり言うと怒るからね?」
「ふふふっ、うん。そうだね……連が見たいって言うなら、ちょぅとだけは頑張ってみようかな」
「…プールにでも行く?」
「うん、行く。私、連と一緒ならどこでもいいの」
「………全く」
なんでこんないじらしいことばかり言うのかな、この彼女さんは。
耐え切れなくて腕に力を込めると、叶愛もまた嬉しそうな声を漏らしてより強く抱きしめてくれる。これじゃ、当分は離れそうにない。
「連」
「うん?」
「大好きだよ」
「………ああ、もう」
付き合ってから一週間。
その間、この大好きという言葉をいくらもらったのだろう。きっと数えられないはずだ。
だけど、そこがよかった。
ずっと沈んでいた人生で、初めて感じる強い愛なのだ。少し溢れるくらいがちょうどいいかもしれない。
大好きという言葉があれば、きっといつまでも支え合えるから。
だから、俺もまたその言葉を口にする。
もう何度言ったのか、自分でも分からないけど。
「俺も、大好きだよ。叶愛」
でもいくら言葉にしても、まだまだ足りない気がした。
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