72話 芹菜の目的
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予備校での授業が終わった後、俺と
俺はエスプレッソ、芹菜はキャラメルフラペチーノをそれぞれ注文してから窓際の席に腰かける。
「改めて、久しぶりだね。連」
「…そうだな」
可愛く笑って見せる芹菜は、相変わらず活気に溢れていた。
芹菜はそんなヤツだった。特有の明るさとリーダーシップでいつも俺の手を引っ張って、あちこちに連れて行ってくれたのだ。
彼氏彼女という関係は長くは続かなかったけど、俺は基本的にこの幼馴染のことが、一人の人間として好きだった。
「元気にしてた~?」
「おかげさまで。芹菜は?中学卒業して他のところに引っ越したんだろ?」
「あ、覚えててくれたんだ。へぇ、わたしちょっと感動しちゃったかも」
「…なんでだよ。そもそも引っ越す前にも一度会ったんだろ?俺、そんな薄情なヤツに見えるか?」
「うん、見えるよ?だって本当のことじゃない。高校に入ってからはメールもろくにくれないし」
「…連絡がなかったのは、そっちも同じなんじゃ?」
「自分が振った相手にメールなんかできるか!!わたし、そこまで図々しくはないから」
「へぇ……お前のことだから、そんなこと全く気にしないと思ってた」
頬杖を突きながら投げた言葉が刺さったのか、芹菜はムッと頬を膨らませて俺を睨んできた。
「この……これだから私にフラれたのよ」
「振った相手にメールはしなくても、こんなことは言えるんだな」
「ムカつく………やっぱ連のこと嫌い。別れて正解だった。わ~いわ~い」
「あははっ、ごめんて。それで?ちゃんと元気にしてた?」
機嫌を直してくれたのか、芹菜は肯きながら体を前へ乗り出してくる。
お互いの距離が近くなって、すぐ目の前で芹菜の整った顔が見えてきた。
「近くで見たらどう?わたし、元気に見える?」
「……2年前と同じだな。それと強いて言うなら、髪型がちょっと変わった気がする」
「あっ、気付いてくれたんだ。まぁ、昔よりはだいぶ伸びたもんね。手入れするの大変だよ、もう」
「あえて伸ばした理由とかあるの?」
「うん、男受けする髪型だって友達に聞いたから」
「……お前の学校、女子校じゃなかったっけ?あの名高いお嬢様学校」
「そんな皮肉めいたこと言わないで欲しいな~まぁ、確かに見せる男はいないけど。でも昔の自分から脱皮したかったというか……特に理由はないんだ。ただ見ていて綺麗だから、切らなかっただけ」
「えっ、彼氏いないの?」
「いないよ?当たり前じゃん」
………いや、当たり前なの?
芹菜ほどの性格のよさと可愛いさなら、男が放っておくわけがないのに。それに女子校だと言っても、芹菜は基本的に性別問わず人間関係が広いのだ。
だからてっきり、付き合っているとばかり思っていたのに。
「へぇ……そっか。付き合わない理由とかあるの?」
「単にピンとくる男がいなかっただけ。そういう連は?今彼女いる?」
「俺は…………」
いない、と言いかけたところで、その言葉を飲み込んだ。
真っ先に杠の存在が頭の中に浮かんでくる。俺は杠と恋人ではないが、友達でもない。単なるセフレでもない。
彼女は俺にとって、特別な存在だった。
そんな彼女との関係を定義するのは難しい。他人にどう説明したらいいのか、つい迷ってしまう。
でも答えをしなければいけなかったので、俺は絞り出すようにして口を開いた。
「………いないな」
「……今すっごい間があったけど。もしかして好きな人とかいるの?あの連が?」
「最後のは余計だぞ。好きな人……かは、分からないけど」
結局、俺はまた
「…そこそこ大切なヤツはいるかも。ちょっと危ういヤツだけど」
「…………へぇ、そっか」
「なんで顔しかめてるんだよ」
「私は知ってるからね。連の、その大切な人の枠に入るのがどれほど難しいのかを、ちゃんと知ってるから」
「………」
そうかもしれない、と思った。俺の世界はいつも小さいから。
今の俺の目の前には、杠を含めたほんの数人しか映っていない。そして大きな事件が起こらない以上、その視界はこれからも変わらないのだろう。俺はそういう人間だから。
なら、芹菜はどうなのか。
自分自身が投げたその質問に対して、俺はまだ答えを出せなかった。
「先ず確かめておくけど、女だよね?」
「…そうだけど」
「へぇ………まぁ、分かった。私が頑張れば問題ないだろうし」
「は?」
「さておいて、あと質問が二つ残っています。ケーキを
「まぁ、内容によるけど?それに別に驕らなくたっていいよ。割り勘にしても」
「こっちが質問する側なんだから、少しくらいは驕らせてよ。2年間も会っていなかった幼馴染のために使うお金だから」
「……じゃ、お言葉に甘えて」
「何食べたい?一緒に決めよう?」
「あっ、ちょっ……」
腕を引っ張られて俺はほぼ強引に立ち上がらせる。でも芹菜の
苦笑したまま、俺たちはケーキやサンドイッチが並んであるショーケースの前へ向かう。前に立って俺を
「このパンケーキ美味しそうじゃない?どう?」
「うん、確かにそうかも」
「………じゃ、これは?このチーズケーキ」
「これも中々美味そう……ってなんでまたそんな顔なんだよ」
「はぁ……本当、こんなところだけは変わってないよね」
どれだけ時間が経っても、記憶の中のページはまだ変わらないままだった。
結局パンケーキを注文した後、俺たちは再び席に戻る。
芹菜は目を細めて少し不満げだったけど、仕方ないと言わんばかりにため息をついてから、また俺を見つめ直してくれた。
「さてと、質問する権利を行使します。いいよね?」
「いいけど、何がそんなに知りたいんだよ」
「連の志望校」
一瞬、コーヒーカップを持っていた俺の手がぴくりと止まった。
顔を上げると、芹菜はさっきの
その表情を見て、俺は持っていたカップを置いて言う。
「つまり、大学?」
「それ以外あるはずないじゃん。私たちもう高校2年生だよ?」
「ぶっちゃけ言うと、まだ決めていないな」
「……じゃ、将来は?」
将来、というのはたぶん未来の職業の事なのだろう。
別にケーキなんて驕らなくても普通に答えてたのにと苦笑しながらも、俺はさらっと答えた。
「それも、まだ決めていない」
「…………」
「そんなに驚くことなの?」
「……だって」
数秒経ってようやく平常を取り戻した芹菜は、少しだけ小首をかしげながら言った。
「医者にならない連なんて、想像したこともなかったから」
「…そう見えるかな。医者なんて、俺にはあまり向いていないと思うけど」
「ううん。向いてるよ、絶対に」
きっぱりと断言した芹菜は、首を振って言い続けた。
「連はちゃんと暖かいじゃない。昔から父さんにすごく言われたんだもん。頭と性格は冷静であっても、心臓はちゃんと熱くなければならないと。いい医者とはそんなものだと、もう耳に
「へぇ……おじさんってそんなこと言う人なんだ」
「ああ見えてすごく熱い人だから。まぁ、とにかく連は向いてると思うよ。たぶん私なんかよりもずっと向いてる」
「………は?」
芹菜が最後にこぼした言葉を聞いて、俺は目を丸くせざるを得なかった。
「私よりって、お前……」
「うん。私は医学部志望。ここの国立大学に進学するつもりなの」
「……………」
昔の芹菜を知っている俺にとっては、かなりショックな言葉だった。
だって、芹菜はずっと親に歯向かっていたのだ。俺たちがまだ付き合っていた中2の頃、芹菜は俺と会うたびに医者家系である家に対しての愚痴をこぼして、医者には絶対にならないと言っていたから。
そんな彼女が医者を夢見るなんて、俺も彼女と同じく想像しがたいことだった。
「驚いた?」
「………それは、まぁ」
「ふふっ、そんな反応されると思ってた。じゃぁ、私がなぜこの予備校に通い始めたのかも、だいたい察しがついたんでしょ?」
「は?」
眉をひそめた俺に向かって、芹菜は悪びれもせずに言い加えてきた。
まるで、呪いみたいな言葉を。
「私と一緒に医者になろうよ、連」
まるで他の選択肢を塞ぐような力強い口調に対して、俺はしばらく何とも言えなかった。
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