70話 幸せにするための覚悟
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ぼんやりと予備校の看板を見上げてから、俺は建物の中に入った。
「………ふぅ」
夏期講習のために指定されたクラスを探しながら、俺は考えを巡らせる。
………これってもう、付き合っているもんじゃないか?
そんな勘違いをしてしまうほど、
『えっ……ちょっ、ゆずりは?』
『…………はい、づか』
『…………』
あんな風にお互いを見つめ合って、あんな風に激しくキスしたのは、初めてだった。
もう何度も杠とキスをしてきたというのに、一昨日のアレは格が違っていた。
唇が触れ合ってない時間より、触れ合っている時間の方が長かったような気がする。体を密着させて呼吸がほぼできないくらいに、頭の中がぼやけて意識が飛んでいく直前まで……俺たちは、お互い唇を重ねていたから。
「…………うっ」
思い出したらまた変な気分になりそうで、深呼吸をして息を整える。
でも、どうしても忘れられなかった。
理性の欠片もない顔をして自分を求めてくる杠の姿なんて、忘れるはずがないじゃないか。しかも、あんなに綺麗な子が。
「…………」
どこにでも杠がいる。
俺の頭の中にも、家の中にも、心の中にも杠が居座っている。
呪いをかけられたんじゃないかと思うくらい、俺は彼女に溺れている。
「ふぅぅ……」
好き、か………
杠と一緒にいる時間は楽しい。セックスをする時だって気持ちいい。
振り返ってみれば杠といた時間の中で、不快な思いをしたことはほとんどなかったような気がする。
杠はいつも自分を卑下して性悪女だと言うけど、彼女は少なくとも俺に対しては何もかも尊重してくれるのだ。人生を壊してやると、あんな自信満々に言ってたくせに。
………だったら、もう付き合えばいいんじゃないか?
「………ここか」
講義室に入って、俺は隅っこにある席に腰かけて頬杖をつく。
さっさと付き合えばいいんじゃないか、という考えが頭の中を駆け巡る。両目をつぶって、俺は自分自身に返事をした。
付き合うこと自体は、割と簡単だと思った。いや、俺はもうほとんど確信までしていた。
俺はもう知っているのだ。杠は、俺のことが好きだということを、この身で感じたから。
あんな視線を浴びせられたら、さすがにその気持ちを疑うことなんてできない。
前から薄々と気付いていた好意は、一昨日のお出かけでもっと確かな形になって俺に降りかかってきた。その形を抱き寄せば、俺たちはたぶん簡単に恋人になれるはずだ。
でも、俺は未だに迷っていた。
「……………」
まだ覚悟ができていないから。
性欲、責任感、罪悪感、申し訳なさ、心地よさ、嬉しさ、感謝。ありとあらゆるものが混ざってはいたけど、確かな形にはならなかった。
その図形は、まだ宙にういている。
「………あの」
杠は傷だらけで、今も辛い過去にうなされている女の子だ。
そんな彼女と付き合うためには………なんというか、自分の中での確かな確信と責任感がなければいけない気がした。
そう、俺には杠を幸せにするための覚悟が必要だった。
でもそんな覚悟が自分の中にあるのかは、分からない。容易く肯くことができない。
「連?」
………もうしばらくの間だけ、待ってみようか。
ぐちゃぐちゃになった頭を
そしたら、隣から物凄く大きな声が響いてきた。
「連!」
「うわっ?!なん…………」
あまりの大声にびっくりして肩を弾ませてから、顔をしかめて横を向く。
そして、俺はそのまま固まってしまった。
「久しぶり、連」
「…………あ」
「私のこと、忘れたとは言わせないわよ」
忘れようがない。
自信満々に俺を眺めるその目つき、赤みがかかった髪の毛、通っている鼻筋にいつも上の方を向いている口元。
同じ場所にいる誰もが目を向けてしまうほど、圧倒的な
そして……元カノ。
「お~~い。返事はどうした?私に会うのがそんなにショックだったか~うん?」
「………いや」
芹菜は相変わらず茶目っ気たっぷりの口調で俺をからかってくる。
呆けた顔のまま、俺はごにょごにょと言葉を紡いでいった。
「………久しぶりだな、芹菜」
「うむ。隣、空いているよね?」
「……そうだけど」
「ふふっ、じゃお邪魔します~」
長く伸びている髪をなびかせて、彼女はそのまま隣の席に腰かける。すぐ俺と目を合わせてくる芹菜に、俺はようやく苦笑を滲ませた。
元カノとの2年ぶりの再開は、思ってた以上にずっと
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