66話  灰塚の誕生日

ゆずりは 叶愛かな



いきなりレコード屋なんて、ゆいは音楽の趣味でも持ってたのかなと思ったのも一瞬。

いざ店の中に入ったら、私はすぐにこの来店の意味を察することができた。



「……五十嵐いがらし君?」

「えっ、杠さん?お……おはよう」



店に入ると、真っ先に見慣れた顔が視界に入ってきた。まぶたの下まで伸びた前髪と大きな黒ぶちの丸いメガネ、いかにも草食系に見えるその人は、クラスメイトの五十嵐君だった。

まさかこんなところで会うとは思わなかったから、私は驚いてつい手を口に添えながら言った。



「あ……うん。おはよう。えっ、五十嵐君ってここでバイトしてたの?」

「うん、ずいぶん前からね。一人で来たんだよね?よかったら、ごゆっくりどうぞ」

「うん?一人?」



結は入ってこなかったのかと思って振り返ると、ちょうど私の背中に隠れてニヤニヤしている結の姿が映ってくる。結は私よりも小柄だから、たぶん五十嵐君には見えなかったんだろう。

……でも、どうして隠れたりするのかな。その疑問は、思った以上に早く解決された。



「えっ、後ろに誰かいる?」

「あ…これはね」

「ふふっ、じゃじゃ~ん」

「あ……あっ、朝日向あさひなさん?!」

「おはよう、五十嵐君。遊びに来ちゃつた」

「あ……遊びって。僕、今バイト中だから!」

「だって今日は平日の昼間だし?客足がもっとも少ない時間帯だし?それに、バイトしている五十嵐君の姿も見てみたいから」

「………ううっ」



あああ……なるほど、五十嵐君をドッキリさせるためか。

でもなんなんだろう、この会話。私は一体、何を見せられてるのかな………



「えっとね、二人ってもしかして……そういう関係なの?」

「え?」

「は?」

「……えっと、違うの?だいぶ仲良さそうに見えるけど」

「か、叶愛ちゃんたら。ち……違うよ…?違うんだよ?うん、付き合っては……いないよ?」

「そ、そうだよ。ただ…その、仲のいい友達っていうか……」

「へぇ……仲のいい友達ね」



……私と灰塚はいづかのような関係なのかな?

この二人、学校ではいつも二人で話していたし、その時の顔もすごく緩んでいたし。

なによりも一緒に帰ったりすることもあった気がするけど……まぁ、他人には言えない関係っていうものもあるから、詮索せんさくは止めておくことにした。

私だって灰塚との関係を勘ぐられるのは嫌だから。ここはそっとして置こう。

でも結がこの店に来たがる理由は知ってしまったので、私は少々目を細めて彼女を眺めた。



「……わたし、消えた方がいい?」

「ち……違うよ!叶愛ちゃんが思っているそんな理由じゃないから!ちゃんと他の理由もあるからね!ね、五十嵐君?」

「いや……確かに、何を買いに来たのかは、なんとなく分かる気がするけど」

「うん?どういうこと?」

「えっ、れんの誕生日プレゼントを買いに来たんじゃないの?」



…………誕生日プレゼント?灰塚の?



「朝日向さんはアルバムをプレゼントしたいって言ってたから、てっきり杠さんもそうかなと思って……」

「…ウソ。灰塚、もうすぐ誕生日なの?」

「うん、再来週の土曜日だよ?ちょうど夏祭りがある日に」



聞いたことのない情報だったから、私はついポカンとして口を開けてしまった。

そっか、灰塚の誕生日なんだ……夏祭りの日に重なってるんだ。



「……そうだったんだ」

「まぁ、僕だって偶然耳にしたことだからね。それで…プレゼントを買いに来たんじゃないよね?」

「…いや、おかしいじゃない?誕生日まで後2週間もあるのに、わざわざ今誕生日プレゼントを買うなんて。それに私は、結に何も聞いてないし」

「ぐっ……」

「…灰塚へのプレゼントを建前にして、やっぱり単にイチャつくために来たんじゃ……」

「だから違うってば!そもそも私たち、まだそんな関係でもないし!」



……まだ、ね。

へぇ……これがいわゆる友達以上、恋人未満の関係なのか。結が必死に言い訳をしている一方で、五十嵐君は私と同じことに気付いたのか、顔を真っ赤にさせてぽつぽつと何かを呟いていた。

二人ともウブなんだな……私も人のことは言えないけど。



「ふうん…そっか。だから五十嵐君、急にコンタクトじゃなくてメガネをかけたんだ。髪型まで元に戻して……」

「ちょっ……!そ、そんなんじゃないよ?コンタクトはその……目、目が痛いから!髪も元の方がずっと便利だし、その……とにかく朝日向さんとは、これっぽちも関係ないから!」

「…私、まだ結のことは言ってなかったけど」

「………………あ」

「うっ……ぐうぅぅぅぅ……」



頭から湯気でも出しそうな勢いで顔を赤くしている結を見たら、つい噴き出しそうになった。

うん、いたずらはここまでにしようかな。じゃないと本当に爆発しそうだし。

でもレコード屋か……普段は音楽なんてあまり聞いてなかったけど、灰塚が聞いてる曲なら、私にも少なからず興味がある。

…確か、バリアって言ってたよね。灰塚の好きなアーティストは。五十嵐君に探してって言うのも恥ずかしいから、自分で探すことにした。



「じゃ、私は少し見回ってくるから。結は……まぁ、うん。一人で回るね」

「ちょっ……?!か、叶愛ちゃん、置いて行かないでよ~~」



甲高い声を上げる結を半分ほど無視して、私は洋楽のアルバムが並んでいる棚を見上げながら考えを巡らせる。

誕生日プレゼント……何をあげたら喜ぶのかな。さすがに二人でいる時に渡した方がいいよね……?ちょうど夏祭りもある日だし。

………よし。週末に誘ってみよう。

新しく買った服の感想も聞きたいし、夏祭りで会う約束もしなきゃいけないし……なによりも、予備校の夏期講習が始まったら、毎日のように会うこともできなくなるから。

意を決して、私はついに見つけたバリアのアルバムを一つ棚から取り出して、ニッコリと微笑むのだった。

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