65話 ショッピング
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「叶愛ちゃん、こっちこっち!」
駅を出てから少し迷っているところ、すぐ隣から活発な声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには唯一の女友達とも言える
「ごめんね、結。遅れちゃって」
「私も今来たところだから気にしない、気にしない!それじゃ行こっか、ショッピングセンター!」
今日の私は珍しく
でも結は
「服買うんでしょ?先にどんなスタイルにするか決めた?」
「えっと、細かく決めてない…けど」
恥ずかしさをぐっとこらえて、私は言う。
「……男受けするというか、とにかく可愛い方でアドバイスくれたら……助かる」
「……………」
「ちょっ……結?何でだまっ……きゃっ?!」
「叶愛ちゃん~~!!!!」
いきなり抱きつかれて、とっさに変な声を上げてしまう。周りの人たちはなんだか暖かい目で見てるし!
一気に頬が火照り出して結を突き離そうとしたけど、結は私を抱いている腕を解いてくれなかった。
「もう、こんなに可愛いのに!本当だよ?さっきの表情、灰塚君に見せてあげたら一発で楽勝だから!!私が保証する!」
「ちょっ……別にそんなんじゃないから!は、灰塚に見せたいわけじゃ……」
「ふふっ、すごいね。灰塚君、叶愛ちゃんにこんな顔させるなんて。私ちょっと感動しちゃったよ」
「………もう!!」
体をぶるぶる震わせながら結を睨んでも、結はあくまでもニヤニヤと笑うだけだった。
「それにしても灰塚君好みの服か~あまりパッと浮かばないけど、叶愛ちゃんはどう?灰塚君はどんなスタイルが好きなのか、聞いたことある?」
「……だから、なんでそこで灰塚の名前が出てくるの?」
「ぷふふっ、じゃ他の男に見せるつもり?」
「………………………灰塚であってるけど」
「……反則!反則!叶愛ちゃ……!」
「ちょっ、これから抱きつくの禁止!」
…でも結が感づくのも当たり前なのかもしれない。私みたいな女がいきなり男受けする服装だなんて、確かに灰塚のことしか浮かばないだろう…………悔しいけど。
普段の私はもっと季節に合わせた服を選ぶけど、今回の目的は違った。今まで選ばなかったおしゃれな服にチャレンジするつもりだった。結と待ち合わせをしたのは、そのためでもある。
……本当、自分自身にびっくりだ。
好きな人ができただけでこんな風に変わってしまうなんて、かつての私なら想像もできなかったんだろう。
「むぅ~少しはいいじゃん」
「ダメ。外で抱きつくのは絶対に禁止。ていうか結、普段はそんなにスキンシップして来ないくせに」
「叶愛ちゃんがそんな顔するのがいけないんだよ?灰塚君にべた惚れなのがよく伝わ……あ、ごめん!ごめん!先に行かないで~」
背中から聞こえてくる声を完全に無視して、私は前だけを向いて駆け足で歩く。
………だって恥ずかしいから。自分でも顔が真っ赤になっているのが分かるし。
それに灰塚にべた惚れなんて…………私って、そんなにポーカーフェイスできないの?
「………覚えてなさいよ、灰塚」
その後も散々結にいじられてたけど、とにかく私たちは無事に目当ての洋服屋に着くことができた。中に入ると真っ先に店員さんの元気な挨拶の声が聞こえてくる。
その店員さんの案内を受けてから、私たちは店の中を見回り始めた。
「これなんてどう?オフショルダーのワンピース!灰塚君絶対に喜ぶよ?」
「か……肩を丸出しにするものだから、これはちょっと……」
「そう……?じゃ、こっちのレースブラウスは?叶愛ちゃんの髪の毛アッシュグレーだから、濃いめの色にしたらいいんじゃないかな」
「……これもその、透けて見えるんじゃない?」
「………あのね、叶愛ちゃん」
何度も同じ繰り返しでさすがに呆てきたのか、結は頬を膨らませてから私が今着ているショートパンツを見下ろす。
「そんな丈の短いパンツを着ているのに、肩を見せるのに抵抗があるだなんてどうかと思うよ?」
「でもこんなの試したことないし……パンツは何となく慣れてきたからいいけど、これは……」
「じゃ慣れたらいいってことよね。店員さん~!これ試着してみてもいいですか~」
「ちょっ………ゆい?!」
遠くからはい、と答える店員さんの声が響いてくると同時に、私は慌てて結にしがみつく。でも結は堂々とした面持ちでニマっと笑うだけだった。
「ほら、早く。灰塚君ほどの男を掴みたければ、これくらいはしてくれないと」
「ううううぅ………」
「絶対に似合うのに~もう、なんでそんなに恥ずかしがるのかな。叶愛ちゃんなら何を着ても絶対に似合うから。ほら、早く!灰塚君とデートしたいんでしょ」
「だから、そんなんじゃないって言ったのに……」
そもそもデートなんて……灰塚とデートなんて。
想像するだけでも息が上がってくるけど。でもこんな露出の多い服、灰塚が喜ぶはずが……
………いや、そもそも裸も見せ合った相手なのに、今さらこんな悩みをするのも変なのかな……?浮かんできた疑問に答えず、私はとりあえず試着室に入った。
鏡の中で映っている自分の姿を見て、私はまた考える。
どんなスタイルにしたら喜んでくれるのだろう。今は確かに着慣れている半袖のシャツとショートパンツという単調な服装だけれど、こういったスタイルは何度も見せたわけだし……
「………よし」
……可愛いって言ってもらえるように、頑張らないと。
本当に、人を好きになると色んなものが変わってしまうんだなと悟りながら、私はシャツを脱いだ。
「ありがとうございました~」
「……買っちゃった」
「ふふっ、やった~」
「………なんで私より結の方が嬉しそうなのよ」
何が楽しいなのか、結はさっきからずっとニヤニヤしっぱなしだった。その顔に少し悔しさを覚えながらも、私は紙バッグの中にある服を見下ろす。
中には丈の短いスカートとさっき試着したオフショルダーのワンピース、そしてゆったりとした半袖のシャツが入っていた。これらは全部、結のアドバイスを受けて買った物だった。
「…本当に喜んでくれるのかな」
「大丈夫、大丈夫!男子高校生はね、女の子が背伸びしているところを見ただけでも嬉しくなる生き物なんだよ?まぁ……もちろん友達の受け売りだけど。ははは……」
「もう……分かった。ありがとう、結」
「ありがたいのはこっちの方だよ。こんなシャツまで買ってくれたし」
「ううん、そんなことないよ。普段の……その、感謝の気持ちもあるから………」
恥ずかしさで言葉尻が弱くなったのを察したのか、結はまた破顔して私に抱きつこうとした。
「……叶愛ちゃん!!!」
「だから、ダメ!抱きつくのは禁止!」
………もう。灰塚はいつもしれっと本音を口にするのに、なんで私にはできないんだろう。
……一体あの男は。なんであんなに平然と本人の前で幸せだとか、私のことが大切だとか言い切れるの?もう、もう……!!
「…それで、今からどこ行くの?行きたいところがあるって言ってたんでしょ?」
「あ、今話をそらした~~」
「……私、もう帰るから」
「あっ、ごめんごめん!許して?ふふっ、そうだね。行きたいところ、ちゃんとあるんだよね。そこで顔出しした後に、お昼食べに行こう?」
「顔出し……?どこの店なの?」
そしたら、結は
「ここの3階にある、レコード屋」
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