61話  ファイターの精神

五十嵐いがらし 響也きょうや



どうして。

どうして……?どこで間違ったの?

もしかして、ウソがバレたから?



「…………」



一緒に遊んだ土曜日の夕方、もう家に来るのは止めるっていうメールをもらってから、僕の頭はずっと真っ白だった。

理解ができなかった。

朝日向あさひなさんだってあんなに楽しそうにしていたのに。これからもウチに通ってくれるって、言ってたのに。



「…………くっ」



どうすればいいか分からず、ただただ自分のあさましさに嘆く。

朝日向さんに目を向いても、彼女はいつものように振り向いてはくれない。僕をけているのが目に見えて分かるくらいだった。

お昼休みである今でも、朝日向さんはたった一度も視線を合わせてくれない。



「響也?」



……これは、確実にフラれたんだよね。

僕の好意に気付いて、朝日向さんがわざと僕との距離を置こうとして…………

昨日は僕もウキウキして、抱きしめたり、頬をなでたりしてたから。

そんな行動の一つ一つが、朝日向さんには負担になって……



「響也、おい」



………………ううっ。

こんな形でフラれるくらいなら、いっそのこと潔く告白すればよかったのに…



「おい、響也!」

「………あっ」

「どうしたんだよ、顔色悪いぞ?」



横で僕を見下ろしているれんに、僕は何も返せなかった。

文字通り、心臓が痛い。胸が締め付けられて、うまく言葉が出てこない。

もう何も考えられなくて、ただ僕は、こんな情けない自分を恨んでいるばかりで……



「……なんかあったの?」

「そ……れは」

「…………そっか。ちょっとごめんな」



何を分かったのか説明もせずに、連はあまりにも平然とした顔で肯いてから、すぐ杠さんの席に足を向けた。

そしてしばらく彼女と会話をした後、すぐ僕のところへ戻ってくる。



「今日、バイト入ってる?」

「……ううん」

「じゃ、今日の放課後にカフェにでも行こう。いいお店知ってるから」



糸が切れた人形みたいになった僕は、ただ肯くことしかできず。

もう何回もチラチラと流し目で見た朝日向さんの横顔は、今朝と変わらずくもっているように見えた。







そして放課後、僕は連と共に見知らぬ喫茶店に来ていた。

頼んだコーヒーがテーブルの上に置かれるのをぼうっと眺めながら、僕はまた目を伏せる。

俯いて、ため息をこぼして、全身が冷えていくのを耐えるのが精一杯だった。

連はそんな僕の様子を見てから、初めから真摯な口調で話しかけてきた。



「朝日向のことだよな?」

「………うん」

「…なにがあったのか、詳しく教えてくれよ。できる限り相談に乗るから」

「…いや、もう相談することなんてなにもないよ。すべて終わったから。ただそれだけで……」

「響也」

「…ごめん。みっともないよね。でも……でも……」



顔を上げると、普段の感情のない顔とは全く違う、心から心配してくれている連の表情が目に入った。

僕は、これ以上何を言えばいいのか分からなくなった。理解できないことが、いっぱいあったから。

なんでいきなりあんなメールを送ってきたのか。

あんなに幸せそうにしてたのに、なんで。窮屈な感情ががせり上がって体を覆った。



「……苦しかったら言わなくてもいいぞ。でも、必ず手伝えることがあると、俺は思ってるけどな」

「…どうして?どうして連がそう言い切れるの?僕たちの間に何があったのか、連は――!」

「前にこうして、もどかしそうにしていた朝日向の相談に乗ったことがあるから」



それを聞いた矢先、一瞬にして言葉が途切れてしまった。呆けた顔のまま、僕は連を見つめる。

朝日向さんが、連に相談……?



「……あの、相談の内容ってもしかして、朝日向さんが僕の好意に気付いたから………」

「いや。100%確信はできないけど、それはたぶんないと思う」

「…え?」

「朝日向の相談に乗ったのは先週のことだから。まぁ、この一週間でお前の気持ちに気付いたとしたら話は別だけど……少なくとも、先週の朝日向は何も知らないみたいだった。あいつ、お前の好きな人のことを聞いてきたからな」

「……僕の?」

「そう、お前のプライバシーがあるから最後まで黙っていだけど」

「…………」



沈黙を保っている僕に対して、連は相変わらずの真摯な目つきをして体を乗り出してくる。



「…傷をえぐるみたいな形になってごめんな。でも話してみなよ。話して……楽になることだって、あるだろ?」



…もうこれ以上話したって、何にもならないのに。きっと何も変わらないのに。

それでも僕は未練みれんがましく、わらに縋りついてしまう。



「……一昨日にさ、朝日向さんと歩夢あゆと僕で、遊園地に行ってきたんだ」



僕は、愚痴をこぼすみたいにしてこの前の出来事を説明していった。

お母さんと朝日向さんが会ったこと、歩夢と3人で遊園地に行って、歩夢が迷子になったこと、そして……家に帰った後、もうウチには来ないという朝日向さんのメールを受けたこと。

思い返すだけでも、連の言葉通り心臓がえぐられるみたいな感覚が走った。

でもぐっとこらえて、なるべく細かく説明しようとした。賢い連なら、僕が気付いてないところを掴んでくれるかもしれないから。

そして話を聞き終えた途端、連はため息をついて片手で顔を覆った。



「…めんどくさいな……」

「………うん?」

「いや、こっちの話。でも朝日向、理由一つも教えずにしらっとしてるのか……はぁぁ」

「……それは」



何かを言い返したかったけど、できなかった。

だって、連が言ってくれたその窮屈さと呆れは、正しく僕が感じた感情と同じだから。



「厄介な女を好きになったな、響也」

「……そうだったけど、でももう終わったよ?」

「いや、どう考えてもこれはおかしいだろ」



そういった直後、連は鋭い目つきで机をとんとんと打ちながら考えを巡らせ始めた。

それが普段集中している時に出る、連の習慣だってことを、僕は知っている。



「あいつ、お前とも妹さんともうまくやっていたんだろ?それにほぼ毎日、一ヶ月くらいお前の家に通ったんだよ。ボロの多いお前のことだから、お前の好意に気付く場面は幾度もあったはずなのに」

「……ボロが多いって」

「ぷふっ、飾りのない言葉でごめんな。でも本当のことだろ?普通に考えて、朝日向みたいに壁の高いやつが好きでもない男に好意を寄せられてると知ったら、あいつは先ず距離を置くはず。つまり、朝日向がもし状況を察していたら、そもそも遊園地なんかに行ったりしないということだよ。理解した?」

「……いや、遊園地にいた時も……その、朝日向さんの頬を撫でたりしてたから。その時に気づいて…」

「それはそうかもしれないけど……でも、前にお前がお子様を助けた時も、先にあいつの方から抱きしめたんだろ?それは、朝日向がお前を警戒していないという証拠にもなるよ」

「………じゃ、朝日向さんは私の好意に……まだ気付いていない?」

「少なくとも、俺が思うには。まぁ、俺もあいつのことを全部知ってるわけじゃないから断言はできないけど……たぶん、あいつ自身の問題なんだと思う」



そして連はそのまま苦笑して、話し続けた。



「案外考えの多いヤツだからな。前にお前のことで話した時だって、自分がどうすればいいのか、何を考えているのか、まともに片付いていないのが目に見えてたよ」

「……………」

「前々から思っていたけど、そんなに明るく見える朝日向にも……ある程度は、闇があるって意味」



…だったら、僕は何をすればいいのだろう。

僕たちの関係は、もう崩れ落ちる寸前だ。何もせずにこのまま時間を無下にすると、きっとどこかがズレて完全に崩壊してしまう。

それじゃ、もう二度と朝日向さんとおしゃべりをしたり、一緒に食事するのだって…できなくなる。

……イヤだ。

それだけは、絶対にイヤだった。僕は守りたい。

ウソをついてもなお、罪悪感にさいなまれてもなお、守りたい。

あの偽りの時間と、朝日向さんの笑顔を。



「……バリアのゼウス」

「え?」

「バリアのゼウスで、彼が二つ目のバースで強調していたのは?」



いきなり突飛とっぴなことを言われて、僕はつい口があんぐりと空いてしまう。だって、連は何を伝えたいのかが分からなかったから。

ゼウスという曲は、僕の大好きなアーティストであるバリアが生き方に対して述べた有名な曲であり、このことと何の関係が…………あっ。



「………………ファイター」



……そう、生き方。

彼がもっとも強調しようとした部分。その精神は……



「……ファイターの精神」



物事に対して、いつも真っすぐ向き合うこと。

それを忘れられるはずがない。

だって、この曲は僕がもっとも大変だった中学時代に聞いた、僕を救ってくれた曲だから。



「ファイターの精神だろ?」

「…………」



シックに笑っている連の顔を眺めてから、僕は惹かれるようにして強く、首を縦に振った。

倒れても、現実くそでも、膝が砕かれても立ち上がって、向き合え。

僕を導いてくれた、私だけの目印。



「うん」



…やっぱり、このままではいけない。

そう思いながら、僕はもう一度強く肯いて。

ちゃんと朝日向さんと話してみようって、決心したのだった。


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