59話  迷子探し

朝日向あさひな ゆい



「朝日向さん?大丈夫。大丈夫だから」

「……ごめん、ごめんなさい……」

「大丈夫だから。ほら、顔上げて?僕の責任でもあるから。とりあえず、迷子センターに行ってみよう?」



帰ってきた五十嵐いがらし君に状況を説明すると、彼は最初は驚いていたものの、すぐに落ち着きを取り戻してわたしを慰めてくれた。

あまりにも申し訳なくて、顔を上げれなかった。

五十嵐君に歩夢あゆちゃんがどれほど大切な存在なのか、この目で見てたのに。その大切さを知っていてなお、歩夢ちゃんを見逃してしまうなんて…………

罪悪感がこみ上げてきて、つい泣きそうになった。



「ごめん……わたしのせいで…」

「…もう」



ぐっと唇を噛んで涙をこらえていると、いきなり頬に暖かい感触が伝わってきた。

ハッとして顔を上げると、五十嵐君は両手でわたしの頬を包んだまま、視線を合わせてくれていて。

咄嗟とっさに起きた出来事で、わたしは泣くのも忘れてぼうっとしてしまった。



「い……五十嵐君」

「泣かないで。絶対に見つけてくるから、朝日向さんはとりあえず迷子センターで待ってて。歩夢は賢いから、迷子になったって気付いた途端にそっちに行くかもしれない。もし歩夢がそこにいたら、すぐに連絡してね」

「…………うん」

「本当に大丈夫。大丈夫だから……」



そう言う五十嵐君こそ声は平然へいぜんとしているものの、顔はとっくに張りつめていてどれだけ焦っているのかが直に感じられた。



「………うん、分かった」

「行ってくる。探したら連絡頂戴!」



その言葉だけを残して、五十嵐君は駆け足ですぐに消えてしまった。

しばらくそこに立ちすくんでいたわたしはハッと気を取り戻して、持っていた案内図を見て迷子センターの方に足を向ける。

心の中で焦りと共に、何とも言い切れないもどかしさが膨らみ始めた。さっき五十嵐君が撫ででくれた頬が段々と熱くなってくる。

唇がぶるぶると震えて、こんな状況でわたしは何を考えているのかと自分を責めたくなった。



「………っ」



…………ダメ。落ち着こう。

爆発しそうな心を抱えたまま、私は走り出す。

そして一度も休まずに走ってからようやく、わたしは迷子センターに着いた。



「あの………はぁ……!あの!迷子がいるんですけど」



額と顔にはもう汗が滲み出ていて、一瞬化粧が消えるのではないかという不安が頭の中をよぎって行く。

でも、そんなのどうでもよかった。

歩夢ちゃん。歩夢ちゃんの方が大事だから。絶対に泣いているはずだから。

早く、早く探さないと……!



「はい、子供の名前と着衣を説明していただけますか」

「はぁ、はぁ……名前は、五十嵐歩夢。黄色いワンピース姿で、今年で小学校2年生です。身長は私の肩くらいで……たぶん、130cmくらいだと思います」

「分かりました。少々あちらでお待ちしてください。すぐに放送しますね」

「ありがとう……ございます……はぁぁ……」



職員さんに言われた通り、わたしはとぼとぼと歩いてセンターの最奥にあるベンチに腰かける。壁にもたれかかったまま、もう一度深呼吸をした。

なんとかして伝えたけど……五十嵐君からの連絡がなかったんだから、たぶんまだ探しているはずだよね……

そう思うと急に胸がぎゅっとちぢんできて、ここで気楽に待ってはいけないような気がして。

すぐに立ち上がって、わたしは隣にいる職員さんに声をかけた。



「あの、わたしも外で歩夢ちゃんを探したいんですけど、その……もし歩夢ちゃんがここに来たら、連絡してくれませんか?」

「それは……できなくはないんですが、なるべく待った方がいいと思いますよ。さっき放送も流したので」

「…ダメなんです。わたしの、わたしのせいなのに……」



店員さんは事情を察したように、温和な表情をして私に近づいてきた。



「大丈夫ですよ。ここは広くて人も大勢いますが、だいたい30分あたりでみんなみつかりますから。慌てずに、ゆっくりしていてください」

「………でも、外で……その迷子の兄が走り回っているんです。わたしだけここにいて……」

「……その方は、妹さんが迷子になったからって、怒るような方なんですか?」

「…………いえ」



違う。

それは、絶対に違う。五十嵐君はむしろ自分の責任だと言って、わたしを落ち着かせるために笑ってくれた人なのだ。

歩夢ちゃんの兄である自分が、一番焦っているはずなのに。



「…違います」

「なら、信じましょう。そのお兄さんと、迷子になった妹さんを」

「…………」

「……本当に、大切な方々のようですね」

「……はい?」



核心かくしんを突かれたような感覚がして、わたしはつい目を丸くしてしまう。

顔を上げると、店員さんの微笑んでいる表情が見えてきた。



「彼氏さんですか?その迷子のお兄さんは」

「なっ………!ち、違います!彼氏ではありません。わたしたちは……その、ただの……」

「ふふふっ」

「……と、友達ですから」

「いえ………でも彼氏なのかって聞かれた時の顔、すごく真っ赤になってたんですよ?」



………わ、わたしが?

驚いて片手を心臓のあたりに当ててみた。鼓動は、布の上からでも分かるほどバクバクと激しくっていた。

それに気づいた瞬間、一気にまた顔に熱が上がってきて。

爆発してしまうほど、熱が体中を駆け回って。



「こ………れは……」



………ダメ。

これは、そう……ずっと走ってたから、一度も休まずに走っていたから……ダメ。

ダメ。五十嵐君にドキドキしちゃダメ。

彼は、彼には好きな人がいるのに。

その人は、絶対にわたしではないのに……



「あ……あの。い、五十嵐歩夢と申しますけど……」



鼓動こどうを落ち着かせようと何度も深呼吸を繰り返した、次の瞬間。

待ち望んでいた声と姿が急に現れて、わたしは反射的に立ち上がって大声を出してしまった。



「歩夢ちゃん!!!」



駆けつけると、歩夢ちゃんもまた瞳をうるおわせながら私の名前を叫んでくれた。



「結さん!ゆ……ゆいさん!」

「歩夢ちゃん……!もう大丈夫。大丈夫だよ……」



その小さい体をぎゅっと抱きしめると、歩夢ちゃんもまた私のふところに顔をうずめて泣き始めた。



「ごめんなさい。ごめんなさい……ウサギさんの着ぐるみを、追いかけていったら……いったら、誰もいなくて。わたし、こわくてぇ……こわくてぇぇ……」

「大丈夫、よしよし。えらいよ。ちゃんとここまできたんだもん。えらいね。本当に偉い………ごめんね?わたしが気を抜いたせいで……もう大丈夫だから。一緒だからね?大丈夫………」



………ああ、よかった。

心が解けて涙が出そうになる。懐の中にある子が愛おしすぎて、腕に力を込めてもっと抱き寄せた。

本当に、よかった……

そして、どれだけ時間が経ったのだろう。わたしは五十嵐君のことをぱっと思い出して、すぐに電話をかけた。



『朝日向さん!はぁ……はあ……あ、あゆは?見つかった?』

「うん。今迷子センターにいるよ。ていうか……大丈夫?息、すごく切れてるけど…」

『だ……いじょうぶ。はぁ……あああ………よかったぁぁ……」



ほぼうめくような声を漏らした後、五十嵐君は精一杯息を整えてから言った。



『はぁ……今行くね。待ってて』

「……うん、待ってる」



そして電話が切れてから十分も経たないうちに、五十嵐君は姿を表した。



「お……お兄ちゃん!」

「あゆ………はぁ、あゆ……!」

「ごめんなさい。ごめんなさい………ふああん」

「大丈夫……無事でよかった。大丈夫だから」



お互い思いっきり抱きつきながら、五十嵐君は安堵の息を洩らした。きっと、あれから何十分も走り回っていたのだろう。

全身が汗だくで、ぴったりセットしていた髪型も激しく乱れていた。まだ肩で息をしていて、力が入らないせいか首も垂らしている。

でも、私には………



「……うっ」



でも、何故だかその姿が、わたしには映画の中の主人公よりも、この世の中の誰よりも、かっこよく見えて。

わたしは………わたしはもう、どうしたらいいのか、分からなくなってしまった。





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