51話  プレゼントの交換

朝日向あさひな ゆい



美容院から出てからも、私はチラチラと隣にいる五十嵐いがらし君を流し目に見ていた。

普段の彼の落ち着いている雰囲気とナチュラルで格好いい髪型が合わさって、なんだか周囲の視線がより激しくなっているような気がする。パッと見てイケメンだと言い切れるほどではないかもだけど、十分に魅力的だったから……つい、私まで見惚れてしまった。



「朝日向さん?どうしたの?」

「うん?あ………あ!ご、ごめん…」



…いや、じっと見るのは普通に失礼じゃん。ちゃんと気を取り戻さないと。



「うん……そうだ。もうすぐお昼ごろだし、よかったらお昼ご飯食べない?」

「そう…だね。五十嵐君は何か食べたいものとかある?」

「僕はあまり好き嫌いはしないからなんでも構わないけど…えっと、僕から提案してもいいかな」

「うん。全然いいよ。なに食べたい?」

「イタリアンはどうかな。目当ての店があるけど」

「……えっ、まさか事前に調べてくれたの?」

「それもあるけど……ほら、僕ってあそこのショッピングモールでバイトしてるじゃない?だから、ここら辺りを行き来することが多いからね」

「あ……そうなんだ」



確かにレコード屋さんだっけ。へぇ、前掛けをしてお客さんを迎える五十嵐君か……見てみたいかも。

ていうか、調べてくれたんだ。ちゃんと気を遣ってくれたんだなと思って、少し嬉しかった。



「うん、いいよ。行こう!」

「かしこまり。こっちだよ」



十分くらい歩いて、わたしたちはあるイタリアンレストランに足を踏み入れる。周りにはわたしたちのような男女ペアの客が多く、店の中はとても活気にあふれていた。

たぶん人気のある店なんだろうと、すぐに察することができた。



「いらっしゃいませ!2名様ですか?」

「はい!」

「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」



店員さんに接客されながら、わたしたちは隅っこの席に向かい合って腰かける。こうして男の子と二人きりで食事するのは初めてだから、ちょっと新鮮な感じがした。



「なにか食べたいものとかあるの?」

「あ……えっと、五十嵐君は?」

「僕は…そうだね。こっちのキノコのクリームパスタと、シーザーサラダかな。朝日向さんは?」

「どれどれ、私は……チーズリゾットとツナサラダ。ドリンクは要る?」

「僕はいいけど、朝日向さんは?」

「わたしも。じゃ、これ頼もう」



店員さんを通して注文まで終えた後、わたしは五十嵐君の横顔を見据えながら少し思考を巡らせる。

………これって、いわゆるデートなのかな?いや、好きな人がいる相手に使ってはいけない表現かもしれないけど。

でも最初は全く意識してなかったのに、時間が経つにつれてどんどん疑問が浮かび上がってくる。これって、普通にデートなんじゃないかって。

いや、カップルでもないからそれは違うかもしれないけど……五十嵐君は、どう思ってくれてるのかな。



「…………あ」



…そうだ、好きな人。そういえば、私は五十嵐君の好きな人について何も知らないのだ。これから相談に乗る時も必要な情報だし、今聞いておこうかな。

私は即座に口を開いて、質問を投げた。



「そういえば五十嵐君。五十嵐君の好きな人ってどんなタイプなの?」

「えっ?!」

「ちょっ…声大きい…!そんなに驚くことだった?もう」

「あ、いや……そうじゃなくて、その……す、好きなタイプか……そっか」

「このくらいは教えられるんじゃない?せっかく手伝ってあげてるんだから」

「……そ、その人が誰なのかは、教えられない……かも。本当に、申し訳ないけど…」

「ふむ……じゃあの人の性格とかタイプとか…そうだね。ウチのクラスにいる人かどうかだけ、教えてくれない?」

「……………」



……あれ、なんだか五十嵐君、顔がすごく青ざめてる?私の勘違いなのかな……



「そ、そうだね……その人のタイプか……」

「うんうん」

「……えっと。すごく明るくて、優しい人……」

「歳はいくつなの?先輩?それとも後輩?」

「………ど、同級生」

「へぇ~~!そっか~~」



ていうか、五十嵐君の好きな人って明るい人だったんだ。これはちょっと意外だった。

五十嵐君ならきっと、落ち着いてて清楚な人が好みだと思い込んでいたから。でも陽キャに同級生か、そっか……自然に頭の中で次々と候補が浮かんでくる。

それを考えるとまたウキウキしちゃって、私は絶え間なくき続けた。



「同級生なら……ウチのクラスの子?」

「それは、教えられないよ……!」

「え~~!なんで~!このケチ」

「……恥ずかしいから!とにかく、絶対に言わないからね?!」

「ふむ……でもね。その人が誰なのか分からないと、ちゃんとしたアドバイスもできないんだよ?五十嵐君は私に事実を言う義務があると思うな~はい、被告人、早く白状してください」

「できないできない。絶対にできない!」

「もう……」



そんな、女の子みたいに真っ赤になって俯いても……ずるいぞ、五十嵐君。

でもこれ以上いじるのもどうかと思って、さすがにこれくらいでやめることにした。

そういえば、同じクラスなのかという質問に否定はしなかったな。じゃ、ウチのクラス?それに五十嵐君の友人関係ってあまり広くはないから、その中で考えると……叶愛かなちゃんと、わたしだけど。

……まぁ、それはどっちも違うよね、うん。

叶愛ちゃんにはそもそも灰塚はいづか君がいるし、私は……うん。好きな相手に恋愛相談をするなんて、普通にありえないもんね。



「ふふっ」

「……何で笑うの?」

「ううん、純粋に楽しくて。わたし、友達に恋愛でアレコレ言われるのあまり好きじゃなかったんだよね。でもいざ逆の立場になってみると、ちょっとだけはあの子たちのもどかしさが分かってきたかも」

「ぐうっ……」



それに、こんなに可愛い反応をする友達と一緒にいるし。

本人はけっこう気にしているようだから、これ以上は何も言わないことにした。ほどなくして注文したパスタが届いて、わたしたちはお互い笑いながら食事を続ける。

久しぶりに誰かと食べたパスタの味は、言葉じゃ言い切れないくらい美味しかった。







食事も終えて、私たちはゆったりと歩きながらウィンドウショッピングを楽しんでいた。そもそも美容院に行くという目的はすでに果たしているので、これ以上特にすることもなかったのだ。服を買ったりする選択肢は色々あるけど、それはまた今度の機会にしておいて。

ふと思うと、ちょっと不思議なだなと感心してしまう。

すぐ解散したって別におかしくないのに、気が付けばいつの間にか五十嵐君とあちこちを歩き回っている。そして、それをまた楽しんでいる自分がいる。

異性をこんなに楽に思えるのは、初めての経験だった。



「おう、響也。なんだ、惚気か?」

「違いますよ、店長……!友達なんです!!この子が一度来てみたいって言ったからで!」

「お前も男になったな~」

「だから、違いますって!」



五十嵐君がバイトするレコード屋で、私はのうのうと店の中を眺めながら二人の会話を耳にする。店長さんは茶目っ気のある顔をして、ずっと五十嵐君をいじっていた。私は何とも言わず、ただ五十嵐君の戸惑っているところを見て笑うだけだった。自然と微笑ましい気分になる、暖かい時間。

でもこんなに大きなレコード屋か……後で一人で来てみようかな。五十嵐君のシフトに合わせて彼に接客されるのも悪くないかも、うん。



「……もう行きます」

「ごめんって~デート楽しんで来いよ!」

「だから、デートじゃないですって!」



……うん。デートじゃないよね。あんなにはっきり否定するんだから、たぶん五十嵐君にとって、これはデートの枠には入らないのだろう。

…だったら、この外出は一体なんなのかな。



「ごめんね……ウチの店長、いつもあんな風にからかってくるから」

「ううん、むしろ信頼してるように見えてたな~店長の眼差し、すごく生暖かったよ?」

「…たぶんそれ、朝日向さんが思うのと全然違うから」

「そうかな。でも楽しかったし、いいんじゃない?」

「ならよかったけど……あっ、そうだ。朝日向さん。そこにある雑貨店に寄って行かない?」

「雑貨店?もちろんいいよ」

「うん、じゃ行こう?」



腕時計で時間を確かめると、もう午後の4時になっていた。こんなに時間が速く経つなんて、ちょっとだけ驚いてしまう。

五十嵐君の横顔をチラチラ見ながら、わたしはひそかに笑みを浮かべる。やっぱり五十嵐君といると安心感があるというか、楽な気がする。彼には少し申し訳ないけど、同性の友達と遊ぶ感覚さえあった。

そんなことを考えながら雑貨屋に入って、私たちはまたゆったりと店の中を見回る。でも間もなくして、五十嵐君は何か言いたげな表情をして私に振り向いてきた。



「えっと……その………」

「うん?」

「…………その……」

「その?」

「今日………今日は色々と手伝ってもらったから……その……」

「……その?」

「なんか気に入るものがあったら、プレゼントしたいんだけど……」

「えっ、全然いいよ?それに手伝ったっと言っても、せいぜい髪型に対して少し忠告しただけだし」

「……そうですよね。はい、分かりました……」



……あれ、めっちゃ落ち込んでる。

そんなに何かをプレゼントしたかったのかな。うむ………



「…じゃ、これはどう?お互いプレゼントを交換するの」

「交換?」

「うん。五十嵐君のおかげで美味しい店も見つけられたことだし、私からもなにかプレゼントしてあげる。お互いの気に入るようなもので。それならいいんじゃない?」

「………うん!」

「ぷふっ、じゃ行こっか」



本当に犬みたいな顔して……可愛いんだから。

そのまま、私たちは主に学用品やキーホルダーが並んである棚を見ながら歩いた。学校でアクセをつけるのは校則違反だから……キーホルダーみたいな物をあげたらいいかもしれない。うん、この青いカバン模様のものにしよう。

あっさりと決めた私に対し、五十嵐君は真摯な顔をして学用品の棚に目を向けていた。彼の邪魔をしないように、私は先にお会計を済ませて店の外で待つことにする。

間もなくして、五十嵐君も外に出て私に何かを差し出してきた。



「改めて、今日は本当にありがとうね」



感謝の言葉と同時に渡されたのは、ちょうど私と同じ模様で色だけが違うキーホルダーだった。それを見た途端、目が丸くなってしまう。



「えっ、五十嵐君もこれ選んだの?」

「えっ?もしかしてその……趣味に合わなかったとか?」

「いや、そうじゃなくて……実はわたしも」



そしてわたしがさっき選んでおいたキーホルダーを差し出すと、また五十嵐君も同じく驚いた顔をした。

あまりにも呆けているから、わたしは笑いをこらえず大声を上げて笑ってしまった。



「あはははっ!なんだ、同じもの選んでたのか~」

「あ………こ………これは、あの。絶対!絶対に意識して選んだことじゃなくて!ただ似合いそうだなと思ったからで……!」

「ああ~お腹痛い。本当にそうなのかな~五十嵐君、下心丸見え~」

「そうじゃないんだよ!本当に!!」

「うんうん。分かってるよ。ははは……でも普通そこまで驚くかな?本当、面白いんだから」

「ううっ……だ、だから!!」



結局あれからさんざん笑っていじってから、わたしたちはお互いの為に選んだプレゼントを交換した。私は赤色、五十嵐君は青色のもので。

こうしてみると、ちょっとカップルぽい感じがしてまた失笑が出そうになる。まぁ、実際にはカップルじゃないけど……

でもまぁ、せっかく五十嵐君からもらった初めてのプレゼントだし、カバンにでも付けようかな?いや、それじゃ見せつけるみたいな感じもあるし、五十嵐君を困らせるかもしれないから……

……まぁ、大事に取っておくことにしますか。

そんなことを思って、わたしはまだあたふたしている五十嵐君に、満面の笑みを送るのだった。

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