セフレから始まるマジ恋

52話 罪悪感

＜五十嵐（いがらし）　響也（きょうや）＞

「へぇ……似合ってるじゃん」

頬杖をついたまま、連（れん）はなんだか生暖かい視線を送ってきた。連には朝日向（あさひな）さんとのいざこざを全部話しているので、髪型を変えた経緯（けいい）ももちろん知っている。

「そ……そうかな？」

「朝日向とはどんな感じだったんだ？あんまり失敗したようには見えないけど」

「……なんとなく、いやうまく……できたのかな？分かんない……」

「お前な……」

半分呆れた顔をしながら、連は苦笑をこぼしていた。

だって、本当に分からないから。朝日向さんが僕といて楽しかったのか、もしくはただ何とも思わないのか……本人は、最後に楽しかったと言ってくれたけど。

そして今日の朝だって、普通にお話ししてくれたけど……！

「少しは自信持てよ、響也」

「うっ……はぁぁぁ……分かんない。恋とか分かんないよ……みんなどうやって恋愛しているの……？」

「……詰んだか。でもさ、俺から見たら上手くやってると思うけど」

連は一度教室の中を見回してから、さっきより音量を低くして言った。

「今も見られてるぞ？主に女子たちに」

「……え？」

「…気付いてなかったのか？明らかに前より女子からの視線が増（ふ）えてるだろう。隣にいる俺さえ気付くことを……」

「えっ、そうなの…？僕は分かんないけど……」

「…まぁ、確かにだいぶ変わったもんな。メガネも外して髪型も決めて。さわやかな雰囲気も出しているし」

「これ、もしかしてほめ殺し？」

「いや、素直な感想を伝えただけなんだが」

……そっか。かっこよくなったのかな、僕。確かに母さんもすごく喜んで褒めてくれてはいたけど……それはいいけど。

僕には他の女の子たちの視線より、朝日向さんにどう見られてるのが一番気になるんだけどな………はぁぁ。

「そうだ、連はどうやって杠（ゆずりは）さんと仲良くなったの？」

「は？いきなり？」

「えっ……だって今、杠さんと付き合ってるんでしょ？」

「………何を見て？」

「いつも勉強教えたりするじゃない？その時、二人ともすごく楽しそうにしているし、何よりも……連といる時の杠さんはね、いつも見て分かるほど顔が緩んでるんだよ？」

「……………」

その言葉を聞くや否や、連は口をあんぐり開けて不安そうに目をあちこちに転がし始めた。

普段クールな連にしては、すごく珍しい反応で少し吹き出しそうになってくる。

「あいつ………」

「やっぱり当たりだよね？もう、付き合っていたならちゃんと言ってくれればよかったのに」

「いや、付き合ってないけど」

「……えっ、ウソ」

「本当だから……もういい。話を戻すぞ」

「ぷふっ、分かった。今回だけは見逃してあげる。で、どうやって仲良くなったの？」

「………あいつとは」

連はまたすぐには答えず、生唾を飲みながら必死に口をもごもごさせていた。

「…成り行き？」

「…………そう言われると、僕が困るんだけど」

今、正しくその成り行きという曖昧な表現に詰んでいるのだから。

「いや、本当なんだよ。そもそもなんらかのきっかけ………はあったけど。でも成り行きとしか言えないというか……ごめん。参考になるようなアドバイスはできないかも」

「…………はあぁぁ」

絶望してため息をついてると、連はちょっとだけぎこちない顔で言った。

「まぁ、でもこの調子でいいんじゃない？あまり急かすなよ。ゆっくりして行けばいいさ」

「……そうなのかな」

相手と、どうやって距離を縮（ちぢ）んで行けばいいのか。

恋愛に対して何も分かってない僕たち二人には、あまりにも難しい問題だった。

「へぇ………」

「…………」

「ふふふふ」

「…………」

さっきからずっとこうだ。目を細めてずっとニマニマしていて、何か言いたそうな顔をして。

放課後、僕と朝日向さんはいつものように僕の家で晩ご飯を食べてから部屋に上がっていた。

歩夢をほったらかしにするのは申し訳なかったけど、気配りのできる妹は食事が終わったらいつも席を外してくれる。ありがたい限りだった。

とにかく、今は動画サイトにアップロードする洋楽の字幕をつけている最中なんだけど……横から飛んでくる視線が半端なくて、僕は仕方なく緊張の混じった息を吐いて、横を向いた。

「…えっと、どうかしたの？」

「うん？何でもないよ。ただ……そうだね、子供を見守る親の気持ちって、こんなものかなって」

「…何を言ってるの？子供？僕が？」

「うん。知ってる？今日ね、五十嵐君のことが女の子の間でけっこう話題になってたんだよ？急にスタイル決めてかっこよくなったから、みんなどうしちゃったのかって」

「へぇぇ……本当に、そうなんだ」

さっき連にも聞いたけれど、こういう話を聞くとやっぱり嬉しさりより恐縮（きょうしゅく）な気持ちが先走ってしまう。

でも僕にとっては、そんな人気なんかより……朝日向さんにどう見られてるかが一番大事だけどな……

「それで、次のステップに入りたいんだけど」

「えっ、次のステップ？」

「うん。せっかくイメチェンも成功したことだし、今の五十嵐君なら誰にでもイケると思う。だから、ここは相手との距離を縮む番なの。相手に気があるってほのめかして、徐々に接点を稼（かせ）いでいく形でね。理解した？」

「………うん。理解したよ」

「それで、どうしても確かめなきゃいけないことがあるんだけど……」

朝日向さんは少しだけ間をおいてから、話を切り出した。

「……好きな人、今でも教えられないかな」

「そ……れは」

「もちろん、恥ずかしいのは分かるよ？でもね、わたしもぼんやりした人物像だけじゃアドバイスをするのに限界があるの。明るくて優しい同級生なんて、正直に言ってちょっと抽象的じゃない？」

「……うん。それは分かるけど」

「だから、先ずその子が誰なのかを教えてもらいたいな。ほら、一応わたしは協力者なんでしょ？誰かに言いふらしたりもしないし」

「……………」

……ヤバい。

ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。ヤバイよ………ど、どう答えればいいの？ここで答えないという選択肢が全く見えないんですけど？！

そりゃ、朝日向さんに知る権利がないとは言えないけど、これからのアドバイスを考えると……じゃない！

そもそも、僕の好きな人は朝日向さんなのに！

でも面と向かって実はあなたのことが好きでしたって言うのは……ない。それは絶対にない。自殺する方がマシだし！！

それに僕が、今までずっと朝日向さんにウソをついてたってバレてしまったら…こんな下心があるって朝日向さんに知られたら、もう何もかもがお終いだ。取り返しがつかなくなる。

そんな最悪な事態だけは、絶対に避（さ）けたかった。でも………

「……五十嵐君？」

「…………うっ」

「……あ。えっと、ごめんね？どうしても教えられないなら、ひとまず具体的な性格だけでもいいからね？ほら、あの人の好きなものとか、趣味とか！」

「…えっ？」

「だって五十嵐君の顔、めっちゃ赤くなってたし。ごめんね？そんなに無理させてまで聞くつもりはなかったんだ。だから、もっと具体的な情報だけでもいいから」

「………あ、うん」

はぁぁ…………よかった。バレるかと思った。今日で何もかも終ってしまうんじゃないかと思ってた………

よかった。本当によかった……

「…ありがとう、朝日向さん」

「ううん、どういたしまして。それで、その人のことをもっと細かく教えてもらえるかな？好きになったきっかけとかはある？」

「好きになったきっ……かけ」

………いや、ここはどう答えたらいいの？

好きな人の前でその張本人との出会いを説明するとか、こんな羞恥プレイ……！

「…………」

「……五十嵐君？」

でも不器用な僕にできるのは所詮、真面目に説明することだけだから。

………もう、なるようになれとい心持で、僕は口を開いた。

「えっと……本当に、しょうもない話なんだけどね」

「うん」

「ある日、廊下を歩いている途中に後ろから挨拶されて……返事したら、笑ってくれて。その後もたまたま挨拶をしてもらって……好きになったの」

「…………えっと、きっかけはそれだけ？」

「…うん。それだけ」

「なんていうか……ピュアだね。物凄く」

…なんだろう、この気持ち。

死にたい。死にたい。ものすごく死にたい。今すぐにネズミの穴に頭をぶちんで息を止めたい……でも本当にこれしかないんだよ！！

一年の時、クラスも違ってたのに廊下で俯いている僕に挨拶してくれた、朝日向さんが……綺麗だったから。

「ふむ……分かった。それ以外は？その人の趣味とか好みとか」

「……それは、分からない」

「え？」

「ごめん！でも本当に分からないの。その、なんて言うか……その……！」

「……友達じゃないの？その人と」

「それは……」

質問をかけられて、僕はまた言葉に詰まってしまう。

僕と朝日向さんは間違いなく友達なのに、友達だとは言えない。こうして僕はまたウソをついて、誤魔化して……

……いつまで、こんな風に誤魔化さなきゃいけないのだろう。

「…うん。そんなに仲良くは……ないんだ」

「へぇ……難しいな。まぁ、五十嵐君らしいけど」

うじうじしてるから少しくらいはもどかしいはずなのに、朝日向さんは呆れ顔ひとつせずに微笑んでくれた。

それを見てまた罪悪感が膨れ上がって、もうどうしたらいいのか分からなくなる。

僕がもうちょっと器用だったら、もう少し男らしかったら……

「それじゃ、先ずは相手に五十嵐君の存在を認識させることからだね。でも挨拶はよくしてるんでしょ？全くの顔見知りではないんだよね？」

「うん…それは確かだよ」

「じゃ、こうしてみるのはどうかな？先ずは元気よく挨拶をしてから、話題をあげて……」

朝日向さんは熱心にアドバイスをし始めてたけど、その言葉は全然耳に入ってこなかった。ただ、申し訳ない感情だけが心の中にくすぶる。

……いいのかな、これで。こんな風に騙（だま）すなら、一層のこと潔（いさぎよ）く告白してフラれた方が……でも。

こんな幸せで甘い時間を、逃したくはないのだ。好きな人との時間に、もっと縋（すが）りついていたいから。

僕がこんな卑怯な行動をしているというのに、朝日向さんは今も満面の笑みをたたえて、楽しそうに話してくれていて。

大好きなはずのその顔が……今は、とっても苦かった。