50話  待ち合わせ

五十嵐いがらし 響也きょうや



『五十嵐君って、好きな人とかいる?』



……言えるかよ!目の前にいるって、その場で好きですって言えるか!

思い返しただけでも顔から火が出そうだった。でも朝日向あさひなさんが訊いてくれたおかげで、こうして待ち合わせたんだから……いいっか。

今日は週末、そしてここは待ち合わせ場所の駅前。

ショッピングモールと色んな店が並んである繫華街で、僕は朝日向さんを待っていた。



『先ずはヘアスタイルからかな……?そうだ!五十嵐君、週末に予定ある?」

『えっ?!それは……ないけど…』

『よかった。じゃ、わたしと一緒に美容室行かない?すごい腕前の美容師さんを知ってるんだ」

『………え?週末って……』

『うん?どうしたの?』

『えっと………じゃ、その…週末に待ち合わせってこと……?』

『そうだよ?ていうか、なんでそんなぼうっとしてるの?もしもし、五十嵐君~』

『え……………えええええっ?!』



…勘違いしなくちゃいけないって、分かってるんだけどな。僕に対する朝日向さんの好意は、あくまでも友達としての友情。それに朝日向さんは僕の恋路を応援するって言ってたし、たぶん僕のことを異性としては認識していないのだろう。

………分かってる。高嶺の花だって、自分とは釣り合わないって分かってる。

でも、本当に好きだから。

あの優しい笑顔も、真剣に話を聞いてくれるところも、活気のあるところも…何もかも、大好きだから。



『うん。好きな人に……ちゃんと告白して、付き合いたいな』



告白って、僕なんかにできるのかな。

……いや、気を取り直そう。せっかく朝日向さんが手伝ってくれてるんだから。その期待に応じて、僕が朝日向さん好みになっていけば……できるのかな?

やっぱ分かんない……助けて、れん………



「あ、五十嵐君~!」



再び首を垂れて絶望していた矢先、遠くから朝日向さんが手を振っている姿が見えてきた。見た瞬間、僕はつい口元を両手で覆ってしまった。

だって、私服を着こなした朝日向さんを見るのは、これが初めてだったのだ。

袖の広い白のブラウスと黒いショートパンツ。そして白のスニーカーと小さなバックを合わせた、非常にシンプルで破壊力の高い服装だった。朝日向さんが現れた途端、周りの人がチラチラと彼女に視線をよこすのが感じられるくらいだった。

彼女が近づいてくるまで、僕はただその場でぼうっと立ち竦むしかなかった。



「どうしたの?五十嵐君」

「あ…………そ………その」

「あ、また照れ屋さんモードの五十嵐君だ。どう?可愛い?」



ペロッと舌を出して首をかしげる朝日向さんに、僕が抵抗できるはずもなく。



「……すごく、可愛いです」

「ぷふっ、ありがとう。五十嵐君もカッコいいよ?よく似合ってる」



…ただ白いシャツとジンズを組み合わせただけなんですけどね。これでも2時間以上も工夫を重ねたというのに、いざ朝日向さんを前にしてると怯んでしまう。

すぐにでも逃げ出したい気分だった。こんなに可愛い朝日向さんの横で共に歩くなんて、人々の視線に耐えられる自身がない。

ほら、もう現在進行形で視線が集まってるし!



「ていうかいつからいたの?まだ約束時間20分前だよね」

「…十分前からいたよ、うん」



ウソです、約束の時間まで待ちきれなくて一時間も早く着いてしまいました。ずっとこの場所でおろおろしてました。



「あ、待たせてごめんね?じゃ美容室行こっか!先に予約してあるから、今から行けばきっと間に合うよ」

「…その前にね、朝日向さん」

「うん?」

「えっと……ここまできて何なのって思うかもしれないけど」



僕は情けない声を上げながら、心配の混ざった眼差しで彼女を見つめる。

分かっていた。無様で野暮な質問だということは、ちゃんと分かっているつもりだ。

でも、聞かざるを得なかった。僕の恋の成就より大切なのは、あくまで好きな人の気持ちと幸せだから。



「本当に、僕なんかと一緒にいてもいいの?」

「………うん?」

「えっと、朝日向さんって人気もあるし、こっちはウチの学生もよく通うところじゃない?もし見つかったら……きっと、嫌な噂されるかもしれないよ?それに相手が僕だったら、益々……」

「五十嵐君」

「…………は、はいっ」

「それ以上、何も言わないで」



今まで聞いたことのない低い声に、僕はドキッとして体を強張らせる。

さっきまで期待に満ち溢れていた瞳はとっくに冷めていて、機嫌の悪さが目に見えて分かるくらいだった。このまま朝日向さんが帰ってしまうのかもしれないという不安が、一瞬にしてせり上がってくる。

……でも、むしろこれでいいんじゃないかなと思う自分がいる。

朝日向さんが僕との噂に巻き込まれるくらいなら、一層のことここで派手に破られた方が……



「いい?あなたは私の友達なの。そして私が一緒にいたい相手は、他人じゃなくてわたしが決める」

「…………」

「…なんでそんなこと言うのかな。そもそもイヤだったら週末に誘ったりもしないよ?本当に五十嵐君が苦手だったら家にまでお邪魔するはずないじゃない。なんで……分かってくれないのかな」

「……ごめん」

「今回だけだよ?これから僕なんかという言葉は禁止。この先、もしこんな風に五十嵐君が自分を卑下することがあったら、その時は本気で怒るからね」



…もうずいぶん怒られているような気もするけど。でも非は間違いなくこっち側にあるから、僕は黙って肯くことにした。

しばらくたってから、朝日向さんは急に身を乗り出して僕の前髪を横に流してくる。さっきからぶすっとしていた口元は、もうすっかり緩んでいた。



「…こんなに格好いいのにな」

「……………え?」

「行こう?もしかしたら間に合わなくなるかもしれないし」



そんな言葉だけ残して、彼女は速足で先に歩き出す。

残された僕は、ただ彼女の後を追いながら、唸ることしかできなかった。



「………反則だよ、朝日向さん……」



そんなのやられたら、僕はもう回復不能になるのに……







「いらっしゃいませ~あら、ゆいちゃんか。こんにちは」

「こんにちは、小林こばやしさん。こちらが、友人の五十嵐響也君」

「こんにちは~あなたが五十嵐君ね。本当にびっくりしたんだよ?あの結ちゃんが、いきなり男友達連れてくるって言うから」

「こ………こんにちは」



例の美容院に入ると、そこには僕が生きていた世界とはまるで無縁な光景が広がっていた。

単純に言って、物凄くおしゃれだった。

今まで床屋にしか行ったことがないから、こんな綺麗な美容師さんと華やかな飾りを目の前にすると、さすがに委縮いしゅくしてしまう。

とりあえず、僕は案内された椅子に腰かけた。



「こちらへどうぞ。先に決めた髪型とかある?」

「い…いえ、ありません。えっと、なるべく自然体で……」

「えっとね、わたしが先に調べておいたんだけど、ナチュラルマッシュはどうかな?」

「……ナチュラルマッシュ?」



…なにそれ?聞いたことがないけど。



「あっ、いいかも。五十嵐君、髪も全体的に長めだし……あっ、五十嵐君は初耳なんだ。ナチュラルマッシュはね、こういう髪型のことなの」



優しく言いかけてくれた後、小林さんはスマホで何かを操作し始める。そして間もなくして、スマホの画面に写っているモデルの写真を僕に見せてくれた。

画面の中のイケメンは前髪を眉と目の間まで伸ばし、後ろ髪と横髪を短くカットして全体的に端正な雰囲気を醸し出していた。これは、確かに僕が望むままのスタイルだった。



「あ、はい。これにします」

「うん、分かった。それじゃ先ずはカットからね」



スプレーで水をかけながら、小林さんはすごぐ丁寧な手つきで僕の髪を整理していく。それと同時に、何故か微笑ましい顔のまま後ろにある朝日向さんに声をかけた。



「ていうか珍しいね。結ちゃん、正直に言って?この子、あんたの彼氏なんでしょ?」

「か………か……?!」

「違います。ただの友達。そもそも五十嵐君は他に好きな子がいるんですから。その質問、五十嵐君に失礼ですよ?」

「あら、ごめんね~でも結ちゃん、せっかく可愛いのに恋愛とか全然しないから」

「余計なお世話です~」

「ふふっ、頑固なんだから」



……か……れし?僕が、朝日向さんの…?そんなこと起こるはず…



「そういえば、五十嵐君の好きな女の子ってどんなタイプ?やっぱりお姉さん系?それともクラスメイト?」

「ちょっと、小林さん。踏み込みすぎです。五十嵐君が困ってる」

「ぷふっ、だって気になるじゃない。五十嵐君、顔立ち整ってるし可愛いからなかなかモテそうだし」

「もて………えっ、僕がですか?」

「うん、そう見えるけど?もしかして違った?」

「いえ………その……ありがとうございます」



……モテるどころか、朝日向さんを除いたらまともに会話する女の子も少ないんですけど。

苦笑だけ浮かべてると、後ろの席で座っていた朝日向さんは急に立ち上がってから言った。



「ちょっとトイレ行ってきます。小林さん、変なこと質問しちゃダメですからね?」

「はい~分かりました」



そして朝日向さんがいなくなった直後、小林さんはすぐに音量を低くして尋ねてきた。



「結ちゃんでしょ?好きな女の子」

「えっ………?!」

「あら、暴れない、暴れない。でも反応を見る限り図星なんだ。ふふっ」

「………あ、あの……そんなに目に見えたんですか……?」

「いや、なんとなく?私の感だよ。五十嵐君って感情が顔に出るからちょっと見ただけでもつい分かっちゃうんだよね~まぁ、さすがに本人に言ったりはしないから、安心してもいいよ」

「はは………ありがとうございます」

「結ちゃんは……あの様子じゃ、まだ気付いてないみたいだね。本当、あの子も鈍感だから」

「ははははは……」



まるで親戚の子供を心配するかのように、小林さんはそんなことを呟いていた。

確か、朝日向さんもずっと前からこの美容室に通ってたって言ってたから、二人はずいぶんと仲がいいのだろう。



「そうね……恋に落ちた少年か。ふふっ、これは頑張らないと」

「…えっと、よろしくお願いします……」

「うん。任せて」



そして小林さんは、それからは一言も言わず真摯な目つきのまま僕の髪型を整えて行った。見る見るうちに変わって行く自分の髪型を見て少し感心してしまう。なんとなく、朝日向さんがなぜここの常連さんなのかを垣間見た気がした。

朝日向さんがトイレから戻ってからも、小林さんは相変わらずの手先で美容ハサミを操る。

それからずいぶんと時間を費やしてカットが終わると、小林さんはすぐ髪を洗ってドライヤーをかけてくれた。



「ここで、少しだけワックスでボリューム感を出せば……うん、オッケ!」

「……………ウソ」

「ありがとう……ございます」



鏡を見ると、確かに30分前の自分とは全然印象が違う僕がいた。

ぼさぼさして少し窮屈だった感じはおらず、さっぱりしていて印象もずいぶん明るくなった気がする。

……すごい。髪をちょっとセットしただけでも、こんな風に変わるんだ。

ふと立ち上がって朝日向さんのところへ振り向くと、ばったりと視線が合った。彼女はぼうっとしたまま、僕を見据えていた。



「えっと、朝日向さん……?」

「あ、うん!ごめんね。いや、さっきとは全然違うから……すごく似合ってる」

「…うん、よかった。ありがとう」

「うん……」



そしてこんな二人を眺めている小林さんは、もう歯まで見せながらニヤリと笑っていた。

最後に美容院から出る前、小林さんは何故だか僕を呼び止めて、朝日向さんには聞こえないくらいの小さな声で言ってくれた。



「頑張れ、少年」

「………あ、ありがとうございます…また来ます」

「ふふっ、こちらこそ。ありがとうございました」



深く挨拶をしてから、僕は朝日向さんの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る