49話 提案
皿洗いまで終えた後、わたしはまた五十嵐君の部屋に来ていた。パソコンの前で座っている五十嵐君は今にも目に見えるくらいおどおどしていて、ちょっとだけ可笑しかった。
……そんなに緊張するものなのかな。まぁ、こんなところも五十嵐君らしくて、可愛いんだけど。
「そうだ。五十嵐君、ギターすごく上達してるんだね。昨日の演奏もそうだし、料理している間にも歩夢ちゃんに教えるの、ずっと聞いてたよ?」
「ぜ……絶対にそれほどじゃないよ!僕はただ、ギターを弾いた時期が長かっただけだから……」
「え、本当かな~~最近流行っている曲も色々弾いてたでしょ?歩夢ちゃんの前で」
「あれは歩夢が急かすから…いつもあれ弾いて、これ弾いてっていつもせがんでくるし」
「へぇ~シスコンなんだ」
「シスコン…は、そうかもしれないけど」
「………否定はしないんだ」
口元に手を添えて笑い声をこぼした後、私は今日の目的でもある話を切り出した。
「えっとね、聞きたいことが一つあるんだけど」
「うん、なに?」
「五十嵐君って、好きな人とかいる?」
「す…………?!」
その分かりやすい反応を見て、私は思わず五十嵐君の方へ身を乗り出してしまった。
「いるんだ!いるんだよね?じゃなきゃこんな反応出ないもん!」
「そ………れは……その……」
まともに言葉も紡がず、五十嵐君は体を強張らせてずっともたもたしている。わたしは段々と浮かれていった。興奮のあまりに甲高い声を上げるほどにはノリノリだった。
私だって所詮は恋バナが大好きな女子高生。それにこんな素敵な男の子の好きな人が誰なのか、少なからず好奇心もあったのだ。
「……い……いる…けど」
「本当?!誰?誰?!もしかしてうちのクラス?それとも先輩?後輩?!お隣さん?!」
「ちょっ…ちょっと!なんでそんなに噛みついてくるの?い……いったん落ち着こうよ!」
「あ………はははっ、ごめんね」
制止されたときにようやく体をぶるぶる震わせる五十嵐君が目に入ってきて、私は苦笑しながら体を引いた。確かに今のは浮かれすぎていたかもしれない。
「ごめんね?でもまさかいるとは思わなかったから。すごく気になるし」
「き…気になるの?!なんで?!」
でも、今度は五十嵐君が目を見開いてわたしの言葉に噛みついてきた。
………あれ?わたしなんか変なこと言ったのかな?
「えっと……なんとなく?友達の恋愛事情って普通に気になるし、それに応援もしたいから」
「……は、ははは……ですよね。そうですよね……」
「……なんで落ち込むの?わたしなんかイヤなこと言った?」
「いや、心配しなくていいよ……ただ僕が間抜けなだけだから」
「間抜けって…五十嵐君、自分を卑下するのはよくないと思うな~」
「ははははは………はい……」
でも本当にいるんだ。私はなんか微笑ましい気分になって五十嵐君を見据える。
今は頭を抱えて落ち込んでいるけど、男らしい姿もあって責任感もある男の子。それに私が気を許せた数少ない友達。
……うん、決めた。
五十嵐君には、ちゃんと恋愛を成就してもらおう。
「さっきの言葉は本心だからね?五十嵐君の恋、応援してるよ?」
「……はい、ありがとうございます」
なんだかすごくがっかりした顔をしてるけど……まぁいっか。
「そこで、わたしからの一つ提案があります」
「…提案?」
「うん。今の様子を見ると五十嵐君、好きな人のこと教えられないんでしょ?」
「それは………」
だいぶ間をおいてから、五十嵐君は顔を赤らめてから肯く。まぁ、照れ屋さんだからしょうがないか。
「……ごめん。えっと、朝日向さんを信頼していない訳じゃなくてね、ただその……き、気恥ずかしいというか……」
「そんなことだろうと思ってた。そこでね、提案なんだけど、私がその好きな人と付き合えるように手伝ってあげたらどう?」
「……………え?手伝うって、何を?」
彼の呆けた顔を見てクスクス笑いながら、わたしは胸を張って言い出す。
「わたしが、五十嵐君の恋愛が成就できるように、協力するってことだよ?」
「……え?」
「恋愛相談に乗るとか、スタイルや格好を決める時とか、色々アドバイスしてあげるから。ほら、五十嵐君もその好きな人と近づきたいとか、告白して付き合いたいと思ってるんでしょ?」
「それは……」
五十嵐君はだいぶ戸惑ってはいたけど、間もなく目をつぶって深呼吸をし始めた。きっと、心を固めるためなのだろう。
そして、彼はずっと俯きがちの顔を上げて、わたしとちゃんと視線を絡ませてくる。その迫力に、少しだけ驚かされてしまった。
…この目だ。
昨日見たこの真摯な目つきと表情が、彼がどれだけ本気なのかを伝えてくれる。
その人がどんなに好きなのかを、私に教えてくれる。
何故か、体の中でドクンと心臓が鳴る音がした。
「確かに、付き合いたい……」
「………そうなんだ」
「うん。好きな人に……ちゃんと告白して、付き合いたい」
「……」
目を見てれば自然と伝わってくる。本当にあの人が好きなのだろう。私は口角を上げながら肯く。この提案には、少なからず自分の下心がこもっていた。
五十嵐君ほど優しい人ならどんな恋愛をしていくのかを見てみたかった。こんなにも純粋な人がどんな風に恋を育んでいくのかが、知りたかった。
恋というモノの正体を、私は知らないから。
五十嵐君の恋はどんな色なのだろう。その色の正体に、私は近づけられるのか?
まぁ、こういっても半分は気晴らしで、五十嵐君を応援するためなんだけど。
でも言い出したことだから、わたしも全力で行きますか。
「うん、わかった。手伝ってあげる。五十嵐君の恋が成就するまで」
「じゃ……じゃ、よろしくお願いします」
何故だか、五十嵐君はずっとぎこちない顔をしてたけど。
わたしは心から湧き出る微笑ましさを感じながらも、これからどうするべきか考えを巡らせるのだった。
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