48話  家族

朝日向あさひな ゆい



『彼の音楽のおかげで僕はだいぶ変わったと思う。だから僕もいつかはバリアみたいに、誰かに希望を与えるような存在になりたいな……って』



すごいな、五十嵐いがらし君。

真っ先にそんな感想を抱いてしまう。五十嵐君がそんな真面目できっぱりとした顔をするなんて、想像もしてなかった。

私が見てきた五十嵐君は、いつも照れ屋さんで優しいだけの、無害な子動物みたいな存在だったのに。

そっか、五十嵐君も男なんだと思うと、少しだけ口元からほほ笑みが滲み出た。



「今日は楽しかったな」



暗くなった部屋で、ぼっそりとそんなことを口にする。夜の9時、両親は未だに帰っていなかった。

こんな時に、私は何をすればいいのか迷ってしまう。もし夕方まで五十嵐君の家にいなかったら、きっと暇を持て余した挙句くたびれたところだろう。五十嵐君が家に誘ってくれて、よかったなと心底思った。



「ふう………」



わたしも、五十嵐君や歩夢ちゃんみたいに兄妹がいたら楽しく過ごせるのに。毎回友達と電話でやり取りをするのもさすがに申し訳ないし、ゲームもあまり楽しくないし……

………はぁ、退屈。

ベッドで横になったまま、私は目を閉じて考えを巡らせた。主に、五十嵐君について。



「かっこよかったな……」



そんな言葉が自然と漏れて驚いた。でもすぐに苦笑しながら、肯く。

そう、私は間違いなくかっこいいと思ったのだ。

五十嵐君の昔話を聞いて、彼の頑張りを見て純粋に尊敬できると思った。それに歩夢ちゃんの面倒を見たり料理をしたりする姿は、女の子をキュンとさせる何かがあって。

…なのに五十嵐君、あまりモテてないんだよね。どうしてなのかな。

不思議だなと思った頃、一瞬にして頭の中であるアイディアがひらめいた。



「…そうだ」



次に訪ねる時は、五十嵐君の恋愛事情について少し聞いてみよう。

五十嵐君みたいな人はどんな人が好きなのか、もしくはどんな恋愛をするのか……応援するのを兼ねて、遠くから見てみたい気もした。

わたしには、恋愛なんてよく分からないから。



「…………」



何だかんだ考えているうちに、自然とまぶたか重くなっていく。両親は未だに帰ってこなかった。

いつもとあまり変わらない、一人ぼっちの夜。今日は少しだけ、その淋しさが濃く感じられた。

……いいよね。お風呂も入ったし。早く明日になって、みんなと会えるといいな……

眠りに落ちる前、わたしは密かにそんな願いを口にした。







そして次の日、私は昨日と同じ時刻に五十嵐君の家に訪ねていた。

家のチャイムを押すと今度は五十嵐君じゃなく、妹の歩夢あゆちゃんが姿を見せてくれた。



「こ…こんにちは…」

「うん、こんにちは!歩夢ちゃん」



本当可愛いなぁ……私の妹にしたいくらい。

そんなことを思いながらニヤニヤしてると、歩夢ちゃんは恥ずかしさに耐えれなかったのか逃げ足でお兄ちゃんのところへ行ってしまった。

その後姿を見守りながら中へ入ると、ちょうど五十嵐君と目が合った。



「……こ…こんにちは」

「ぷふっ、こんにちは。ていうか一時間前まで一緒にいたじゃん!」

「それはそうだけど……なんていうか、ウチに朝日向さんがいるのがまだ慣れなくて」

「あ……もしかしてわたし邪魔だったの?じゃー」

「いやいやいや!!違うから、全然違うから!帰ろうとしないで!」



…本当、兄妹そっくりだな。ちょっといたずらしただけでぱたぱたと手を振って。

まぁ、どうせ帰る気はなかったんだけど。なにせ、近所のスーパーに寄って買い物までしてきたのだ。

こんな時に追い出されたら、さすがのわたしでも怯んでしまう。



「えっと、スーパー寄ってたの?そのビニール袋は……」

「うん。私が料理するって昨日言ったでしょ?だから、今日の料理担当は譲ってもらおうかな」

「それは構わないけど…レシートあるよね?それ見せて。代金は半分払うから」

「えっ、いいよ別に。私が勝手に買ってきただけなのに」

「それでも、僕たちも食べるものなんでしょ?もし代金を受け取らないなら、今日の料理は僕がするから」

「むっ……」



こんな時には強情になるんだな…五十嵐君。

ちょっと頬を膨らませてはいたけど悪い気は全くしなかった。もう馴染んできたリビングに入って、わたしはレシートを取り出して彼に差し出す。



「はい。ここにありますよ、ここに」

「ありがとう。1500円か……後でちゃんと払うね。えっと…メニューはなんなの?」

「それは、秘密です」



人差し指を口元にあてながら、私はニコニコと笑って見せる。

五十嵐君は仕方ないと言わんばかりに苦笑して、肯いてくれた。



「……分かった。じゃ、楽しみにしてるね」

「あ、絶対にキッチンに入っちゃダメだよ?絶対だよ?」

「……分かりました。歩夢にも言っておく」

「うん!」



まぁ、秘密と言っても大したことはないけどな。なにせ、メニューはごく普通なオムライスなんだから。今まで一人で何度も作って、何度も食べてきた料理たから自信があって選んだメニューだった。

二人には見えないようにして背を向けて、私は袋にある食材を取り出していく。もも肉と卵、玉ねぎくらいしか買ってないけどこれくらいあれば十分だと思った。五十嵐家のキッチンには調味料がいっぱい備えられているので、味付けの心配はない。

そして予想通り、冷蔵庫の中には色んな食材があった。パセリまで置いてあったからつい目を丸くしてしまった。

……よくよく考えたら食代、受け取らない方いいのかも。

うん、後で話そう。意を決して、私はリビングにいる五十嵐君に尋ねた。



「五十嵐君~!冷蔵庫にあるバター使っていい?」

「あ、うん!何でも使っていいよ」

「ありがとう~」



私はさっそく作業に入った。オムライスは既に手慣れていて一番自身のある料理だから、ミスをする余地もない。私はほぼ機械的に作業を進めて行った。

そしてちょうどお米を詰めた鍋をコンロにセットしようとした時、リビングから鮮やかな旋律が響いてきた。



「これがCコードの押さえ方。ほら、やってみて?」

「ぶう……難しいよ」

「歩夢が教わりたいって、いつも駄々こねるからでしょ?」

「むっ、お兄ちゃんなんか知らない」

「ほら、聞こえてるぞ?」



顔をあげると、二人の姿が見えてきた。

五十嵐君は、いつの間にか歩夢ちゃんを膝の上に座らせてギターの弾き方を教えていた。リビングのソファーに座ったまま、とっても優しい顔で歩夢ちゃんを見守っている。

そして歩夢ちゃんも頬を膨らませているものの、背中を五十嵐君にくっつけたまま熱心に指を動かしていた。

その姿を見てると、暖かい何かが波のように押し寄せてきて。



「……………」



ああ、家族だなと実感させられる。

二人は、本当に家族なんだ。ぽかぽかで優しさが満ち溢れるこの空間は、家族だけのもの。

その事実を痛感して、わたしはまた淡く微笑んでから目をまな板の方に移す。



「……よし」



わたしもこの家に受け入れられるよう、努力しないと。

この時間がずっと続けたらいいなと願いながら、わたしは手を動かすスピードを増していった。

そして30分くらい経って出来上がったオムライスを見て、二人は目をパチクリさせた。



「……すごい出来。本当に食べていいの?」

「ぷふっ、当たり前じゃない。そもそも食べてもらうために作ったんだから。ほら、歩夢ちゃんもどうぞ?」

「…い、いただきます」



歩夢ちゃんはロボットが動くみたいにぎこちなくスプーンを取って、もたもたしながらも私が作ったオムライスを口に含んだ。そして次の瞬間、目を見開きながらまた一匙食べてくれる。

やった、成功!!



「美味しい……これは想像した以上…」

「あ、私の腕を舐めてたでしょ~」

「いや、そうじゃなくて!本当に美味しかったからつい!」

「ふふふっ、分かってる。ほら、食べよ?」

「ムッ……ま、負けるのは今回だけですからね」

「あらあら。何に勝負してるのかな~」

「ムムムっ……」



歩夢ちゃんが何に対して勝負してるのかは分からないけど。でも食べる姿さえも可愛すぎて、自然と口元が緩んでしまった。

そっか、家族の食事ってこういう感じなのかな。最近はほぼ感じてない温もりが、ここでは確かに感じられる。

よかったなと思いながら、わたしたちは残さずオムライスを全部平らげた。



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