46話 ハマったきっかけ
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「美味しい…」
当たり前というべきか、
すらすらと料理してるところを見て上手だなと気付いてはいたけど、いざ現実を直視されるとさすがにショックだった。こんな絶妙な味付けは、私にはできない。
なのに張本人の五十嵐君は不安そうな顔をして、チラチラと私を覗き見ていた。安心させるようにして、今度はもっと大きな声で感想を伝える。
「美味しいよ、すごく」
「…えっと、なんか不機嫌そうだけど、
「え?!あ、ごめん。そんなことないよ。本当に美味しいから。むしろ美味しすぎてショックというか、これと同じレベルの料理を作らなきゃいけないのか……なんて思ったらちょっと自信なくなってきて……」
「別に負担に思わなくてもいいから。そもそも僕が全部料理してもいいのに」
「それじゃ不公平でしょ?その案は却下。私だってそこそこ……五十嵐君ほどではないけど、ある程度は料理できると自負してるし」
「じゃ期待してるね。どう?
「うん。お兄ちゃんの味がする」
「……普通は、お母さんの味じゃないかな」
ツッコミされながらも美味しく食べる歩夢ちゃんの姿は、とても幸せそうだった。
そっか、歩夢ちゃんは毎日こんな料理を食べられるんだから、ムリもないっか。
「こ~ら。野菜もちゃんと食べる!」
「うううう……お兄ちゃんがいじめる……」
こんな風に面と向かって兄妹のやり取りを聞いてると、癒されるような感じがした。
これが本当の家族だと言ってくるみたいに、暖かな表情で寄り添っている兄妹。
……やっぱり、羨ましいな。
私にも、妹や弟がいてくれればよかったなのに。でも私に下の兄弟ができるなんて、それは夢のまた夢の話なのだろう。
……私の家族は、あまり家族じゃないから。
「朝日向さん?」
「うん?あ……ごめん。ちょっと考え事しちゃって」
「……えっと、本当に不味くないよね?」
「当たり前だよ~ちゃんとご飯の一粒まで食べるから、安心して?」
「そこまではしなくていいけど……」
ふう……気を取り直そう。こんな幸せそうにしている二人を前にして、自分だけ
作ってくれた料理も、きちんと食べなきゃ。
「…
「そうだね……」
普段自分が作った献立を思い返しながら、わたしは言った。
「一応自炊料理とか、簡単な物はなんでも作れるよ?一人でいる時間も多いし、毎日弁当で済ませるのも飽きちゃうからたまたま作ったりするんだよね。さすがに五十嵐君みたいに日常的に料理してるわけじゃないから、腕には自信ないけど」
「…じゃ、普段はどんなメニューを作るんですか?」
「そうね、普段は……チャーハンとかパスタとか、後はインターネットで流行る丼もののレシピを調べて作ったりするね。そういえば汁物はあまり挑戦してないかも」
「ふうん……そうですか」
「……えっと、なんでそんな得意げな顔?」
「いえ、やっぱりお兄ちゃんの方が料理上手だなって」
……何なのかな、この意味のないドヤ顔。
あからさまにからかおうとするのを分かってるのに、なんだが悔しい……!
「あ、歩夢!そんなこと言うんじゃない!ごめんね、朝日向さん。この子意地っ張りな所があるから……」
「ううん、気にしないで。これっぽちも気にしてないから、あははは」
「……ほ、本当に?」
「うん。本当だよ?もう~五十嵐君、なんでそんなに怯えた顔してるの?あら?歩夢ちゃんまで~」
おかしいな。ずっとニコニコしてしてるはずなのに、なんで二人とも抱き合ってぶるぶる震えてるのかな?
食事を終えてから、歩夢ちゃんは何故だか青ざめた顔で部屋に駆け寄って行った。
……やりすぎたのかな?ちょっとだけ、本当にちょっとだけキレ……いや、気にしてただけなのにな。
小首をかしげながらも、とりあえずわたしは与えられた皿洗いという仕事をこなしていく。料理担当である五十嵐君はリビングでゆっくりと休ませてもらっている。
そういえば、これから何をすればいいのかという疑問が頭をよぎった。
『普通は……部屋で遊んだりするんだよね』
このまま家に帰るのはなんだか薄情な気がするし、かといって五十嵐君と二人きりで遊ぶには会話のネタがあまり……いや、あるじゃん。
音楽。
そうだ。曲のお勧めをしてもらえばいい。五十嵐君が私に勧めてくれる曲は、たった一度も私の趣向から外れたことがないのだ。
音楽のことなら学校でもちょくちょく盛り上がっているしその上、五十嵐君の部屋も見れるチャンスにでもなるから。よし、これで行こう。
ちょうど思い切ったところで皿洗いも終わりが見えてきたので、私は五十嵐君を呼んだ。
「五十嵐君~後で五十嵐君の部屋に上がってもいい?」
「は………えええっ!?」
……あら、なんで驚くのかな。
「えっと、最近出た新曲とかおすすめしてもらえないかって。もしかしてダメだった?あ、さてはエッチな本とか持ってるな~」
「違うよ!ただ………いえ、なんでもありません」
「ふふん~で、返事は?上がってもいいんだよね?」
「…………はい」
「うん、分かった」
つい噴き出しそうになるのを我慢して、わたしは素早く流し台に視線を戻せる。
ああいうところがあるから、五十嵐君は信用できると思う。感情がそのまま顔に出るタイプで、隣にいても安心できる人。それなりに疑い深い私でも、五十嵐君のような人なら信頼できた。
とにかく皿を全部洗ってから、私は五十嵐君と共に2階にある部屋に向かった。
「わぁ……」
「ど…どうぞ」
一目見た瞬間、私はつい口をあんぐりと開けてしまった。
部屋のあちこちに貼ってある様々なアーティストたちのポスター。
机の上には大きなスピーカーとパソコン、シンセが備えられていて、端っこにはヘッドホンが掲げられていた。クローゼットの横にはギターと電子キーボードが置いてあって、まるでバンドをしてるミュージシャンが使いそうな部屋だった。
正直、私はかなり驚いていた。
五十嵐君が音楽好きなのは分かっていたけれど、こういう楽器とか音響設備まで買い揃えていたなんて思いもしなかったから。
「すごいね。まるで歌手さんの作業室にみたい」
「ほとんどがお母さんが買ってくれたものなんだけどね」
「そうなんだ……あっ、あそこのギターはよく弾いたりするの?」
「まぁ…たまにね。あまり他人に披露できる実力ではないけど。あ、その椅子に座って」
すごい……なんだかワクワクしてくる。異性の部屋に上がるのも初めてなのに、まさかこんなに面白いものがある部屋だなんて。
心の中で感心しながらも、わたしは五十嵐君の言う通り机の横に置いてある丸椅子に腰かけた。
「……えっと、それでその……新曲のおすすめだっけ?」
「うん。おすすめが嫌なら、五十嵐君がギターを弾いてくれてもいいよ」
「それは遠慮しておきます」
「もう、意地っ張りなんだから~」
開き直るの可愛いな、もう。
とにかく私は足をピンと伸ばしながら、五十嵐君と共にパソコンの画面を眺める。
五十嵐君は段々と真剣な表情になって曲を探し始めた。普段の彼からは見たことのない、何かに没頭している顔だった。
「…………」
何故か、その横顔から目が離せなくなった。
たかが曲のおすすめなのに、本当に熱心に探してくれているから。そこまでしなくてもいいのにと思いながらも、口元には自然と笑みが滲み出てしまう。
こんな表情もするんだなと気付く。今日は色んな意味で、五十嵐君に驚かされるばかりだった。
「えっと、この曲はどうかな?一度聞いてみる?」
「うん」
スピーカーを通して流れてくるメロディーは、機械的な音が混ざりながらもどこか新鮮で中毒性のあるものだった。
やがて、何度か聞いたことのある声が交えて歌が始まる。この声の主を、わたしは知っていた。
「あ、バリアだ」
「うん、当たり」
曲は全体的に落ち着いた雰囲気で、本人が感じてきた淋しさと色々なコンプレックスを告白する内容だった。フィーチャリングした女歌手さんの綺麗な歌声と相まって、ラップで本人の悲しみの感情を膨らませていく。
すごい、と私は素直に感嘆した。
ヒップホップはあまり好きじゃないけど、五十嵐君がおすすめしてくれる曲はいつもまんべんなく心に刺さる。
不思議だと思った。彼はいつも私の感性にぴったりな曲だけをおすすめしてくる。まるで私を昔からよく知っていたかのように。
「どうだった?」
「うん、すごくよかった。ありがとうね」
「どういたしまして。聞いてもらったこっちがありがたいよ。えっと、他もおすすめしてあげよっか?」
「ふふっ、どうせまたバリアの曲なんでしょ?」
「さすがにそこまでは……いや、もちろんまだ他にお勧めしたいのはあるけど」
「ちょっと、バリアのこと好きすぎるんじゃない?」
「そりゃ……一番好きなアーティストで、力をもらったから。好きになるのも仕方ないよ」
「へぇ……」
私はもう一度部屋を見回る。
再び見て気づいたことは、壁に貼ってあるポスターの半分以上にバリアが映っているということだった。金髪で、一間矮小にも見える若い白人男性。
「五十嵐君はね、なんでそんなにバリアにハマったの?ただ単に曲が好きだから?それとも他の理由があったりする?」
「………」
五十嵐君は、その問いに悩むようにして目を伏せながら考え始める。
そして時間がずいぶん経ってから、彼はぎこちない笑みを浮かべながらこう言った。
「えっと……それを言うにはちょっとだけ昔話をしなきゃいけないんだけど。だからその……なんて言うか、朝日向さんにとっては重いかもしれないって言うか」
「…そうなんだ」
「うん。だからこの話は――」
「聞きたい」
ぱっと身を強張らせた五十嵐君に対して、わたしは首を傾げながら言った。
「あ、もちろん五十嵐君がイヤじゃなければだけど。でもわたしは……聞きたいな。五十嵐君の昔話」
「……朝日向さん」
「ふふっ。ドンと来い!」
「……分かった。じゃ言うね」
聞きたい。私ははっきりそう思っていた。五十嵐君のことをもっと知りたいって、自分自身が驚くほどに強く思っていた。
そして、だいぶ間をおいてから放たれた次の言葉に、私は少しだけ目を見開いてしまった。
「…ウチの家、実は母子家庭なんだ」
五十嵐君は淡い笑みを浮かべながら、話を切り出した。
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