45話 家族写真
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放課後、私は一度家に帰ってから着替えて五十嵐君の家に向かった。到着してみると家庭的な雰囲気が漂う一軒家が視界に入ってくる。
インターホンを押して家を見上げていると、すぐに
いつも制服姿ばかり見てたから、部屋着姿の五十嵐君はちょっと新鮮だった。
「こ………こんにちは」
「ふふふっ、こんにちは」
「上がって。えっと……夕飯食べるにはまだ早いから、その間は適当にくつろいでて」
「うん、お邪魔します」
自分の家なのに五十嵐君はもじもじして言葉を濁していた。全く、招待した側がなんでそんなに緊張しているのかな。
でも、五十嵐君のこういう透き通っている部分は好きだった。感情がそのまま顔に出るから、いい意味で安心できるのだ。
「でも買い出しは?私はてっきり、夕飯の買い出しでもするかと思ってたんだけど」
「一緒に……?!いや、それはムリ。クラスの子たちに変に噂されるよ?」
「へぇ…そんなこと気にしてくれてるんだ。私は別に大丈夫なのに」
「えっ、どうして大丈夫なの?」
「だって、学校でも五十嵐君とはしょっちゅう話してるじゃない。私たちが一緒にいるのってそんなに珍しいことかな」
「……と、とにかく僕はムリ」
「もう~」
そんなやり取りをしながら、私たちは家の扉を潜った。そして靴を脱いで、リビングに向かおうとしたその時。
おそらくリビングに繋がっているはずのドアが開いて、下から小さな女の子がぴょこんと姿を現した。
「………うっ!」
そして次に私と目が合った瞬間、その子は言葉通りドアをドカンと閉じた。一瞬のことだったので驚きながらも、私は隣にいる五十嵐君に視線を向ける。
「…あの子って」
「あはは…照れ屋さんだから。ごめんね?あの子がウチの妹の
「歩夢ちゃん……」
…照れ屋さんなのは、お兄ちゃんとそっくりなんだ。
あとパッと見ただけだけどすごく可愛かった気がする……思わず抱きしめたいくらいに。
間もなく私たちがリビングに入ると、ソファーで座っていた歩夢ちゃんがビクッと体を震わせるのが見えた。ちょっと苦笑してしまう。
まぁ、こっちから挨拶した方がいいよね、うん。その子に近づいて目線を合わせた後、私は言う。
「はじめまして。お兄ちゃんの友達の朝日向結です。えっと、今後ともよろしくね?」
「い……五十嵐、歩夢です。よ…よろしく、お願いします……」
顔を真っ赤にしても、歩夢ちゃんはちゃんと私と目を合わせてくれた。
………その姿につい、両手で口元を覆ってしまう。
「えっと……あ、朝日向さんって呼んで……いいですか?」
………可愛い!!
え、なにこの生き物?なんなの?こんな……こんな絵に描いたような美少女が……!
「…朝日向さん?」
「はぁ……はぁ」
「ひ……ひいぃ…!」
「あ……朝日向さん?!」
「あの…あ、歩夢ちゃんって呼んでもいいかな?!」
「あ……はい」
ヤバい。喜色悪い笑みが止まらない。なんでこんなに浮ついているのかな、わたし。
一方で歩夢ちゃんは身の危険を感じたのか、そそくさと五十嵐君に駆け寄って後ろに隠れてしまった。腰回りで顔だけポツンと出して私を見ている。
「あ、歩夢?」
「お兄ちゃん。あの人……こわい……」
「あ………」
「あ、ちょっと?!朝日向さん?!そんな世界が滅ぼしたような顔やめて?!」
「や…やっぱりダメ。前の許可はなし。ずっとお兄ちゃんと二人きりがいい。この泥棒猫」
「うん?泥棒猫?」
「ど…ど…泥棒猫なんて!そんなんじゃないから!」
「ダメ。嫌い。お兄ちゃんは私のものなの!お兄ちゃん答えて。私とあの人、どっちが好き?どっちが大事?!」
「へぇ、それは私も聞きたいかも~五十嵐君は私と歩夢ちゃん、どっちが好き?まさか学校で毎日顔を合わせて、毎日お話ししてる私よりも妹さんのが大事、だなんて言わないよね?心優しい五十嵐君なら」
「くうっ………!ほら、お兄ちゃん!泥棒猫じゃん!はやく追い出して!!」
「朝日向さんも刺激するのやめて!!違うから。そもそもど……ろぼうねこなんて、歩夢が考えているそんなんじゃないから」
「な~んてね!あはははっ」
「お兄ちゃん!」
「誰か助けてぇ………!!」
反応があまりにも面白くて、つい涙が滲み出るほど大声で笑ってしまう。心がぽかぽかと温まる感じがして、好きだった。
とにかくこれ以上いじるのはさすがに五十嵐君に悪い気がして、私は歩夢ちゃんに近寄りながるべく優しい声で語りかけた。
「ごめんね?歩夢ちゃん」
「ひ……ひいい」
……あれ、なんで?なんでまた怖がられてるの?
ううっ……そんなつもりはなかったのに……これからはちゃんと丁寧に接しないと。
「えっと、意地悪したのは本当にごめんなさい。でもわたし、別に泥棒猫じゃないからね?五十嵐君とはただの友達で、歩夢ちゃんが思うような関係でもないから。歩夢ちゃんの大好きなお兄ちゃんは、これからもずっと歩夢ちゃんのものだよ?」
「…ははは。そうですよね、ははは…………」
「うん?どうしたの、五十嵐君?」
「……いえ、なんでもありません」
「そっか。まぁ、とにかく私はお兄ちゃんをとったりはしないから、安心して?」
「……本当、ですか?」
「うん、約束する」
「…分かりました。その……朝日向さん」
「あ、結さんって呼んでもらえると嬉しいかも」
「……じゃ、結さん。さっきは追い出してとか酷いこと言って……その、ごめんなさい」
「……………」
な………にこれぇ!!!
こんなに可愛いのに性格まで天使みたいだなんて……くふっ!
「あの……五十嵐君?」
「うん?」
「もしかしてその…歩夢ちゃんを一日だけ貸してもらうとか、そういうのは」
「ないから」
「ひ……ひぃぃ……」
「……ちぇっ。五十嵐君のいけず」
…めっちゃ錆びた声で断言されたんですけど。でもそうだよね…そもそも歩夢ちゃんが嫌がるはずだし。
「お兄ちゃん、大好き!」
「あ、ちょっと歩夢……腰痛い…!」
それから、わたしたちはソファーに座って約一時間以上も話を盛り上げていった。
話の内容は五十嵐君が学校でどう過ごしているかを歩夢ちゃんに説明するのがほとんどだったけど、歩夢ちゃんの目がすごくピカピカ輝いていてつい調子に乗ってしまった。当の五十嵐君は、隣でずっと赤面しているばっかりだった。
そして夕方に近づいた頃、わたしと五十嵐君は本格的にキッチンに入って料理の準備をした。
「もしかして生姜焼き?」
「うん、当たり。生姜焼き定食だよ。味噌汁は作り置きの分があるから、サラダと生姜焼きだけ作れば終わり」
「手伝えることはないかな?」
「ううん、いいよ。ゆっくりしてて。テレビ見ててもいいし、歩夢と遊んであげてもいいけど…まぁ、歩夢は疲れたみたいだから、たぶん呼び出すまでは顔を出さないと思う」
ちなみに歩夢ちゃんは、会話が終わってからすぐ自分の部屋に行ってしまった。五十嵐君曰く、人と会話するためのバッテリーが切れたらしい。少し申し訳ない気がした。
「わたし、今日歩夢ちゃんをいじりすぎたのかな…初対面なのに馴れ馴れしくしてたから」
「心配いらないと思うよ?歩夢も嫌っているようには見えなかったし、そもそも本当に苦手だったら顔に出るタイプだから。きっと朝日向さんのこと、ああ見えてけっこう気に入ってくれてるんだよ」
「そっか……よかった」
本当によかった。これからもこの家にちょくちょくお邪魔するつもりなのに、歩夢ちゃんに嫌われたらさすがに足が重くなるから。
「明日はバイトないんでしょ?じゃ、明日は私からなにかご馳走するね」
「えっ……いや、いいよ!お客さんにそんなことさせるわけには…」
「……わたしお客さんじゃない。これからもけっこう通うつもりでいるのにな~そっか、あくまでもお客さん扱いか」
「あ、いや!そうじゃなくて。申し訳ないというか、恐縮だというか……」
「恐縮って……ぷふっ。やっぱり五十嵐君、なんか変」
本当にからかいがいがあるんだよな。顔もかわいいし、家庭的だし、気配りもできて優しいし。年上の人たちにはけっこうモテるんじゃないかと思う。彼女がいても、全然おかしくないと思うけど…
…まぁ、これは私が考えることじゃないっか。
「じゃ、お言葉に甘えて。生姜焼き、期待してるね?」
「…うん!頑張る!」
彼がボールを取り出すのを見届けてから、私はリビングにあるソファーにゆっくりと腰かける。リビングの面積がそんなに広くないおかげで、真っ正面にあるテレビ以外にも色んなものが目に入ってきた。
ショーケースの中にびっしりと詰めてある音楽のCD、五十嵐君か歩夢ちゃんかは分からないけど、赤ちゃんの写真が入っている小さな写真立て。いかにも生活感が満ち溢れているから、未知の世界にでも来たようだった。
私の家とは、何もかもが違っていた。
立ち上がって、わたしは壁につけられた飾り棚に目を向ける。そして、ある写真に目が釘付けになった。
「…………あ」
家族写真だった。ご両親がまだ幼い五十嵐君と、赤ちゃんである歩夢ちゃんを各自抱き上げながら取った写真。
小学生っぽい五十嵐君が映っていて自然と笑みが滲み出る。五十嵐君、この頃も可愛かったんだ。そして正真正銘の赤ん坊である歩夢ちゃんと、両親の顔を順番に見た。
「へぇ……」
写真の中でなによりも目を引いたのは、五十嵐君のお父さんの姿だった。
五十嵐君が育ったらこんな風になるんだなと思ってしまうほど、二人はだいぶ似ていた。
透けた笑顔も、人柄のよさそうな雰囲気も何もかもが同じだった。
「…あれ?」
でも、このお父さんが家族と一緒に映っている写真は、これが最後だった。
他の家族写真にはお父さんを除いた3人しか写っていない。他には全部一人か、もしくは五十嵐君のお母さんと共に撮った写真だけだった。
それで、わたしはようやくある事実に気づく。
私は今までたった一度も、五十嵐君のお父さんについて聞いたことがなかった。五十嵐君とは、それなりにたくさん話したつもりなのに。
「………」
……とんでもない無礼をしたのかもしれないという思いが、一瞬にして頭の中をよぎる。他人がむやみに足を踏み込んでいいところじゃないのに。
キッチンで熱心に肉を切っている五十嵐君の顔を見た後、私はその飾り棚から目をそらした。
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