44話  家の許可

五十嵐いがらし 響也きょうや



ゆいちゃんて、響也が好きなあの子でしょ?」

「ぷうううっ!!」

「あっ、お兄ちゃん!汚い!」



あまりにも驚いてつい水を噴き出してしまった。なんで?なんでお母さんが朝日向あさひなさんを知ってるの?え?どうして???



歩夢あゆからちょくちょく聞いてるわよ。大好きなお兄さんがどうやら片思いをしてるぽいってさ~」

「ちょっ……!!!ママ!!」

「ふふふっ。それで、響也?実際はどうなの?あの子のこと好き?」

「……………そうだけど」

「あらあら」



なんでそんなに嬉しそうなのか。いきなりお赤飯を炊かれるんじゃないかと少々不安になってきた。ウチの母は、冷静で計画的な人に見えて意外と突発的な行動を起こす人なのだ。

朝日向さんと約束をした後、僕はさっそくその翌日の夕方に家族と話し合っていた。もちろん朝日向さんが家に来ることについての許可を得るためだった。

幸い、お母さんは満面の笑みを湛えて肯いてくれた。



「だったら、私は全然構わないわよ。響也のことちゃんと信じてるから。惜しいわ~響也がべた惚れになったあの子の顔、一度でも見たかったのにな……」

「………絶対に見せてあげないから」

「ふふっ、それで?どうするつもりかしら?お兄さん?」



お母さんの視線に連れて目を向くと、ちょうど僕の隣の席でほっぺを風船のようにぱんぱんと膨らませている可愛い生き物が目に入ってくる。

五十嵐歩夢。僕たち家族の宝物で、間違いなくこの家の絶対権力者である。



「ダメ」

「………そ、そうですか……」



あまりにもきっぱりと断言されたから、ついひるんでしまう。



「絶対にダメ。そもそもお兄ちゃんの下心がまる見えだからダメ。ダメ!!」

「ああ~残念だわ~」

「母さんは見てないでちょっとは手伝ってよ!!」

「だって~~私はいつも女の子の見方だから、仕方ないじゃない。このお・ん・な・た・ら・し」

「はぁぁぁ?!」

「ダメ。ダメ!あと百回は言える。地球が滅んだ後でも言えるから!絶対にダメ!!」



あああああああああああああああああああああ………

神様………なんで……なんで僕の恋路はこんなにも……!



「はああああぁ……」



……まぁ、仕方ないのかな。

そもそも事前に家族と相談もせず勝手に言い出した僕が悪いし、なにより極端な人見知りの歩夢に負担をかけてまで、朝日向さんとの距離を縮めたくはないしな……ふう。

朝日向さんとの関係はもちろん大事だ。ちゃんと大切で、心の底から好きだと言い切れる人なのだ。でも僕は恋も大事で、音楽も大事で、家族も大事だから。

その中で一番大切なのは、やっぱり家族だから。



「分かった……後で朝日向さんに言っておくね」

「…響也」

「確かに僕が勝手に話を進めたことだから、異論はないよ。ごめんね?歩夢。お詫びに明日はコロッケでも作ってあげるから、それで許して?」

「…………えっと、その」

「じゃ、僕はもう部屋に戻るね。みんなおやすみ……」



そっか……言われてみればさすがにムリだよね。朝日向さんにも負担をかけてしまうことになるから。

それに朝日向さんと一緒にキッチンに立って、朝日向さんが作ってくれた料理を食べて一緒にお話して……そんな都合のいいこと、僕の人生で起こるはずがないじゃん。

でもさすがに落ち込むな…これは何曲かうるさいのを聞かないと。



「ちょっと、響也!!待ちなさい」

「……うん?」

「歩夢が言いたいことがあるんだって」



それは母さんのとっさな言葉だったのか、歩夢は一瞬口をあんぐり開けてからずっと目を転がしておどおどしていた。なにこの生き物、めちゃくちゃかわいいんですけど。

…じゃなくて、母さん。今年で10歳になったばかりの女の子になんという試練を。



「えっと、歩夢。ムリしなくてもいいんだよ?知らない人と一緒にいたらさすがに気まずいんでしょ?歩夢が嫌がることを無理に押し付けたくはないから」

「……ち、違う」

「うん?」

「お兄ちゃんのように、私にとってもその……家族が一番だから……」



今すぐにでも消え入りそうな微かな声色。

でも、歩夢は顔を真っ赤にしながらも精一杯、僕の目を見てはっきりと伝えてきた。



「……もし、お兄ちゃんがそれで幸せになるなら………ガマン、する」

「………歩夢」

「……実は嫌だけど」



あの、歩夢さん?それ言ったら今までの感動が台無しになるんですけど……



「ふふっ、こうして我が家のお姫様の承諾もおりましたが、ここでまた新たな壁が登場~ずばり、この母親を乗り越えなくてはー」

「いや、母さんはさっき許可したじゃん」

「……ちぇっ、私は反対~~」

「母さん!!!」

「私は、響也を雰囲気も読めない悪い子に育てた記憶はないな~」



この……………息子の恋路をなんだと思って!!!



「ぷふっ、冗談よ。冗談だからそんなに怖い顔しない!もう~可愛いんだから」

「…で、結局は?母さんは反対なの?賛成なの?」

「もちろん賛成よ?見逃すわけないじゃない。未来の嫁になるかもしれない子と会えるチャンスなんだから」

「そ……そ…そんな理由で誘ったわけじゃないから!!!!」

「はい、はい。あなた本当お父さんにそっくりね。いたずらされた時の反応も、女の子に対しての接し方も何もかもが瓜二つ。まぁ、それはそれとして」



母さんは急にさびた声で言うと思いきや、席から立ち上がって僕に近づいてきた。

そして腕をぐっと伸ばして、僕の頭を撫で始める。愛おしさと、憐憫の感情が滲んでいる眼差しだった。



「響也はね、もっと自分の人生を生きるべきよ。家族を思ってくれるのはもちろん嬉しいけれども、お母さん的にはもっと自由に振舞って欲しいかな。例えば恋愛とか」

「……母さん?」

「ふふっ、とにかく。もう、昔から欲しいものがあったら駄々をこねなさいといつも言ってるじゃない。なのにまた自分から足を引いて。あの子のこと好きなんでしょ?なんでそんなあっさり放棄するのかな~もう、誰に似たのかしら」



……あっさり放棄するのって、母さんに似ているんだよ。

母さんがいつも僕たちのために色んなものを犠牲にするから、こっちだって我慢しないと辻褄が合わないから。

言いかけたが、喉で言葉を飲み込んだ。そもそも母さんならこんな言葉を嫌がるはずだから。



「その朝日向さんという子と定期的に、我が家に通うことを許可します。頑張ってね?」

「………うん、ありがとう」

「ふふっ、お母さん悩むわ~お赤飯はいつ炊こうかしら」

「母さん!!」



まぁ、なんだかんだで。

俺は意外とあっさり、朝日向さんとの時間を許されたのであった。



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すみません。日付を間違ってしまいました……遅れてしまって申し訳ございません!

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