43話  好きを伝えたいから

ゆずりは 叶愛かな



「で、この答えが出てくるわけ。理解した?」

「うん、ありがとう。じゃ、次の問題に…」

「…その前に一度休まない?もう二時間も経ってるぞ?」

「休む暇なんてない。私は一刻も早く…」

「一刻も早く?」

「………ううん、なんでもない」



私は一刻も早く、あなたに追いつけないといけないから。

ずっとあなたの傍にいたいから。あなたに見捨てられたくないから。いつか、堂々とあなたに好きって伝えたいから。

中間テストの成績発表があった日以来、私はほぼ毎日のように灰塚はいづかに勉強を教えられれていた。平日は常にあの空き教室で教わっていて、週末はこうして私の家で二人だけの勉強会を開いている。

灰塚も最初は驚いていたけど、私が本気だということを気付いたのかいつからか本腰を入れて付き合ってくれるようになった。



「一日中勉強ばっかりしたら効率が下がるぞ。休んだ方が絶対にいい」

「でも……」

「そうだな。お前がちゃんと30分ぐらい休むまで、俺はなんにも教えてあげないから」

「……………ずるい」

「ぷふっ、何か食べたいものとかあるの?甘いもの要るんじゃない?」

「ちょっと、なに人んちの冷蔵庫勝手に開こうとするの?あっ、ちょっと……!」

「大福か……まぁ、これにしよっか。あとコーヒーは……」



…この男、もはや我が家のごとく堂々と棚まであさっているんですけど。

本当にずるい。彼の自然な行動一つ一つが心臓に悪すぎる。この場合はつまり、たまらなく嬉しいということだった。

彼がキッチンでコーヒーを淹れている姿も、もうずいぶんと馴染んできた気がする。好みの味付けと好きなデザートさえ全部、彼に知り尽くされているのだ。彼の前で、私はどんどん真っ裸になっていく。

なのにその事実が嬉しすぎて、叫びたいほど心が膨れ上がって、涙が出そうになる自分がいて。

本当、わたしはこの人のとりこなんだなと再びさとされてしまう。



「じゃ、食べよっか」

「…ありがとう。いただきます」

「いただきます」



彼が前にいるおかげか、大福の味も普段より甘く感じられた。一人で食べる時はこんなに美味しくなかったのに。



「そういえば杠、ずいぶん勉強するようになったな。きっかけとかあるの?」

「…前に説明したんでしょ?本も飽きてきたし、映画ばっか見るのも退屈だから」

「そんな適当な理由じゃ説明できない必死さがあるからな、お前には。まるで何かに追われているかのように」

「……言いたくない」

「ぷふっ、じゃ別にいいけど。でも本当に呆れるくらい熱心にしてるから、何らかの目標でもできたのかと思って」

「…………それは」



あなたです。

あなたが私の目標なんです。あなたが好きだから、大学でも一緒にいたいからこうして勉強しているんです。



「……言いたくない」

「お前は本当に……まぁ、いいよ」



………口が裂けても言えない。絶対に言えない。

いくら勉強を教わっているからって、あんな告白同様なことを言えるわけないじゃない。

恥を忍んでいる間、頭の中である疑問が浮かび上がってくる。そうだ、大学でも灰塚と一緒にいるためには、先ずは彼の志望大学を聞いておく必要があるのだ。



「……灰塚、聞きたいことがあるんだけど」

「うん?」

「灰塚って、目指す大学とかあるの?」

「目指している大学か……特にないな」

「えっ?!」

「…いや、そんなに驚くことなの?」

「いや……てっきり、もう決めていると思ったから」

「そもそもまだ進路も決めてないから。医大に進学するかもしれないけど、ぶっちゃけあまり向いてないと思うし」

「…でも一応、進学するのは確かなんだよね?」

「うん。たぶんそれは間違いないと思うけど………へぇ」

「な、なによ……」

「…いや、なんでもない」



……ウソ。この男、いま絶対に何かに気付いた……!じゃないとこんなにニヤニヤするわけがないから!

ううう……聞くんじゃなかった。死にたい。穴にでももぐりたい……



「そうだな、一応偏差値は高いかも」

「…なんで私の目を見て言うの?」

「…お前に質問されたことだから?」

「……なんで疑問形?」

「さぁ、分からないな」

「…今のあなた、物凄くキモイ。反吐が出そう。正直に言ってムリ」

「へぇぇ~悪かったな」



……遊ばれてる。てのひらに私を置いて好き放題に遊んでる…!

でもなんて解釈したらいいのだろう?私を見つめて偏差値が高いかもって言うのは……もっと頑張れということ?

じゃ、灰塚も私と同じ大学に通いたいということなのかな。こうして勉強を教えてくれるのも、実は私と一緒にいたいから……

…ううん、そんなはずはない。

彼にとって、私はあくまでも友達。それに灰塚は基本的にスペックが高い。その上、優しさと相手に対する尊重も身に染みている男の子なのだ。わたしなんかとは全然違う。

…頑張らないと。

何もかも終わったと信じ込んでいた人生の中で、初めて差し込んできた日差しなのだから。この機会を、この出会いを見逃したくない。

いつか、好きってちゃんと言いたい。



「……りは?ゆずりは?」

「…はっ!あ、その……ごめん」

「いや、謝ることじゃないけど……まぁ、疲れたんだろうな。もう少しだけ休むか」

「…ううん、勉強続けたい」

「………休んでからまだ20分も経ってないぞ?」

「……お願い」

「…………」



チラッと上目遣いで伺った灰塚の表情は、もうすっかり緩んでいた。



「まぁ、仕方ないっか」

「…ちょっと、なんでそんなに嬉しそうな表情するの?」

「さっきも言ってたけど、俺には分からない」

「…………あんたの表情じゃない」



バカ。

あなたがそんな表情をするから、しっかり休めないのよ。この大バカ。

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