42話  提案

五十嵐いがらし 響也きょうや



「では、ごゆっくりどうぞ」

「はい、ありがとうございます!」



朝日向あさひなさんと鉢合わせてから誘いを受け、僕はいま見慣れないカフェでコーヒーを啜っていた。

そして緊張している僕に対し、朝日向さんはものすごく緩んだ顔で注文したイチゴショートケーキを口に含んでいる。その表情を見るだけでも幸せな気持ちになるけど……それと同時に、僕はえも言えぬほどの緊張感に浸っていた。



「………うっ」



ど、ど、どうしよ……!どうやって話せばいい?まさか朝日向さんの方から先に僕を誘ってくれるなんて、こんなこと……!



「く……ううっ…」



予想外の展開だったので今すぐにでも頭が爆発しそうだった。ただでさえ何を言えばいいのか分からないのに、顔にはどんどん熱があがってくる。

ううっ……どうすれば……!



「…五十嵐君?」

「は、はい!」

「え……ぷふふっ」

「え……あ……」

「本当、五十嵐君の反応面白すぎ」



…………死のう。死ぬしかない。

なにこれ……恥ずかしい、もう帰りたい……いや、一緒にいたいけど!一緒にいたいけど………帰りたい……



「ケーキ、一口どう?」

「え?いやいやいや、いいよ!大丈夫。僕はこの後夕飯も食べなきゃだから、うん」

「ええ~まぁ、そこまで言うなら仕方ないけど。でも偶然だね。学校以外じゃあまり合うこともなかったもんね」

「そうだね……本当にびっくりしたよ。ははは……」

「……ねぇ、五十嵐君」

「うん?」

「なんでそんなに緊張してるの?」

「そ………そんなこと……ないよ?」

「バレバレだよ?なんか冷や汗までかいてるし」

「こ……れは」

「ぷふふふっ」



……神様。僕になんという試練を……!



「でもその反応もいいと思うよ?すごく可愛いし」

「……それ、褒められてる気が全くしないけど」

「え~残念。素直に褒めたつもりだったけどな~」



そんなことを言って可愛らしくペロッと舌を出す朝日向さん。その表情を前にすると全く適う気がしなかった。これが惚れた弱みというヤツなのかな……



「そうだ。気になったことあったんだけど、五十嵐君はいつも自分で料理するよね?」

「えっ、どうしてそれを?」

「前に灰塚はいづか君から聞かせてもらったの。それと、小学生の妹さんがいることもね」

「そこまで知ってるんだ……まぁ、お母さんが夜遅まで働いているから、僕としては当たり前というか……朝日向さんは?」

「うん?」

「朝日向さんも……えっと、いつも自分で料理したりするの?それとも外食?」



上手く会話を繋げたと少しだけ達成感を覚えながらも、僕は目の前にいる朝日向さんの反応を待つ。彼女は少し小首をかしげながら考えていた。



「うむ……どちらかというと外食の方が多いかな。私も基本的には夜まで一人だから」

「えっ……じゃ、夕飯は?もしかしてこのケーキが?」

「うん、あたり。今日はちょっと食欲がなくてね」

「……栄養、偏るよ?」

「あ、小言だ~さすがにいつもはちゃんと食べてるから。スーパーの総菜や弁当で済ますことがほとんどだけどね」

「料理は?朝日向さん、この前自分でケーキも作ってたじゃない?料理もかなりできるんじゃ……」

「そうは言っても五十嵐君が思うほど上手くはないんだよ?でもそうね……料理はたまにしかしないかな。色々面倒なところも多いから」

「へぇ、そうなんだ……」



料理が面倒……か。いや、それ自体は全く構わないけど。

でも朝日向さんが、僕を全然男として見ていないということだけは痛感した。少しでも僕を異性とか恋愛対象として意識しているのなら、こんなことを気楽に話せるわけがないのだろう。

…そのことは、もちろん承知の上だった。

なにせ、朝日向さんに恋愛する気が全くないということは学校中の誰もが知っている事実なのだ。両手で数えられないほどイケてる男たちに告白されてきたというのに、たった一度も肯いたことのない正真正銘の高嶺の花。それが朝日向さんだから。

僕なんかが異性として意識されないのは、むしろ当たり前だというべきかもしれない。

……こんなに、好きなのになぁ……はぁぁ。



「それに一緒に食べる相手がいないと、料理してもあまり楽しくないじゃない?」

「それは……うん、確かにそうかも。精一杯料理したのに一人で食べてると、時々淋しくなるもんね」

「さすが五十嵐君。分かってくれるんだ」



朝日向さんのはにかんだ顔を見ながら僕も肯く。

確かに、僕も妹の歩夢がいなかったら、朝日向さんと同じく丁寧に料理をすることはなかったのかもしれない。



「だからわたしはちょっとうらやましいんだよね、五十嵐君のことが」

「えっ?」

「ほら、妹さんと一緒にいるじゃない?私って両親が共働きで帰りも遅いから夜までいつも一人だけど、五十嵐君は違うでしょ?そんな風に一緒に食事したり、妹さんと遊んだりするの…ちょっと憧れちゃって」



それを言う朝日向さんの表情はいつの間にかげりが差していて、僕は答えに迷ってしまう。



「朝日向さん……」

「あっ、気を使わせたならごめんね?大丈夫だよ?さすがに何年もこの状態だから、もう慣れちゃったし」

「………」



前にれんから聞いてたけど、やっぱり朝日向さんは以外と寂しがり屋なのかもしれない。なんとなく、彼女の声色からそんな気配を感じ取ることができた。

それに気付いた瞬間、突然にして頭の中であるアイデアがひらめく。

朝日向さんとの距離を縮めるのに最適化した、絶妙なアイデアが。



「………うっ」



でもこれを僕が言い出すのは……いいのかな?

変に思われたりしないのかな?もしこれで距離を置かれたらそれこそ最悪の事態に……



「…あれ、五十嵐君?」

「ううう……」

「えっ、なに?どうしたの?」

「だ……だ……だったらね」

「……うん。だったら?」



言葉ひとつひとつを絞り上げるようにつむぎながら、僕は頭をあげて朝日向さんを直視する。

言え、言うんだ。男じゃないか。何のためにあんなにヒップホップの曲を聞いてきたというんだ。自分に自信を持つために、一人前の男になるために聞いてきたじゃないか!

好きな女の子にこんな簡単な提案さえできなければ、この先だってずっとチャンスは訪れない。今、今しかない……!



「そ……の」

「その?」

「う……ウチで、食べない……?」

「………ウチで、食べない?」

「う……うん」

「…………うん?」



朝日向さんはなんというか、驚いたというより訳の分からないと言わんばかりの顔で僕を見つめ返していた。ポカンとしたまま、彼女は何も言ってこない。

……やっぱりダメだった!!!!!

そもそも男として認識さえされてないというのに、急にこんなこと言われたらそりゃ困りますよね!!当たり前ですよね!すみません、すみません、ごめんなさい………ぐうううう。



「ぷふっ」

「……え?」

「あははっ……あははは!五十嵐君、本当に面白すぎ。なんでそんなに緊張するの?友達を家に誘うだけのことでしょ?」



……家に誘うのことですか。

そうですよね、朝日向さんにとっては友達を家に誘うことなんて、なんてこともないですよね………



「五十嵐君が言いたいのは、たまに一緒に夕飯を共にするということで合ってるかな?場所は五十嵐君の家で」

「…うん。えっと、その……断ってくれても全然構わないから……」

「ええ~どうしようかな~」

「うううっ……」

「ぷふふっ」



からかわれてる……絶対にからかわれてる!

何がそんなに可笑おかしいのか、朝日向さんはさっきから笑ってばかりだった。一方的にからかわれるのは不本意だけど、惚れた弱みを握られている状態だから……正しく、ぐうの音も出なかった。

あ……もういい。帰ろう。帰って布団でもかぶった方が…



「いいよ?」

「そうですよね………えっ?」

「だから、いいよ?五十嵐君の家で、夕ご飯を一緒に食べること。むしろ五十嵐君こそ大丈夫なの?妹さんも家にいるんでしょ?」

「あ……………え、えっと。か、構わないと思うよ?もちろん、歩夢に聞くまでは分からないけど……」

「そっか~じゃ、その妹さんの許可が下りたら、お邪魔しようかな」

「………どうして?」

「うん?」

「いや………その、受けてくれるとは思わなかったから」

「それは……」



朝日向さんはしばらく考えた後、両手で頬杖をついてからニッコリと笑った。



「まぁ、放課後を一人で過ごすのも退屈だからね。それに五十嵐君が作ってくれた料理、私も食べたいし。あ、食費はちゃんと出すからね?そして五十嵐君に負担にならないよう、私もちゃんと料理するから」

「うん………ありがとう」

「うん。それになによりも…」

「なによりも……?」



朝日向さんは妖艶さを匂わせる顔つきで、少し間をおいてから言った。



「まぁ、五十嵐君ならいい意味で安心できるし。私になんにもしてこないんでしょ?」

「あ、当たり前だよ!そんなの…」

「うん、その上でからかいがいもあるし?」



………これ、完全に植物扱いされてる…!

悔しいけど反論ができなかった。そもそも僕から朝日向さんが嫌がるようなことをするなんて、もしそんな事件を起こしたら真っ先に僕は自分自身を許さない。向うから寄ってくれない以上、僕は朝日向さんの指一本にも触れないつもりだった。

……そうです。僕は男じゃありません。ただの無害な草食動物です……



「…バイトのシフト入ってる日以外には、その……よろしくお願いいたします…」

「ぷふっ、はぁ~い!こちらこそ」



…でも、やった。学校以外でも朝日向さんと会える。やった………!

植物扱いされるのは悔しいけど、放課後にもこんな笑顔を見られると思うと喜びの感情しか浮かばなかった。

心の中のどきめきと幸せな感情を噛みしめながら、僕はもう一度首を縦に振るのだった。






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3章は五十嵐君と朝日向さんを中心に書いていくつもりです。読んでいただいてありがとうございます。

良い一日をお過ごしください!

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