3章

41話  ズレ

朝日向あさひな ゆい> 



私には、よく分からなかった。



「好きだ。俺と付き合ってくれ!」



放課後の校舎裏。目の前の男の子から飛んできた告白の言葉は、恨めしいほど胸に刺さらなかった。

心底、私は最低な女だと思った。

相手は体を震わせながらも勇気をふり絞って告白してくれているのに、私の心はこんなにも微動だにしないのだ。自己嫌悪までしそうなくらい冷えきっていて、つくづく自分は薄情な人間だと自覚してしまう。

だから、私に他の選択肢なんてなかった。



「……ごめん。本当に、ごめんなさい」

「……そうか」



相手は渋い顔で俯いてから、大きな息を吐く。



「もし良ければ、理由を聞かせてくれないか」

「……」

「なんで俺じゃダメなんだ」

「…第一の理由は、私がひいらぎ君をよく知らないから」



隣のクラスの柊良太りょうた君。彼はバスケ部のエースで、女の子の間でもちょくちょく話が出るほど人気の高いイケメンだ。私とも何度か話したことがあって、その度に愉快な人だなといい印象を受けたことがあった。

でも、そんな彼でさえ私の返事は納得できなかったらしい。



「そんなの、これからお互い知り合ってっていけば……」

「そしてもう一つの理由はね」



相手の言葉を切って、私は彼を見つめ直してからはっきりと伝える。



「わたし、恋愛なんてよく分からないから」

「…………」

「今は、誰とも付き合う気はないよ。本当に……ごめんなさい」



あなたと付き合う気はない、という意味を込めて突きつけた拒絶。私の経験上、反応は主に二つに分かれる。私の言葉を受け入れるか、もしくはしがみつくか。

幸い、柊君は悔しい顔で拳をグッと握りしめてはいたけど、間もなくして肯いてくれた。



「……そうか」

「………ごめんね」



そのまま立ち去る彼の後姿を眺めながら、私は校舎の壁にもたれかかってその場に座り込んだ。



「ふううう………」



中学の時、クラスの友達が授業中に突然泣き出したことを思い出しながら、私は目をつぶる。

あの子は、大好きな恋人に振られてつい涙を抑えきれなかったと授業が終わった後で言ってくれた。当時の私はあの子とけっこう仲が良かったので、必死に慰めてあげたりしていた。

なのに卒業式であの子が新しい彼氏と肩を並べて歩く姿を見た時、私はほんの少しだけ裏切られたような気分になってしまっていた。



「…………」



……心って、あんなに素早く切り替えられるモノなんだと絶望してたことを、私は覚えている。

なんで、みんな恋をするのかな。

別れたらみんな傷つくはずなのに、目が腫れあがるまで泣きわめくはずなのに人はまた誰かを好きになって、恋を追いかけていく。



「やっぱり変なのかな……わたしって」



一人で家に向かう間、私は何度もため息を吐いた。

前に灰塚はいづか君に忠告されたことを思い出すと少し気が楽になるけど、でもわたしだけがズレているという感覚はやっぱり不愉快だ。そもそも、わたしは今まで誰かにドキッとさせられたことさえないのだ。

さっき告白してくれた柊君を含めて、中ではかっこいい人もたくさんいたのに。



「………」



色々考えている内に家につく。わたしは今日も光のない家の中に足を踏み入れる。

手洗いをして、部屋に上がってラフな格好に着替てから、まっすぐリビングに向かった。

そして、食卓に置いてある千円札を見て、私はまた苦笑を滲ませた。



「今日は……どうしようかな」



外食か、それともコンビニの弁当で済ませるか。

今日はあまり空腹感もないし、何かをがっつり食べたい気分でもないから……カフェに行って、ケーキでもいただこうかな。



「よし」



うん、今日はイチゴスイーツの気分だ。甘いもの食べて気を取り直そう。

どうせ持ち帰るつもりなので、私は部屋着姿のまま家を出た。外の空気は程よく生暖かくて、もうすぐ夏が訪れることを伝えてくれていた。

風に吹かれながら静かな街中を歩いていると、少しセンチメンタルな気分になってくる。

………告白される当日は、いつもこうだ。

今まで何度も断ってきたのに、全然慣れる気がしない。相手に対する申し訳なさと自分に対する違和感が混ざりあって、頭の中もぐちゃぐちゃになる。

みんな、なんで私のことをそんなにいてくれるのかな。

……言えばなんだけど、わたしはかなりめんどくさい女なのに。



「………」



高校生の恋愛ってどうせ長続きしないと聞いたことがある。私はその通りだと思った。未熟な私たちが築き上げる関係が安定しているはずがないから。

一人前の大人同士で取り付けた関係もあんなにギクシャクするのだ。愛し合っていたはずの親は変わって、燃えていたはずの愛はとっくに冷めきっている。

私の親は、二人とも時間に摩耗されてしまっていて。

そしてその摩耗が、私は嫌いだった。



「………………」



……何があっても崩れない関係って、存在しないのかな。

野暮ったいのは分かっている。自分がウブで、他人からすれば夢見がちなバカだということも分かっている。でも心が勝手に願ってしまうのだ。

永遠に崩れない関係を、どこまでも一緒にいられるような関係を……ずっと、願ってしまうから。



「…………なんて」



こんなこと友達に言ったら鼻で笑われるのが目に見えるから、まだ誰にも言わなかったけど。

……ああ、もういい。さっさとケーキ食べて、面白い動画見てすっきりしよう。うん、それしかない。

勢いよく前を向いて、わたしは目の前に道の交差点を曲がろうとした。

そして、次の瞬間。



「えっ……朝日向さん?」

「うん?」



突然後ろから聞こえてきた声に驚きながら、わたしは振り返る。

そして声の主を見た途端、わたしはにまっと顔を綻ばせた。

線の細い体で中性的な顔立ち、そして大きなメガネをかけている、いかにも草食系に見えるその男の子は……クラスメイトの、五十嵐響也君。

わたしが本当の意味で心を許せた、数少ない男友達の一人だ。



「こんばんは、五十嵐君」



小首をかしげながら、わたしは陽気な口調で言った。

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