39話  一緒にいる

ゆずりは 叶愛かな



膝を抱えたままスマホを確認すると、もう灰塚はいづかのお姉さんが去ってから30分以上も立っていた。

不安と後悔が、全身を震わせる。

…なんで、あんなに調子に乗っていたのだろう。

私と彼は単なるセフレ、人前で堂々と明かせるような関係ではない。でも無意識に私は、彼にセフレ以上の何かを求めて。

自分勝手に生い立ちを聞かせて、どんどん彼をしばろうとした。彼の中で私の存在を膨らませて、刻みつけようとした。

そして彼は、私のすべてを受け入れてくれて。



「………うっ」



それがどれだけ卑怯でもろいことなのか、私はよく知っている。

忘れ去られるのが怖いから、灰塚の傍に居続ける自信がないから、私は彼を縛った。

最初のころは彼に何も求めないと言ったはずなのに、いざその気になったら襲って、勝手に理解することを強要して。

とことん、最低な人間になっていく気がした。



「…………」



私は、灰塚のことが好きだ。

彼の幸せと自分の命を差し替えてもいいほど、灰塚れんという男にハマっている。

だからこそ、好きな人には迷惑をかけたくない。

それだけは、言葉の通り死んでも嫌。



「ただいま」

「……おかえり」



言おう。

戸惑ってはいけない。ちょうど意志が固まった頃に灰塚が戻ってきてくれた。私はすぐさま立ち上がる。

そんな私を見て、彼は少し目を丸くして首を傾げた。



「……どうした?」

「…………」



気付かれないように深呼吸をして、私は俯きがちだった顔をあげた。



「話があるの」

「……それって、大事なこと?」

「……うん」

「…………分かった」



出会った頃から、表情のとぼしい顔だった。

感情というのがあまり浮かんでいない顔だ。いつも興味なさげにして、周りの人より教科書だけ追ってる目。

だけど今は、溢れるほどの緊張を滲ませている。

誰がどう見ても張り詰めている顔だった。私がそうさせたと思うだけでも、救われたような気分になる。

だから、これでお終い。



「灰塚、私は」

「………」

「もう………もう」



この関係はおしまい。

セフレも、友達も、あの放課後の時間もなにもかもなかったことにして、お互いの道を歩んで行こう。

私は生きるから。

私を助けてくれたあなたのためでも、死なずに生きていくから。

私はあなたにとって害を与えるだけの存在だから、あなたはあなたの人生を歩んで欲しいの。

影ながらも応援するから、だから………



「わたし……………は」

「…………」

「あ………ぐ……」

「……………杠」



……………なんで。

なんで出てこないの。頭ではこんなにも言葉が駆け回っているのに、なんで口には出てくれないの。

喉が詰まって続きの言葉が出なくて、私はまた俯いてしまう。

……好きだから。

分かってる。好きだから言えないんだ。でも、好きだから言わなければならない。だから……



「一緒にいるよ」

「……………え?」

「これからも、一緒にいる」



…………はいづか……



「姉ちゃんは自分で言ってたことは絶対に守る人だから。親に言いつけたりしないと思うから、そこら辺は安心してもいいよ。さすがに、俺たちの関係は色々と気付かれたかもしれないけど…それでも、姉ちゃんは別に会わない方がいいとか、全く言わなかった」



灰塚はその後、自分の膝を曲げて俯いている私と目線を合わせてくる。

すぐにでもこぼれそうな涙をぐっとこらえている、私の不細工な顔を眺めながら……彼は、笑ってくれた。



「今までと変わらないよ、なにも」

「はい……づか」

「…最近はさ、お前が何を考えているのか、なんとなく分かるようになったんだよな、俺」



この優しさが、ダメなんだ。

太陽の光を浴びせられた吸血鬼のごとく、彼は私をむしばんで侵食していく。

灰塚はいつも私に夢を見せてくれる。私の手の届かないところにある、幸せという名の夢を。

脳にはとっくにこの苦笑の交じりの顔が焼きついていた。体は彼が与えてくれる快感をしっかりと覚えていて、たぶん一生忘れることはない。

はなから私には、選択肢なんてなかったのだ。



「………はい、づか」



そのまま彼に近づいて、ぎゅっと抱きしめてから言い放つ。



「抱いて……」

「………いや、お前」

「抱いて……命令よ。欲しいの。もう我慢できない」



耳元で囁かれてぞっとしたのか、灰塚は僅かに体を震わせる。

そして若干間を置いてから向けられた視線を感じて、私はもっと息が荒くなるのを感じた。

彼にはごく稀に見られる、性慾に満ちた視線だった。

瞳は揺らいでいるけど、しっかりと私を目に留めてくれていた。好きな男になら、いつでも向けられたい熱い眼差し。

その熱に染められたいと願ってしまう。

彼に埋め尽くされて、いつまでも快感に浸っていたいから。



「…キス」

「………」

「キス……してよ。これも命令」



……優しい灰塚は、こんな無茶な願いさえ叶ってくれながら。

一週間も溜めてきた性欲を全部吐き出すように、私たちはベッドがある部屋に向かった。


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