38話 二人の関係
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「お待たせ」
「………」
マンションの入り口で立っていた連は、いつになく不安そうな顔をしていた。
私は、何とも言えない感情を抱きながら苦笑した。
「送ってくれるよね?連」
「……先に言っておくけど、家には帰らないから」
「それは知ってる。家の近くのコンビニにまででいいから、ゆっくり歩きながら話そう」
当然、連は拒否することなく私に付いてきてくれた。私とあの子がどんな話をしたのかを、連も知りたがるはずだから。
「
「ああ」
「色々と話したよ。さすがにすべてを聞かせてもらった感じはしないけど、連があの子を助けたのと、仲良くなった経緯は聞かせてもらった」
「………そっか」
「ぷふっ」
「……なんだよ」
「ううん、なんでも」
失礼だと分かっていながらも連の顔を見た途端、私はつい噴き出してしまった。視線を泳がせながら口ごもるのは、昔から連が何らかの隠し事をしている時の癖だったから。
本当……かわいい弟よね、全く。
「単に反応が面白かっただけ。もしかして緊張してる?」
「いや……それは」
「大丈夫だよ。お父さんに報告したりはしないから。もしお父さんが知ったら私まで怒られそうだし、面倒なことは
「何を?」
「あの子のこと、なんであんなに
その問いかけに対して、連はしばらくの間沈黙を保つ。すぐに口を開かずに、何かを真剣に思い悩んでいた。
そして一度ため息を吐いた時、連はようやく私に顔を向けて話してくれた。
「頑張ってたから……じゃないかな」
「うん?」
「
「……両親がいないということは、聞いたよ」
「そっか」
連はすごく複雑な顔をしていた。そして普段の
連の中で彼女がどれだけ大切な存在なのかを、垣間見た気がした。
「細かいことは言えないけど…あいつはさ、すごく苦しかったんだよ。あんな極端な選択に納得がいくほど、壊れるのが当たり前だと思えるくらいに……すごく苦しかったんだ」
「………」
「だから、報われたらいいなって思うんだ。今まで頑張って、耐えてきた分以上に報われて、幸せになって欲しいと思う」
「……幸せ?」
「うん。まぁ………別に俺があいつを幸せにする、ということじゃないけどさ。でも友達として……単なる一個人として、あいつを見守ってあげたいんだよ。あいつにはこれ以上泣くことなく、過去に囚われることもなく、幸せな未来を歩んで欲しいから。他意はないよ。本当に、ただそれだけなんだ」
「…………」
その言葉を聞いて、私はついさっき叶愛ちゃんから言われたことを
「幸せに……絶対に幸せに、なって欲しいです」
「………そっか、幸せか」
「……ずっと…幸せであってほしいんです。ずっと……」
物凄く、私は驚いてしまう。
こんな関係って本当にあるんだ。お互いがお互いの幸せを願って、むやみに近寄ることなく、見守るだけの関係が。
「……じゃ、連はこれからどうしたいの?」
「え?」
「これからもさ、あの子の傍にいるつもりなんでしょ?」
「そうだな……あいつが嫌がらない限り、そして他の人が現れる前までは、一緒にいるつもり」
こんな大事な質問には即答か……呆れながらも、私は納得した。
そっか、こういう関係だったんだ。
少なくとも連にも叶愛ちゃんにもウソを付いているようには全然見えなかった。二人は、本気でお互いの幸せを願っている。
この二人の間には、基本的には純粋な思いが宿っている。
なんとなく、私はそう確信することができた。
「そっか、じゃ大切にしてあげてね」
「………うん」
もちろん、これでいいのかなという不安は残っていた。
親に何も言わなくて本当にいいのか、ここで見て見ぬふりをするのは果たして正しいことなのか、今の私には分からない。
分からないけど……でも。
「大学に入ってから気付いたことなんだけどね。勉強より大事なことって、思ったよりいっぱいあったんだ。だから大切だと思うなら、それぐらい優しくしてあげて」
「…………分かったよ」
これだけは、二人を信じるしかないと思った。
赤の他人である叶愛ちゃんを信じ込むのは、ある意味危なっかしい真似かもしれないけど、彼女は私の弟を変えた存在だから。
それに弟が大切なものに気付き始めるということは、姉としても素直に喜ばしいことだし。
「寂しいな~連もすっかり大きくなっちゃって」
「そりゃ当たり前だろ」
「いつまでも私の小さな連でいてくれれば良かった。他の女に取られるなんて、思いもしなかったよ」
「あのね……」
「な~~に?少しは愚痴聞いてよ。お姉ちゃんは、今すごく複雑な気分なんだから」
「まったく……」
本当、いつの間にこんなに大きくなったのか。もう手を伸ばしても頭も簡単に撫でられない。
……やっぱり今日は少し飲みたいな。帰りにコンビニでビールでも買っていこう。
「でもなんであなたたち付き合わないの?叶愛ちゃんあんなに可愛いかったのに」
「……別に、そんな関係じゃないから。だいたい杠は俺のことなんて……」
「俺のことなんて?」
「…何でもない。ほら、行くぞ?」
「ぷふふっ、いいな~私も高校生に戻りたい~」
「だから、そんなんじゃないって……!」
珍しく必死に弁明する連を見上げながら、私はニッコリと微笑むだけだった。
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