27話  行き先

五十嵐いがらし 響也きょうや



「本当に……ありがとうございます」

「ううん、気にしないの。普段からうちの息子と仲良くしてもらってるんだから、これくらい安いもんよ。自分の家だと考えて、ゆっくりしてなさい」

「……はい」

「ふふっ、じゃ私はもう寝るね。二人ともおやすみ」

「うん、母さんもおやすみ~」



挨拶をしてからリビングを出て、僕たちは二階にある僕の部屋に足を運んだ。部屋に入ると、れんはまた不思議そうに周囲を見まわり始める。

机の上に置いてある二つの大きなスピーカーとヘッドホン。棚にみっしりと並んであるアルバムCDと様々な楽器。連は僕の部屋に来たことがなかったからか、ちょっと新鮮な気持ちになっているのかもしれない。

でも間もなくして、顔に苦笑を滲ませてから言った。



「ごめんな。こんな夜分遅くに」

「いいよ、別に。母さんも連に会いたいって言ってたし、特に行き先もなかったんでしょ?」

「それは……そうだけどさ」



気を使っているのか、連はかなり申し訳なさそうな顔をしていた。その表情を見ながら、僕はさっきまでLINEでしたやり取りを思い出す。

夕方、ちょうど好きなラッパーの新曲が出て連の感想を聞くためにメッセージを送ったのに、実は家出中だという返事が飛んできて。

それから家族と色々と話し合った結果、こうして連を家に泊めてあげることにしたのだった。




「いいお母さんだよな、本当」

「うん、いつも苦労かけて申し訳ないけどね……布団はこれでいいよね?」

「ああ、何でも構わない」



連は恐縮きょうしゅくそうに布団を受け取ってから、ベッドの真横に敷き布団を敷いた。そして一通り作業を終えて、深いため息をつく。

何とかしてひと段落着いたから、気が緩んだのかもいれない。



「それより珍しいね、連が家出なんて」

「……そうだな。俺も自分自身にびっくりだ」

「お父さんとの喧嘩けんかか……前から色々と聞いてたけど、連も大変だよね」

「…ちょっとヒステリックなとこあるからな、ウチの父さん」



一応、連のお父さんについては、前からある程度聞かせてもらっていた。

この街の人なら誰もが知っている大きな病院の院長さんで、聞いた限りかなりおっかなくて厳しい印象があったけど……まさかこんなことになるなんて。

こんなほとけみたいな連を怒らせて家出させるほどの人か………よっぽど怖いんだろうな、きっと。



「どうやら、俺が外にいること自体が気に食わないらしい。外出禁止とか病院をげとか色々言われた途端に、自分でも驚くくらいイラっとしてな……まぁ、しばらく家には帰れないかも」

「…ゴールデンウイークで、本当によかったね」

「それもそうだな……はぁ」



院長か……連があのおっきな病院の院長になるのか。正直、全く違和感が感じられなかった。

こう言っちゃ連に悪いけど、連にかけるお父さんの期待も少しは分かる気がした。

連は本当に天才で、メンタルも強くて気配りもできる、完璧な人間なのだから。何してもてきぱきとやってしまうから、期待されるのも仕方ないと思う。

……もちろん、息子に対する接し方がいいとは言えないけど。



「あ、そうだ。これ以上の迷惑も掛けられないし、明日の朝になったらすぐ帰るから。改めて今日は、本当にありがとうな」

「えっ?!いいよ、別に。気にしなくてもいいのに…」

「いや、そういうわけにもいかないだろ。妹さんもいるし」

「ははは…あの子、人見知りだからね。連の顔見た途端に逃げちゃって……ごめんね?」

「いや、もとはと言えばこっちが悪いし。とにかくそういうことで」

「えっと、行き先とかは…あるの?」



…あっ、これはしてはいけない質問だったかも。光速で顔が固まっていくし……



「…まぁ、明日の俺がなんとかするだろ」

「………頼ってくれてもいいからね?本当に」

「ははははっ……はあぁぁぁ……近所のネカフェでも調べておくか………」



僕は家出したことがないから分からないけど……すごく大変そう。お金もあまり持ってないって言ってたし。

疲れた顔のまま、連はポケットからスマホを取り出す。そしてまた急速に表情を曇らせた。



「えっ、どうしたの?」

「……はぁ」



そして前に座っている僕にスマホを突き出して、画面を見せてくれた。



「えっと………この人、連のお姉さんだよね?」

「…そう。俺より四つ上の姉ちゃん」

「なんというか……すごく元気なお姉さんだね」

「…これは元気じゃなくて執着しゅうちゃくなんだよ。あああああ…」



画面に映っているのは、ひたすらスタンプで埋め尽くされたLINEのチャットルーム。泣き顔とと怒り顔のスタンプが30件以上も送られていて………正しく今も更新中だった。



「あ、新しいメッセージ来たよ?今度はちゃんと文字だけど……」



お姉さん、既読がついたのに気付いて送ってきたのかな。でも内容が『れ・ん・の・ば・か』だなんて、色んな意味ですごいな………本当に連と同じ血筋なのかな??

そしてちょうどその5文字を目に通した連は、言葉通り魂が抜けたような顔をしたまま呟いた。



「……電話しなきゃ世界が滅びそう」

「……それは、うん。しないとだね。席外すから」

「あ、いいよ。俺が出ていくから……」

「ううん、ちょうど喉も乾いてきたし、終わるまで外で待ってるね。飲み物とかは要る?」

「……悪いな。水でお願い」

「了解!」



まぁ、家出したからには他の家族への連絡も大事だし、ここは気を利かせることにした。

部屋から出て真っすぐキッチンに向かい、冷蔵庫の中で水のペットボトルを取り出す。それで喉をうるおしていると、ちょうど聞きなれた声が響いてきた。



「お兄ちゃん………」

「うん?」



振り返ると、僕のシャツの袖を引っ張っている妹の姿が見えてくる。

今年で小2になった僕の妹の、五十嵐歩夢あゆだった。

甘えたがりで人見知りの、僕の大好きな家族。



「あ、歩夢。水飲みに来たの?」

「………お兄ちゃんの、バカ」

「………え?」

「一日中、私と全然遊んでくれない。お兄ちゃん嫌い」

「ああ……よかった。そういうことか。もう、本当に嫌われたと思ってたからね?」

「……さっき、嫌いって言ったのに」

「はいはい、ごめんね?今日は勉強会とか色々あったから。この埋め合わせはちゃんとするから、安心して?そうだ、夜食でも食べる?」

「……嫌い」



もう…仕方ないな、ウチの妹は。これは、ハグをしてあげないと治らないヤツだ。

暗黙の命令に従ってその小さい体を優しく抱きしめてあげると、歩夢もすぐに俺の背中に腕を回してきた。



「僕は、歩夢のこと大好きだけどな~歩夢は僕のこと、好きじゃないの?」

「……お兄ちゃんのバカ。明日まで口きいてあげない」

「えっ、それは酷い」



……まぁ、連の電話が終わるまでは、歩夢と遊んであげようかな。

そう考えて、僕は歩夢を抱いている腕にもっと力を入れた。

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