25話 元カノ
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「じゃ、また学校でね~」
「うん、バイバイ」
「気をつけて帰れよ」
こうして彼と一緒に帰るのがいつものことになってしまって、不思議だった。あんなにも彼を
灰塚のことを、もっと知りたい。
だから二人きりになった途端、自然と口が動き出した。
「…彼女、いたんだね」
「うん?ああ…そうだな」
「どんな人だった?」
「……さっきあれだけ説明しただろ?」
…確かにみんなに散々質問されてたっけ。おかげで事の
私が知りたいのはもっと深いところにある、もっと
「…一応、聞くけどさ」
「なにを?」
「あの人とは、したの?」
「………いきなりグッとくるな。してない」
「本当に?」
「当たり前だろ。2ヶ月も持たなかったし、あの頃はまだ幼かったから……ちなみに言うと、キスもしてない」
「ふうん…そうなんだ。それで、どんな人?」
「あのな……」
「まだ私の質問に答えてない」
「お前本当に……まぁ、いいけどさ」
大体のことはもちろん覚えている。中2の頃から付き合い始めて、相手は幼馴染。家族ぐるみの付き合いで一緒にいる時間も多かったから、自然とそういう流れになってしまった……と言ってたっけ。
でもあまり長続きはせず、最後には彼女に振られて関係はお終いになったらしい。その後は普通に友達として接していると言う。
そして別れの経緯を説明するその際に、灰塚は苦笑しながらこんなことを言っていた。
『俺、あいつと相性が悪かったからな』
一方的に振られた記憶。きっと
なのに、なのに私は聞いていた。彼の傷をえぐることに申し訳なさを覚えながらも、嫌われるかもしれないという不安を抱きながらも、私は聞いていた。だって、知りたかったのだ。
……好きな人の心を奪った女だから。
こんなにも揺るぎのない彼と、付き合っていた人だから。
「すごいやつだとしか言いようがないな」
「……すごいって、どこが?」
「全般的にな。中学の頃はいつも学年トップ、俺よりがり勉で頑張り屋なのに頭も切れていて、リーダーシップもあったんだ。だからみんなにすごく好かれいてな。要すれば、全く欠点が見つからない完璧超人。それが
「……芹菜って言うんだ。あの人」
「うん。元々、告白は向うからしてきたんだよ。必ず俺を幸せにするから、一緒に幸せになろうって…そんなことを冗談抜きに真顔で言われて、なんか面白くてさ。まぁ、顔なじみで親しい関係だし、付き合ってみるのもいいんじゃないかと思って、付き合い始めたんだ」
それを言う灰塚の顔は
それと同時に、体中に黒い
灰塚が笑っている。きっと彼女は、別れた後でさえ彼に笑顔を与えられるような人間だったのだろう。
………私には、それができないのに。
「…好きじゃ、なかったの?」
「は?」
「好きという感情は?あの人が好きだから、付き合い始めたんでしょ?」
当たり前の質問なのに、彼は
でも間もなくして肯いてから、再び顔をほころばす。
「そうだな。好きじゃないと…付き合ってみよう、なんて思わないからな」
「……」
「あの頃は気付いてなかったけど、好きだったかもしれない。人々の言う好きがあんな感じなのかはよく分からないけど、間違いなく…芹菜は、魅力的なヤツだから」
「…………」
魅力的な人…か。灰塚が誰かを魅力的だと言うのは、初めて聞いた気がする。
頭の中に影が差して行く。それじゃ、私は?
あなたにとって、私はどんな人なの?
めんどくさくて重くて、助けてあげたのに迷惑ばっかりかけていいように振り回して…心にもないセックスに付き合わされて、あなたは嫌じゃないの?
少なくとも私は、自分に魅力があるとは思わない。いつも、彼に迷惑ばかりかけているから。
「あ、着いた」
「…そうだね」
「じゃ、お気をつけて」
手を振ってから、彼は背を向けて反対側に歩き出す。
自分が不安定なのは、よく分かっていた。
私が灰塚に
……彼に、愛想をつかされたくない。
好きな人に厄介なヤツだと思われたくない。それに恋人でもないのだ。彼がどんな人と会おうが私は気にしてはいけないし、気にする必要もない。
…………私には、資格がないから。
「はいづか!!」
「な……うっ?!」
「…………」
なのに、どこまでも甘えてしまう。
彼のバカげた優しさに、もう全身に刻まれている体の快感にどこまでも甘えて、心が溶けてしまう。
「うっ……!!」
「…………」
目を閉じて熱を浴びた唇を重ねて、舌を絡ませて。唇の感触とふわふわな幸福感に世界が埋め尽くされて行く。この人からは
灰塚は一瞬驚いてはいたけど、すぐに体に力を抜いて
自分から唇を寄せることもなく、かといって私を突き放すこともなく、ただ立ち
私は時々、彼のそういう行動がたまらなく苦しかった。
「ぷはぁぁ……はぁ……」
「ふう……ふぅ…」
「……お前、なんで」
キスが終わった後、彼は少しだけ上気した顔で私を見つめ返す。
でも私はその問いには答えなかった。説明したくもないし、これ以上なにかを話したくもないから。
「…また、明日」
「………」
耳元で囁いてから静かに身を引く。彼は何か言いたげな表情だったけど、私はそれを無視して背を向けた。
………バカ。言えるはずがないじゃない。
やきもちを焼いたんだって、言えるはず………ないじゃない。
ときめく心臓を抑えながら、私は大きなため息を吐いた。
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