24話  勉強会

灰塚はいづか れん



「………美味うまいな」



響也きょうやゆずりはの料理は想像以上に美味かった。それはもう、文句の付け所がないくらいに。



叶愛かなちゃんすごい……これ、本当に家にあるルーを使ったんだよね?なんか普段食べてるのと違う気がするけど…」

「バターで焦げ目が付いたもも肉と、玉ねぎを入れただけだよ。そして、仕上げに生クリームをちょっと」

「へぇ…すごい。僕も全然知らなかった。こんなレシピもあるなんて」

「大げさだよ。私も、前にネットで調べただけだから」



一応、杠もちゃんと料理はしているようだった。彼女が作ってくれたカレーは普段家で食べているのとは違い、一段とまろやかでコクのある絶妙な味付けになっている。

……前にお見舞い行った時、冷蔵庫の中が空っぽだったから料理できないんだと思い込んでいたけど、こんなものを食べさせられたらさすがに頭が下がる。



「おいしい?」

「あ……うん、おいしい」

「そう」



口調こそ淡白なものの、杠はほんのりと笑みを浮かべていた。その顔に少しだけ見惚れてしまう。



「それにこのサラダ……これ、市販品じゃないよね?五十嵐君、どうやって作ったの?」

「簡単だよ?すりごまとマヨネーズ、砂糖を先に入れて混ぜた後にレモンジュースをかけたんだ。杠さんと比べれば、ありきたりなレシピだけどね」

「あ、五十嵐君。そうやって自分を卑下するのはダメだよ?こんなに美味しいのに」

「あはは……」



料理が全くできない立場から見ると、どっちもすごいんだけど。

これは、うん。家で食べて正解だった。想像してた以上においしい。

そして食事を終えてからは、皿洗いを任された俺と朝日向あさひなはシンクの前で肩を並べることになった。しかし…



「場所と食材まで提供してくれたんだろ。ゆっくり休めよ」

「主催者だからこその義務というものがあるんだよ。これだけは譲れない!」



家庭用のシンクが二人で並べるほど大きいはずもなく、俺たちはいつの間に目を細くして睨み合っていた。



「だとするなら、客人だからこその礼儀っていうのもあるんだぞ?」

「うううう……」

「…………」

「あの、二人とも喧嘩しないで……」



俺たちを仲裁ちゅうさいしてる響也はめちゃくちゃ困った顔をしている。一方、杠は興味なさげな表情でソファーに腰かけたまま、こちらを眺めていた。



「じゃ、これでどう?今度は私がやる。でも次の機会には、灰塚君にゆずってあげるから」

「……えっ、次の機会?」

「うん。期末テストの前に、また4人で集まろうよ。その時は灰塚君がして。これで公平でしょ?」

「……………まぁ、それなら」

「ふふっ。やった」



……そんな手があるとは思わなかった。

まさか次の機会だなんて…本当、平然とそんなことが言える明るさには頭が上がらない。隣にいる響也も口をポカンと上げて次の機会…とつぶやいてるし。

とにかく職場を失った俺が再びリビングのソファーに戻ると、杠は俺を見上げてからニコッと笑いだした。



「根性なし」

「…おい」

「ヒモ男」

「……………」

「ぷふっ、冗談だよ?」

「後で覚えてろよ」

「………へぇ、後でどんなことされちゃうのかな」



……いちいち色気のある言い方をするなよ。お願いだから。







全部片付いた後、俺たちはリビングにテーブルを置いて本格的に勉強を始めた。俺と杠は黙々もくもくと教科書だけを見ていたけど、他の二人はお互いの知らないところを教え合ったりしてかなり盛り上がっていた。

そろそろ集中が切れそうだったので少し顔をあげてみると、すぐ前から頭を抱えてうなっている杠が視界に入ってきた。



「う………」

「分からないとこあったら、教えてやるよ」

「…要らない」

「ぷふっ、そうですか」



まぁ、仕方ないのだろう。俺の知る限り、杠はあまり成績にこだわるヤツではない。

そりゃ、自殺を考えるほど精神的に追い詰められていたのだ。きっと勉強どころじゃなかったんだろう。



「このせつはただの形容詞節だからね、主節しゅせつの時制とは関係ないから……」

「へぇ……ここも?この文章と同じなの?」

「そうだね。でもここは……」



一方、響也はお得意な英語を朝日向に教えていた。洋楽の歌詞を翻訳ほんやくして動画サイトにまであげてるやつだから、英語だけは俺より得意なのかもしれない。

朝日向も響也の説明が分かりやすかったのか、何度も肯きながら説明に耳を傾けていた。

その姿を眺めていると、視線がまた杠に向いてしまう。教わりたくなければ別に構わないけど…



「…なんで、私を見るの?」

「は?」

「自分の勉強をして。さっきから視線が気になる」

「あ…ごめん」



一度会話が途切れたけど、俺は先に口を開いた。



「でも杠が勉強するの、なんか新鮮だな」

「……私だって補習を受けたくはないし、さすがにテスト前には勉強するんだけど」

「おかしいな。学校ではいつも本ばっかり読んでなかったっけ?」

「赤点さえ回避できれば構わないし」

「お前ってやつは……」

「…なに?」

「いや」



自然と苦笑が浮かび上がる。その返答は確かに彼女らしかった。だとしたら、俺の教えなんてたぶん必要ないはず。

納得して気を取り直したあと、俺は再び集中し始める。そしてほぼ一時間くらい経ったんだろうか。



「そろそろ休憩にしない?みんな疲れたんでしょ?」

「そうだな……」



朝日向の提案を受けて、俺はペンを置いて後ろにあるソファーにもたれかかった。

響也と杠も背筋を伸ばしてそれぞれ体をほぐしていたけど、朝日向は急に立ち上がって、冷蔵庫で何かを取り出してきた。



「えっ……ケーキ?」

「うん!昨日の夜に直接焼いたんだ」



マジか……女子力高すぎじゃないか、朝日向。響也も口をあんぐり開けて驚いてるし。

俺は一度舌鼓を打ってから、ひっそり杠に目を向けた。



「………なに?」

「うん?いや、なんでも」

「……後で覚えてなさい」

「…え?なんで?」

「ふん」



いや、二人とも普通に女子力高いなと思っただけなのに。何でそんな怒ったような反応を…?

……とにかく朝日向の好意に甘えて、俺たちはゆったりとケーキを食べながら話を盛り上げていった。



「すごいね、朝日向さん。ケーキも作れるなんて………モテる理由があるんだな」

「ええ~大げさだよ。わたし一度も付き合ったことないし。それよりどう?口に合う?」

「………えっ?」

「うん?どうしたの?」



相当驚いたのか、響也は目を見開きながら朝日向を凝視ぎょうししていた。当の本人は小首を傾げていたけど。



「…あ、いや。美味しいよ。すごく美味しい。でも…朝日向さん、付き合ったこと……ないの?」

「うん。ないよ?どうしたの?」

「あ……いや、てっきりその……付き合った経験、あると思ってたから」

「ええ~なんでかな、本当に恋愛経験ゼロなのに。そういう五十嵐いがらし君は?付き合ったことないの?」

「ぼ……僕?!いや、あるわけないし…」

「別にそうは見えないけど……」



まぁ、前に恋愛観を聞かせてもらったおかげで、朝日向に恋愛経験がないのは大体察していたけど。それに響也だって前に付き合ったことがないって言ってくれたし。

二人の会話を聞きながら美味しくケーキをいただいていると、いきなり正面から質問が飛んできた。



「灰塚は?」

「うん?」

「付き合ったこと、ある?」



その声の主は杠で、俺は少し戸惑ってしまった。今の場面で俺に話を振るとは思わなかったのだ。それに目がやけに真剣だし………

……これは、適当に誤魔化すのは無理だろう。まぁ、いいっか。

心の中でそう呟いた後、俺は苦笑しながら答える。



「あったよ。一度だけ」

「ええ?!ほんと?!」

「えっ、そうだったの?連」

「……………」



…なんで?そんなに驚くことなんだろうか。三人とも固まって俺に目が釘付けになっている。

なんだか気まずくて視線を泳がせていると、また杠が質問を投げてきた。



「……好きだったの?その彼女さん?」

「………」



どうしてそんなことを聞くのか。それに、なんでそんなに深刻な顔をしているのだろう。俺にはその理由が分からなかった。

だから俺は、正直に答えることにした。



「…さぁ?よく分からない」



世の中には、曖昧あいまいな関係なんて山ほどあるのだから。




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