23話  朝日向の家

灰塚はいづか れん



「早いな。いつから来てたの?」

「えっと、30分前かな」

「いや…思ってたよりずっと早いな」

「なんだか、自然に目が覚めちゃってね」



GW初日。俺と響也きょうやは事前に駅で会ってから朝日向あさひなの家に向かうことにしていた。一人で行くのはなんだか緊張するからと、響也からお願いをされたのだ。

約束時間は11時。彼女の家はここから歩いて20分くらい掛かるから、10時半に待ち合わせることにしたんだけど…こいつは10時に来ていたというわけか。

まあ、遅刻するよりはマシだけど……



「朝日向の家に行くのって、確かこれが初めてだったよな?」

「うん……だからより緊張しちゃうんだよ?何か持って行かなきゃと思って昨日お菓子とかも買っちゃったし」

「そこまでしなくても………」



俯くと、菓子折りが入った紙袋が見えてくる。別に気まずい相手でもないから、楽にすればいいのにな……でも好きな子の家に行くのだから、緊張してしまうのもムリはないか。

そんなこんなで目的地に向かっている途中、急に響也から質問が飛んできた。



「そういえば、ゆずりはさんは大丈夫なの?もしかして僕のせいで会えなかったとか…」

「誘ってみたんたけど、一人で行くって言い切られた」

「さすが杠さん。淡白だね」

「その方があいつらしいが」



私に遠慮は要らないから、と言ってたっけ。

響也の話を聞いてとりあえず杠に連絡を取ったものの、すぐこんな返事をされたのだ。本当に冷たいというか、しれっとしてるというか……相変わらず、あいつは何を考えているのかよく分からない。

でもその素っ気ない対応も、俺は別に嫌いではなかった。



「まだ付き合ってはいないんだっけ?」

「まだという単語は要らないけど…そうだな。付き合ってるって言ったのはあくまでパパ活の噂をしずめるためだから。今は……」



一度舌鼓を打って、考え始める。杠との関係をどう説明したらいいのだろう。

ただの友達…ではないし、セフレだとは言えないし。命の恩人ではあるけど、たぶん俺はあいつに嫌われているはずだし……

……ずいぶん間をおいて考えてみたけど、結局気に入る答えは出てこなかった。



「分からない」

「ぷふっ」

「…なんで笑うんだよ」

「いや、見て不思議と思っただけだよ。連もはっきり答えを出せない時があるんだなって」

「あるだろう、そりゃ。前にも一度お前に相談してたし」

「どうも悩みの方向が杠さんに偏っている気もするけど、そこは目を瞑ってあげる」

「……ウザい」

「はははっ」



事実だから何とも言えないのがしゃくだった。

とにかく話しながらゆっくり歩くと、いつの間にか朝日向の家が見えてきた。二階建ての一軒家で、ずいぶんと清潔でおしゃれな家だった。

インターフォンを押すと、すぐに朝日向が駆けつけてドアを開いてくれた。



「おはよう~!上がって上がって!」

「お邪魔します」

「お……お邪魔します!」



……めっちゃ緊張しているな、こいつ。



「そういえば、杠はまだ来てないよな?」

「ううん、もう来てるよ。ちょうどさっき着いたところ」



下を向くと、確かに杠がよく履いている白いスニーカーが置いてあった。それが杠の靴だと分かった自分に呆れて、苦笑をしてしまう。



「……あれ。五十嵐いがらし君、これは?」

「お……お菓子だよ。なんか手ぶらで来るのは申し訳ない気がして」

「ええっ?!いいよ!そんな、負担かけるつもりはなかったのに…………」



二人の会話を聞きながらリビングに入ると、ちょうどソファーの上に座っていた杠と目が合った。



「…おはよう」

「おはよう。早いな」

「特にやることもなかったしね」



カジュアルな白いトップスで、色の薄いジーンズ。彼女特有のアッシュグレーの髪色によく似合っている服装だった。

本当、おしゃれな服でもないのに綺麗だな…なんて自然に思ってしまって、またちょっと自嘲気味に笑った。



「なによ。そんなにじろじろ見て」

「…いや、なんでもない」

「…………そう」

「おはよう、杠さん」

「…うん、五十嵐君もおはよう。ゆい、全員来たわけだしさっそく勉強するのよね?」

「ふふん」



そこで、朝日向さんは何故か両手を腰に当てて得意げな表情をした。



「みんな、お昼まだだよね?食べてきた人、いないよね?」

「それはまあ…時間も曖昧あいまいなわけだし」



午前の11時なんて、昼ご飯を食べるには早すぎるから。



「そこで!みなさんに二つの選択肢を出します。一つは一緒に街に出て外食をすること。もちろん、この場合は私のおすすめの店があるから心配いらないよ。それともう一つは、料理!」

「…えっ、料理?」

「うん、料理」

「えっと…もしかして、ここで?」



響也が緊張した顔で尋ねると、朝日向はただちに答えた。



「うん。このメンバーで料理するのもいいんじゃないかなってずっと思ってたの。もちろんお店に行っても構わないけど…みんなはどう?」



料理か……俺の場合、料理をする必要がなかったから包丁ほうちょうの扱い方すらまともに分からないけどな……もし料理をすることになったら、俺は確実に皿洗い担当になる。



「外食するのもいいけど…僕はなるべく料理したいかも」

「五十嵐君…うん、わかった。二人は?」

「私はどっちでも構わないよ」

「えっ」

「…なによ」

「いや……」



少し、いやかなり驚いてしまった。なにせ杠が料理をするところなんて、今まで見たことがなかったのだ。でもまぁ……本人がここまで言うなら、いいっか。

せっかくみんなの意見が集まったことだし、俺はすぐ肯き返した。



「俺は料理できないから皿洗い担当に回るけど…それでも良ければ、ぜひ」

「うん!じゃ、今からはじめよ!」








「…こんなことになるとは思わなかった」

「ははは、そうだな」



朝日向はいつの間に俺と一緒に仲良くソファーで腰かけていた。理由はこく単純に、響也と杠が朝日向の出番を横取りしたからだ。

二人は今も慣れた手付きで食材を切ったりサラダを作ったりして腕を発揮している。よりによってメニューもカレーだったので特に手間がかかることもなく、自然と朝日向のやることがなくなったのだ。



「まさかあんなに料理上手とは思わなかった……叶愛かなちゃんは自炊してるからまだしも、五十嵐君まで」

「あいつ、お母さんの帰りも遅いし幼い妹さんもいるから、中学に入った頃からずっと料理してたんだよ」

「へぇ……そうなんだ。五十嵐君も…」

「えっ、朝日向も?」

「あ、うん。私の両親も帰りが遅いから一人で済ませることが多くてね。だから今回はきちんと腕を振るうつもりだったのに……」



朝日向は物足りない表情でため息をついた。確かに料理している二人の様子を見てると、そこに入り混じる余地はなさそうだった。



「それより五十嵐君、妹さんがいたんだ。何歳か知ってる?」

「前に誕プレ買いに行ったとき、小2だってさ」

「本当?!会ってみたいな~わたし、小さい子供大好きなの」

「そういえばその妹とは会った事ないな…朝日向は一人っ子だっけ?」

「うん。だからなんていうか、兄弟に対しての憧れがあるんだよ。頼れるお兄ちゃんとか、可愛い妹とか。羨ましいな、五十嵐君……」

「そっか…」



頼れるお兄ちゃんか………実は朝日向ってけっこう寂しがり屋かも?



「やっぱ落ち着くな。このメンバーでいると」

「は?」



いきなり飛び出した発言に、俺は目を丸くして彼女を見やる。

朝日向は一度ニコッてしてから、二人がバリバリ動いているキッチンにまた視線をよこした。



「クラスの子たちといると、色々と気にすることがあるからね。ノリとか雰囲気、発言…すべて、色々考えないといけないから」

「…へぇ、朝日向もそういうこと悩むんだな」

「当たり前だよ~わたし、中学の頃は陰キャだったから。だからこのメンバーでいると落ち着くんだよね。この3人は優しいし、意地悪もしてこないからすごく楽」

「へぇ……」

「あ、もちろんクラスの子たちといるのが嫌ってわけじゃないよ?一緒に買い物とか遊びに行ったりすると楽しいし。でもこっちはなんていうか…都会から少し離れている、静かな喫茶店?みたいな感じで」

「ぷふっ、今の例えで理解できた。でも本当に大丈夫なの?面白くないんじゃない?」



クラスで浮いていて口数も少ない俺と杠。それにあまり存在感のない響也。

他の華々はなばなしいやつらのように盛り上がったり笑いを取ったりすることなんて、俺たちにはできないのに。



「ううん、そんなことないよ」



でもだからこそ、朝日向は心地いいと思ってくれるのか。



「だって私、このメンバーでいるといつも笑顔ばっかしてるじゃん」

「…そっか」



くもり一点ないさわやかな笑顔のまま、朝日向はそう断言した。なるほど、今まで彼女が見せてくれた表情を振り返ると、確かに納得せざるを得ない。

本当にいいやつだな、なんて今更な感想を抱きながら、俺たちはゆっくり料理が出来上がるのを待った。

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